筆頭10柱編⑩ 学園祭のイベントについて考える
サロメ嬢は、学園に生徒としては戻らなかったけれど、カテリーナ嬢の護衛として戻ってきた。
サロメ嬢が不在の間、みんな空気を読んで言えなかった貝殻の誓いの件を、サロメ嬢が「そういえばカテリーナ、この貝殻、耳飾りにしてくれるんでしょう?」と茶目っ気たっぷりに言ってくれたので、やっとあの時の誓いが果たされた。
サロメ嬢が戻らなかったら、みんなでグエンナーシスまで行く覚悟だったという話をしたら、そんなことしようとしてたの? ってサロメ嬢に笑われた。
とは言っても心配だったんだからしょうがないじゃないか!
そして、今私の手元には、カテリーナ嬢が貝殻を使って作ったブローチがある。
みんなと同じ貝殻を使ったブローチ。
友達とお揃いの装飾品。
今年で学園も卒業して、みんなとは離れ離れになると思う。
けれど、みんなとお揃いのものがあると思うとなんとなくこころ強い。一生の宝物だ。
「ねえ、学園祭でやるミスコンって何かしら?」
図書館前のテラスでみんなで学園祭の企画について話し合っていると、カテリーナ嬢が興味津々の様子で聞いてきた。
カテリーナ嬢の後ろにはいつもの護衛の方が数名いらっしゃるけれども、サロメ嬢が側にいるってことがカテリーナ嬢にとっては何よりもうれしいようで、護衛の目がありつつも、最近はいつもの元気が戻りつつあった。
「ミスコンっていうのは、この学園で一番綺麗な女性を決める催し……人気投票みたいなものでしょうかね」
と私がいうと、カテリーナ嬢の顔がパアと輝いた。
「となると、ミスターコンというのは、この学園の一番かっこいい人を決める催しなのね! 素敵だわ! ミスコンで私が一番になって、ミスターコンでサロメが一番になるの。そしたら、私達二人で……ふふ」
と、後半はカテリーナ嬢の妄想が暴走しているようで、夢見る少女の顔で上の方を見ている。
「カテリーナ、私はもう学生じゃないし、参加自体できないわよ」
とあきれたように笑うサロメ嬢がカテリーナ嬢を窘める。
というか、サロメさん女性だから、エントリーするにしてもミスコンですけれどね!?
そしてシャルちゃんも嬉しそうな顔で、「一番をとった方には、何か素敵な衣装を着てもらいましょう! ミスターコンで一番をとったリョウ様が、王子様とか騎士様みたいな恰好で薔薇を捧げてくれたらどんなに素敵でしょう!」と興奮したように言った。
だからね、私も女の子だから、投票されるとしたらミスコンなんですけどね。
「学園で一番かっこいいやつと綺麗な生徒を決める、催し……」
アランが、真剣な声でそう呟いたと思ったら、ばっとリッツ君に顔を向けた。
「なあ、リッツ! 俺ってかっこいいか!?」
「えっなに、突然」
「だって、ミスコンってやつは、リョウが選ばれる。だったら、ミスターコンは俺が一番になりたい……」
なんと、親分が一番になるなら自分はミスターコンで一番になりたいだなんて、これはどういう意味だろうか。
いつまでも俺が親分の下にいると思うなよっていう意思表示……。
これは下剋上の兆し……。
「……アランは、黙ってればかっこいいと思うよ。黙ってれば」
敏感に不穏分子を察知した私が目くじらを立てていると、リッツ君が呆れたようにそう答えた。
そうだね、顔は整っているし、黙っていればアランはかっこいいかも。
とりあえずかっこいい人は、自分がかっこいいかどうかを友人に確認したりはしないと思うけどね。
「でも、実際のところ、人気投票のような催しが開催されたらミスコンもミスターコンもリョウさんが一番になってしまうんじゃない? 何と言っても、勝利の女神のリョウ様ですし?」
とサロメ嬢が面白そうな顔で言う。
いやいや、だから、私女の子だから、ミスターコンに私の投票が入るわけ……ないと言い切れないところが怖い。
確かに、私、いまだに歩くとモーゼされる。
モーゼ使いのリョウだ。
まあ、もともとミスコンやミスターコンを開くにしても、私は、参加するつもりはなかったのでいいのだけど。
「審査員というか、一応実行委員として動くので、ミスコンやミスターコンには参加するつもりはないのでその点は大丈夫ですよ」
「え、リョウは出ないのか? なんだ……」
と言ってアランが残念そうな顔をした。
下剋上のチャンスを失って気落ちしたのかもしれない。
愚かなる子分め。
私がそうやすやすと自分の立場が不利になることをやると思ったか!
「でも、さっきシャルが言ったように、優勝者の人には何かやってもらったり、何か賞品のようなものがあるといいんじゃないかな」
とリッツ君が良いことを言ってくれたので、確かに! と思った私は頷いた。
「いいですね! 先ほどシャルちゃんが言っていたのは、優勝者には、それぞれ特別な格好をしてもらうってことですよね。ちょうど演劇で使う王子や騎士の格好の衣装や素敵なドレスがありますし、それを着てもらいましょうか? それと賞品の方は、私の商会で何かいいものを見繕ってもいいですけれど。どういうのがいいでしょうかね」
「勝利の女神様のサイン入り賞品だったら、みんなやる気出すんじゃないかしら?」
とサロメ嬢が面白そうに提案する。
サイン入りって……。
そんなものでやる気出されても、なんか嫌なんだけれども。
「うん、確かに、そういうのいいね。せっかくだしその大会でしか手に入らないものがいいと思う。 となると……我が学園の勝利の女神様とのお食事券とかはどうかな?」
とリッツ君が笑顔で提案してくれた。
というか、お食事券ってことは……。
「それって、私、知らない生徒と一緒に食事をするかもしれないという感じですか?」
「きっとやる気が出ると思うよ」
とリッツ君は言うけれども、それはちょっとなぁ。
だって、女子生徒ならいいけど、男子生徒と食事って、なんかデートみたいじゃないか。
私緊張しちゃうし、なんか嫁入り前の貴族の娘がやってはいけない企画な気がする。
「ミスコンの賞品は、それでもいいですけれど、ミスターコンは……」
「確かに。一応リョウさんも嫁入り前の女の子だものね」
とカテリーナ嬢が言ってくれたけれど、どうして『一応』ってつけたんだろう。
一応じゃなくて、完全なる嫁入り前の乙女だからね、私。
「そっか、そういえばリョウ嬢も女の子だもんね」
え、なんで今、『そういえば』とか今思い出したみたいな顔して言ってるのかな、リッツ君?
おかしいなぁ、気遣い屋のリッツ君なのにそれは失言なんじゃないかなぁ。
私がじっとリッツ君を見ていたら、私の視線に気づいてリッツ君が、自分の失言に気付いたらしく、アハハと笑ってごまかそうとした。
笑ってごまかそうだなんて、そうはいくものか。
私はこういうのはずっと覚えているタイプ!
そんなこんなで話し合って、結局、ミスコンの優勝者には私とのお食事券、ミスターコンは私のサイン入りグッズってことになった。
本当にこんなのでやる気が出るのだろうか。
私だったらいらないけれども。
しかし私はモーゼ使い……。最近の生徒たちの反応を見ると、行けないこともないのかもしれない。
恐い。なんかウヨーリ教みたい。大丈夫かな。第二のタゴサクが誕生したりしない?
なんで私の周りってこんなことになるんだろう……。
「そうか。ミスコンの優勝賞品は、リョウとの食事か……」
そう呟いたアランの顔は苦い。
アラン的には、それは微妙なんじゃないかって思ってるのかも。
よく考えればここにいるメンバーはランチとかよく一緒にいくし、やっぱり私との食事券だけじゃなくて、別の賞品も用意しようかな。
ちょうど今開発してる商品を、ミスコン・ミスターコンで選ばれるような人達に身に着けてもらうのはどうだろう。私としても自分の商会の商品の良い宣伝になる。
うん、そうしよう。
私がひっそりと別の賞品のことを考えていると、アランがリッツ君に「なあ、リッツ、俺って綺麗か……?」とよくわからない質問をしてきた。
一瞬ぽかんとしていたリッツ君だけど、すぐに意味を理解したようで慌てたようにアランの肩を抑えた。
「まさか、アラン、ミスコンに……!? だ、だめだよ、アラン! それだけはやめよう! それだけは!」
と必死に止めていた。
一体何の話なのかよくわからないけれど、アランのよくわからない話を理解するリッツ君てほんとすごい。
相変わらず二人は仲がいいなぁと思いながら、当分の予定を考えた。
とりあえず、学園祭までには、新商品の開発を、ミスコン、ミスターコンの賞品になるようなものの製作をしなくちゃ。
ちょっとこれからまた忙しくなるな。
今度、お城の人とお会いする約束もあるしね……。
あ、そうだ、そのことでアランに聞きたいことがあったんだった!
なにやらリッツ君と言い争っているアランに視線を向けた。
「アラン、聞きたいことがあるんですけれど、以前アランのお祖父様とお会いしたいってお話をしていたと思うんですが、その件、どうなってますか?」
私がそう問いかけるとアランは、少しシュンとした顔をした。
「あ、悪い。実はその話、全然進んでなくて。お祖父様に手紙は何通も送ってるんだが、会う約束を取り付けられてないんだ……」
「まあ、そうでしたか。きっとお忙しいのでしょうね。分かりました。でも、そんなに急いでいませんし、実は、他の方とお話ができそうなのでもう大丈夫かもしれません」
ウヨーリ教をどうにかするために、城側とコネを作りたいと思って、アランのお祖父様にお会いしたいと以前アランにお願いしていたのだけど、この度、ヴィクトリアさんのツテで、お城の方の重鎮の方とお会いできる約束をいただけたのだ。
なので、アランのお祖父様に会いたい件は、特に急ぎではないというか、難しいならなくても大丈夫になった。
だからもう無理してアポを取ってもらわなくても大丈夫だよ、という気持ちでアランにそう伝えると、アランが何故かシュンとした顔をした。
「え……? もう大丈夫って、俺のお祖父様と、その、会わないってことか? な、なんでだ?」
え? な、なんかすごくアランが悲しそうな顔をしてくるんだけど。
なんか、悪いことしちゃったかな。
無理に時間作ってもらわなくても、もう大丈夫だよって言いたかっただけなのだけど。
あ、でも、私の方からお願いしたことなのに、突然もういいなんて言われたら悲しいかも……。
私ったら、なんてデリカシーのないことをいってしまったんだ……!
「そ、その! そこまで無理して時間を作っていただかなくても大丈夫そうってだけなんです。もしお会いできるなら、お会いしたいという気持ちはありますから!」
私がそう言うと、アランは、ホッとしたように息を吐いて微笑んだ。
「そうか、よかった。時間がかかっても、必ずリョウをお祖父様に紹介してみせるから」
アランは、そう言って、決意を新たにしたかのように力強く頷いた。
う、うん。
ありがとう、アラン。
で、でも、その、そんなにやる気出さなくてもいいんだけどね……?
私は曖昧な笑顔を作って、決意を新たにしたアランに頷いてみせた。