小間使い編⑧-町の市場へ 前編-
クソガキアランとカイン坊ちゃま、そして私で、町に行くことになった。
馬車の旅です。クロードさんと一緒に乗った荷車みたいな場所ではなく、ちゃんと人が乗るための席が用意されている馬車。騎士みたいな格好をした護衛役が2人ほどついてきてくれている。
馬車から外の景色を覗くと、のどかな田園風景の中に、草むらでボーっとしている人たちがいるのが結構目に入った。アレは何かと隣に座る騎士の人に聞いたら、農民だと教えてもらった。千歯こきが普及して、脱穀作業が格段に楽になり、手の空く農民が増えたらしい。
畑作業も終わらせていて、後は魔法使いが作物を成長させるのを待つだけらしいのだが、魔法使い不足もあいまって、お待たせ時間が発生しているとのこと。
何も考えてなさそうな顔で呆然と空を眺めている様子をみると、なんか、牧場で育てられている家畜を思い出してしまった。
「ていうか、ここの農園では、全ての作物を魔法使いが成長させるんですか?」
「それはそうです。ここは貴族直轄の農村ですからね」
これが、お貴族様直轄の農村! おお、なんというカルチャーショック!
そういえば、もし私が魔法使いだったら、貴族の直轄地になれるかも、とガリガリ村の住人が色めきたっていたが、なるほどこういうことか。
魔法使いが毎回作物を成長させてくれるなら、作物の不作に悩まされることもなく、天候を気にしなくてもよくなる。
なんて、簡単なお仕事なんだろう。農村に民にとっては、夢のような楽園に違いない。
「そういえばリョウ殿は開拓地農村の出身でしたね」
「開拓地農村って、まじかよ、リョウ。そんな原始的な場所から来たのか?」
護衛騎士の話を聞いて、アランが、意気揚々と話しに混ざってきた。おそらく私をディスれそうな話題に目ざとく気づいて参加したのだろう。小憎たらしいクソガキだ。
「初めて魔法使いが畑の作物を魔法で成長させたときは驚きましたが、この農村地帯ではそれが普通なんですね。羨ましいです」
私は、アランは無視して護衛騎士殿と話すことにした。
無視されたアランがなにやらカチンときたようで、椅子から立ち上がろうとしているようだが、隣に座っているカイン坊ちゃまによってなだめられている。
「数十年前は開拓地なんてなかったんですけれどね。魔法使い不足が深刻になって、全ての農地に魔法使いを置くのが難しくなってしまい、作物の生産量が極端に減ってしまいましてね。魔法無しで育てる場所を確保しなければということになり、開拓地が出来たのです」
この世界の農業が発展してないのは、やっぱりそれなりに理由があったというわけですね。魔法を近くで見たときから、そんなことだろうとは思っていたけれども。
そして、私が外の様子をみたり、なにかとつっかかってくるアランに冷たい一瞥を向けたりしているうちに、町についた。先ほどまで静かな田園風景だったが、町に近づくにつれ、なにやらいろんな音が聞こえてくる。結構活気のある町のようだ。
「リョウはどこに行きたかったの?」
「市場に行ってみたいです」
馬車から降りるときに、そんな話をしながら、カイン坊ちゃまが私の手を取ってエスコートしてくれた。やだ、なんて優しいイケメン。子どもなのが惜しい。もう少し大きかったら、惚れてたかもしれない。小間使いとご主人様のいけない恋物語が始まっていたかもしれない。
しかし、どんなにイケメンでも見た目子どもだと、やっぱり、前世の記憶がある私にとっては対象外になってしまう。
「市場で、何かほしいものがあるの?」
「今のところ、特には・・・・・・。ただ、どういうものが取り扱われているのか見てみたいだけです」
なるほど、市場ならすぐそこだとカイン坊ちゃまは答えて、なにやら護衛騎士さんに指示を出して出発した。
すると本当にまもなくして、市場の入り口についた。
出店のように色々な店が所狭しと開かれていて、野菜からお肉やら装飾品など様々な品物が目に映り、お祭りみたいに騒がしかった。
基本的には、前世の世界でもありそうな市場、という感じだった。果物や野菜もどこか見たことある形のものだし、魚も肉もそうだった。ただ、ファンタジーな世界らしく、鎧や剣といった戦闘に使うものも売られている。
意外だったのが、薬屋さんのような出店が多かったことだ。売っているのは、薬草を乾燥させたものや、クリーム状の塗り薬など、色々とそろっていた。市場で薬を売るというイメージがあまりなかったし、しかも種類も豊富なので、色々物色していたら、乾燥したヨモギを見つけた。
やだ、懐かしい! ガリガリ村では大変お世話になりました!
やっぱりヨモギのにおいはいいにおい、日本のにおい、草もち食べたい、なんて思っていたらカイン坊ちゃまがヨモギを一袋買ってくれた。
内緒だよ、といって、人差し指を口元に当てている。なんというイケメン8歳児。末恐ろしすぎる。
一応、私使用人ですぜ。他の使用人にもこんな風に接したら、使用人の心が持つまい。ある意味アランのクソガキ振りよりも彼のイケメン振りのほうが後々使用人確保に苦労しそう、うん。みんなメロメロになって使えなくなりそう。
しばらく市場でウィンドウショッピングをしていると、少し暗くなってきたので、帰ることした。
暗くなってきた空に合わせて、市場の人たちがランタンに明かりをともし始めた。カチッカチッという音が聞こえるので、火打石のようなもので火をつけているのだろう。
先頭の護衛騎士さんが、同じように明かりをつけて歩いてくれていた。ほんわりとオレンジの明かりがポツポツとつき始める市場は幻想的だった。
まもなくして、町の入り口についたが、行くときに乗った馬車の姿がない。護衛騎士の一人が、馬車を連れてきますとあわてる様子もなくどこかに去っていったので、馬車はどこか、に待機させていたのだろう。
私たちはおとなしくその場で待つことにした。結構歩いたので足も痛い。疲れた。
しかし、私たちが待機しているところの近くで子どもが、大きな木を前になにやら右往左往している。
聞き耳を立ててると、銅貨がなにやら、薬がなにやら、蛇がなにやらと、泣きそうな声が聞こえてきた。
なんか厄介ごとの匂いだ。正直ちょっと疲れているけれども、このまま帰ってもなんか気になるので声をかけようとしたら、真っ先にアランが声をかけていた。
「お前ら、なにやっているんだ?」
偉そうなアランの登場だ。相手の子どもたちは子どもといってもアランよりは大きい年齢なのに、そんなの気にしない。それがくそがきアランだ。
「お母さんの薬を買いにきたんだけど、銅貨をこの木の窪みの奥に落としちゃって・・・・・・」
「そんなの手を突っ込んで、銅貨を探せば良いだろ?」
「でも、この穴、蛇がすんでるみたいで、シューシュー音がするから、こわくて・・・・・・。枝を突っ込んでみたけど、穴の中が意外と複雑で、銅貨出てこないし、蛇も中から追い払えないし。これじゃあ、お母さんのお薬が買えない」
アランが話しかけにいったので、私たちも後ろからついてきていたが、私の後ろに待機していた騎士がいきなり素っ頓狂な声を上げた。
「へ、へびっ! どこに! どこに蛇がっ!アラン様、カイン様、お下がりください! 蛇がっ! 蛇がっ! おるのです!」
そしてアランとカイン坊ちゃまは素っ頓狂騎士によって、無理やり泣きながら訴える子どものそば、というよりも大木から離された。
「お、おい、なんだおまえ。苦しい!・・・・・・蛇が嫌いなのか?」
アランの問いかけに騎士は何もいっていないが、蛇がいるらしい穴を怯えた目で見ているので、蛇嫌いで間違いなさそうだ。
私は、おびえる騎士からランタンを借りて、子どもから枝をかり、穴の中に突っ込んでみた。確かに子どもが言うように少し複雑な穴の作りをしている。まっすぐな棒では、おくのほうまで探せないし、銅貨を転がして、運び出すことも出来なそうだ。
ランタンを穴の近くに当てて、中をのぞきながら枝を動かすと、シューシューという音と、そして、なにか光る目のようなものが見えた。
間違いなく、いる。蛇が。