筆頭10柱編⑨ ピンチに現れる美少女戦士
「カテリーナ様!」
図書館から出てきたカテリーナ嬢に向かって私がそう声をかけると、カテリーナ嬢は私達に気付いて、こちらに顔を向けてくれた。
けれども、なんだかものすごく顔色が悪い。
足元もふらついているご様子だ。
「カテリーナ様、体調は大丈夫ですか? すごく顔色が……」
「……ええ、大丈夫よ。なんとも、ないわ」
そうは言うものの声にも力がない。
「カテリーナ、救世の魔典を見に行ってたのか?」
アランが心なしか険しい声でそういうと、カテリーナ嬢は少し気まずそうに「そうよ」と小声で答えた。
「顔色が悪い。救世の魔典の見過ぎで酔ったんだろう? 読めない呪文を無理して読もうとしない方がいい」
アランがそう諭すと、カテリーナ嬢は下を向いた。
図書館の最上階には救世の魔典が置かれている。
魔法使いだけが見る権利をもっているすべての呪文が記された本だ。
数年前はその本が見たくて見たくて署名活動なんて始めたものだけれど……結局は見られなかった。
救世の魔典が置かれている部屋に入るための入り口には護衛が何人もいるし、運よく護衛の目をごまかせたとしても、魔法がかかっていて、非魔法使いは奥の部屋にたどり着けない。
その昔実践済みである。多少無茶したこともある。
頻繁にそわそわ入口を見つめる私を、救世の魔典を守る護衛の方々には要注意人物扱いされていたのが懐かしい。
あの頃の私は若かった。
「わかってはいるけれど、少しでも多くの呪文を覚えたくて……学園を卒業したらあまり見る機会がなくなるもの」
カテリーナ嬢が、ぼそぼそと下を向きながらそういった。
やっぱり元気がない。
「それはそうだが、だからと言って読めない呪文は読めない。あまり無理するな」
アランの言葉にカテリーナ嬢は静かに頷くけれど、あまり納得はしてなさそうだ。
「カテリーナ嬢、よかったら、ここ座らない? 今学園祭について話してたんだ」
リッツ君がそう優し気に声をかけると、カテリーナ嬢は大人しく座った。
……大人しすぎる。
学園に戻ってからというもの、やっぱりカテリーナ嬢の様子がおかしい。
時折、もの思いにふけるような時もあるし……。
やっぱり、いろいろあったもんね。
サロメ嬢も近くにいないし……。
こんな時、なんて声をかけてあげればいいんだろう。
私が戸惑っていると、リッツ君がいつもの優しい感じでカテリーナ嬢に「カテリーナ嬢は、劇には興味ある?」と話しかけた。
「劇……? 観劇するのは好きだけど、そうね、そういえば以前、サロメと一緒に劇を観に行ったことがあって、その時の王子様役とお姫様役の方々が素敵で、屋敷に戻ってその劇の真似ごとなんかしたことがあるの。まだ小さい時だったけれど、とっても楽しかった」
昔を懐かしむみたいにそう言ったカテリーナ嬢が、かすかに微笑む。
カテリーナ嬢の微笑みに少しホッとした。
流石リッツ君だ。いや、リッツ大先生です。
彼はいつも柔らかい雰囲気にしてくれる。
「王子様役がサロメさんで、お姫様役がカテリーナ様ですか?」
私もその話題に乗るとカテリーナ嬢が、少し興奮したように瞳を輝かせた。
「そう! そうなの。サロメがね、すっごくかっこよかったわ。本物の物語に出てくるような騎士様みたいだったのよ!」
「ふふ、私も見てみたかったです。素敵だったでしょうね」
「もちろんよ! そう、劇をやるのよね。いいわ。一番かっこいい役は、サロメにやってもらうの。サロメがいたら、絶対に。すっごく素敵になるもの。サロメがいたら……」
カテリーナ嬢はそう言いながらどんどん声が小さくなってきて、そして最後に「……サロメに会いたい」とこぼした。
うん、そうだよね。私も、会いたい。
「大丈夫だよ。カテリーナ嬢。グエンナーシス領に帰れば、いつでもサロメ嬢に会える。そうでしょう?」
リッツ君がそう優しく諭したけれど、カテリーナ嬢の顔は固い。
不思議に思って、「サロメさんって、グエンナーシス領にいるんですよね?」と聞いてみると、カテリーナ嬢は渋い顔をした。
「よく、わからないの。領地にいる時もあまり会えなくて……」
領地にいる時も、会えない?
「どうして……」
と尋ねようとしたら、ガシャガシャと金属が擦れ合う騒がしい音と共に、鎧を身にまとった屈強そうな男達が、カテリーナ嬢を見つけて駆け寄ってきた。
「カテリーナ様、お迎えに上がりました。そろそろお戻りの時間です」
そう言って、大きな男が四人がかりでカテリーナ嬢の周りを取り囲む。
言葉こそ丁寧だったけれども、なんだか態度が不遜な感じだ。
学園に戻ってきてからというもの、カテリーナ嬢の周りには、こんな感じで、護衛の騎士がそばにいるのだけど、なんか、護衛というよりも……見張りみたいな感じで、嫌な感じだ。
「さあ、戻りましょう」
男達がそう言うと、カテリーナ嬢はツンとした顔をして、「今私は友人達とお話しているところよ。これぐらい良いでしょう!」と言った。
しかし護衛の男の人は怯まない。
「なりません」
「どうしてよ!」
「お戻りください」
そう言った護衛の人は、顔色一つ変えず冷静だけど、高圧的で嫌な感じである。
ただ普通にお話ししているだけなのに、こんな風に有無を言わせぬ感じでカテリーナ嬢を連れ帰ろうとする護衛になんか私も腹が立ってきた。
シャルちゃんも同じように腹立たしく思ったのか、彼女にしては珍しく「無礼です!」と声を荒げた。
しかし、男たちはそんなこと気にせずにカテリーナ嬢のそばに寄って、彼女に手を伸ばす。
無理やり彼女の腕をとって立たせるようなそぶりに私が思わず立ち上がった。
―――パシン
小気味のいい音が響いた。
カテリーナ嬢を無理やり立たせようとした護衛の手を払った音。
私じゃない。
カテリーナ嬢を守るように、護衛との間に超かっこいい美少女戦士が仁王立ちで立ちふさがっている背中が見える。
「サロメ!」
カテリーナ嬢が思わず美少女戦士の名前を呼んで立ち上がった。
そう、サロメ嬢だ!
学生服じゃなくて、革製の軽装の鎧を身にまとったサロメ嬢が私たちの今、目の前にいる。
「マグナエルさん、カテリーナには、私が傍にいるから、しばらくは戻っていて平気よ」
サロメ嬢は、少し緊張したような声でそうおっしゃった。
マグナエルと呼ばれた男は、眉間に皺を寄せ、「ダメだ。許可できない」とはっきりとした口調で告げた。
「……あなたは、私の父に借りがあるはず。その借りをこれでチャラにするわ」
サロメ嬢がそういうと、マグナエルと呼ばれた護衛の男の人との間で、無言のにらみ合いが勃発した。
しばらく双方譲らぬ感じだったけれど最終的にマグナエルさんという人が、フーと息を吐いて視線を下げた。
「わかった。今回だけだ。だが、あまりこういう行動を起こされると困る」
「わかっているわ。……ありがとう」
二人の間でそんなやり取りが終わると、マグナエルさん達騎士の皆さんがその場を離れた。
なんかあっけにとられて、呆然とやり取りを見守っていたけれども、サロメ嬢が、いつもの色っぽい笑顔でこちらに振り返るものだから、なんかこみあげてくるものを感じた。
サロメ嬢!
そう声をかけて抱き着きたい衝動に駆られたけれども、私よりもこみあげている人がいるのでぐっとこらえてその人に視線を移す。
泣いてた。
カテリーナ嬢が、目からぼたぼた涙を流して、立ち尽くしている。
「サ、サロメ……!」
しばらく無言で泣いていたカテリーナ嬢が、そうやってやっと絞り出すように名前を呼ぶ。そして一歩、また一歩とちょっとずつサロメ嬢の元に歩んだカテリーナ嬢は、サロメ嬢の頬に手を触れようとして、躊躇するように手を引っ込めた。
「ごめんなさい。私、私っ! サロメに触る資格なんて、ない、のにっ! あなたのお父様を守れな、かった、のに……!」
そんなことを言って、ますますひどい顔で涙を流すカテリーナ嬢の手を、サロメ嬢がつかんで引き寄せ、胸の中に抱き込んだ。
「……何言ってるの? 父上が死んだのは自分の力不足よ。カテリーナのせいじゃない。第一、あなたはその場にいなかったじゃない。カテリーナが気に病むことなんかかけらもないの」
「サロメ! サロメ、サロメ……! でも、私……!」
と言って取り乱すカテリーナ嬢は「私のこと、許してくれるの……?」と心細そうに問いかけた。
「許すも何も、私は何も怒ってないのに、どうやって許すっていうの? まずは泣きやんで、カテリーナ。とってもひどい顔よ」
サロメ嬢がそう言って、カテリーナ嬢の涙を拭うと、ますますカテリーナ嬢の目に涙があふれて、そのままサロメ嬢の胸の中で嗚咽を漏らしながら泣きはじめた。