筆頭10柱編⑧ カテリーナ嬢と謎の護衛
カテリーナ嬢が学園に戻ってきたその日の夜、カテリーナ嬢が私の部屋に来てくれた。
なんとシャルちゃんも一緒に!
「シャルちゃん! シャルちゃんも学園に、戻ってきたんですね!」
シャルちゃんの姿を確認すると、思わずその手を握った。
「リョウ様! お会いしたかった! ご無事で何よりです!」
そう目に涙をためて、シャルちゃんも私の手を握り返す。
もう!そのセリフ、まったくそのまま私のセリフだよー!
心配した! 心配したんだから!
「シャルちゃん……!」
いっぱい言いたいことがあったのに、無事な姿を確認したらなんか何も言えなくてもう一度シャルちゃんの名前を呼んだ。
だって、なんか、何も言えないんだもの!
ああ、よかった!
「グエンナーシス領の他の子達も、少しずつ戻る予定よ」
私とシャルロットちゃんが無言で再会を喜び合っていると、カテリーナ嬢がそう声をかけてくれた。
「そうなんですね!」
「でも、サロメは、やっぱり戻れないみたい」
突然の暗い声に、思わずカテリーナ嬢の方に顔を向ける。
「サロメさんは……?」
「サロメのお父様が、魔物にやられたの。だから、サロメは家名がなくなってしまって、準貴族じゃなくなった。だから学園にはもどれなくて……」
アランが言っていたことが的中してしまった。
「そんな、サロメさんが……」
そう呟いて、言葉がでなくなった。
でも、そうだ、あれだけの災害だったんだ。
まったくの無傷でいられるわけがない。
落ち込むカテリーナ嬢に、なんて声をかけるべきか逡巡していると、カテリーナ嬢が、「私のせいよ。私が守れなかった。私は領主の娘として、領民を守る義務があったのに……」と小声でつぶやいて、苦しそうな顔をした。
するとシャルちゃんがすかさずカテリーナ嬢の肩に手を置く。
「カテリーナ様のせいではありません! 私だって、力不足で……」
シャルちゃんが、落ち込むカテリーナ嬢にそう声をかけるけれど、カテリーナ嬢は曖昧に頷くぐらいで返事はなかった。
カテリーナ嬢は、責任感が強いから、守れなかった人の命を自分のせいにしてしまっている、のかもしれない。
私にも覚えがある。
私だって、ルビーフォルンの全ての人の命を救えたわけじゃない。
あの災害で、全ての人の命を、生活を守れたわけじゃない。
こぼれてしまった命がまるで自分のせいだと感じた時もあった。
でも......。
「カテリーナ様、私達はまだまだ子供で、しかも1人でできることなんて限られています。自分が頑張ればどうにかなったなんて考え、おこがましいらしいのだそうです。……私もルビーフォルンの領民のことで落ち込んでしまった時、そう言われてしまいました」
「リョウさん……」
そう言って、今にも泣き出しそうなカテリーナ嬢は、溢れる涙を隠すように、私の肩に頭を置いた。私もそのままカテリーナ嬢の涙を拭うように肩を貸し、彼女の背中に手をまわす。
こんな小さな体で、領主の娘としての責任を負って、カテリーナ嬢……。
私が領民のことで落ち込んでた時、私には、コウお母さんが側にいてくれた。
さっきの言葉だって、落ち込む私にコウお母さんが言ってくれた。
だから乗り越えることができた。
でも今、カテリーナ嬢をいつも支えていたサロメ嬢は近くにいない。
きっと心細いだろうな、と思って、視線を上げたところで、ぎょっとした。
私の部屋の扉のすぐ横に、人が立っていた。
護衛と言われていた、騎士の格好をした人……。
一体、この人何なのだろう。
大体ここ、学園の女子寮。
確かにこの騎士は、女性のようだけど、関係者以外立ち入り禁止のはずなんだけれども。
私が驚いたのに気付いたカテリーナ嬢が、私の視線の先を確認してげんなりした顔をした。
「あなた、まだいたのね……」
カテリーナ嬢にも声をかけられて、騎士の人はひざまずいた。
「側でお守りするよう言われておりますから」
「守る……? よく言うわ」
カテリーナ嬢がそう忌々しそうに言う。
二人の関係は、一体……。
「カテリーナ様、護衛の方だと伺いましたけれど……。ずっと寮にいらっしゃるんですか?」
「ええ。そうみたいね。大丈夫よ、ちゃんと彼らが寮にいることに関しての許可は取っているわ」
「そうですか」
「私はもう部屋に戻るわ。リョウさんとシャルロットさんはまだゆっくりしていてね。それでは」
とカテリーナ嬢は言うと、護衛の人と一緒に部屋から出ていった。
どうして、わざわざ寮の中にまで護衛を……?
それにあの様子、護衛というよりも、まるで、見張りみたいだ。
「シャルちゃん、あの護衛の人のこと何か知ってますか?」
「私もあまりよく知らないのですけれど、最近できたグエンナーシス領の騎士団の一人だと思います」
「最近できた騎士団?」
「はい、魔物討伐に関して多大な成果を収めた人がいて、その方が人を集めて作った騎士団で、彼らのおかげでグエンナーシス領が立ち直ったって言われているんです。グエンナーシス領では英雄みたいな扱いです」
なんと、そんな優秀な騎士団がグエンナーシス領にできていたとは。
あの謎の女騎士が、優秀な騎士団の一人であることは分かったけれど、でもどうしてカテリーナ嬢を見張るように傍にいるのだろう……。
「グエンナーシスは、たぶん今、色々変化してきている、気がします。でも、私達生徒の大半は、詳しいことは聞かされないんです。もしかしたらカテリーナ様は、グエンナーシスのこれからのことを色々聞いているのかもしれません。だから、それを外に漏らさないように傍にいるんでしょうか……」
私と同じ疑問を抱いていたシャルちゃんがそう言ってくれた。
グエンナーシス領は、私が思っているよりも複雑なことが起こっているのかもしれない。
私は、どこまで踏み込んでいいのだろう。
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カテリーナ嬢達が戻ってきてまた学園が少し騒がしくなってきた。
というかもともと慰労会に向けて学園は結構騒がしかったけれども。
王命なので、学園ぐるみでこの慰労会に向けての準備にいそしんでおり、なんと一時限目の魔法史の授業を使って劇の稽古のようなものを始めるほどの力の入れようだ。
劇の準備は結構順調。
というか、シナリオとか、流れとかほとんどのことは、ヴィクトリアさんが決めてるしね。
一応劇を取り組むにあたって、生徒達の力も必要なので、私のやることといったら、生徒達の役割を決めることぐらい。
照明担当や大道具担当や音響係など、裏方は順調に決まっていく。
しかし演者がなかなか決まらない。
「絶対にいやだ! 俺は絶対いやだからな!」
アランはそう言って、首を横に振った。
栄えあるヘンリー役をなんと我が子分アランがやってほしいと周りの子から言われているのだけれど、アランは断固拒否の姿勢だった。
アランも私も現在最高学年。この学校で一番の魔術師がなんとアランらしく、ヘンリー役を務められるのはアラン様しかいないとみんなから言われている。
というのもクライマックスにはヘンリー役の子が実際に魔法を使う場面があるのだ。
あのヘンリー様の魔法を再現するにあたって、それなりの魔法使いじゃないと務まらないらしい。
あの時ヘンリーが使った呪文というのが、砂粒のような鉱石を巨大な剣に変えて、魔物に放ち、なおかつ炎をまとわせたというとっても難しい魔術らしくあれを再現できるのが、アラン氏ぐらいなのだとか。
だからアラン氏ならばできるとみんなに言われているんだけど、当のアラン氏本人はヘンリーはいやだと言って断固拒否の姿勢だ。
ヘンリー役を嫌がる気持ちは正直わかる。ゲスリーだもの。
嫌なのを無理やりさせるのもかわいそうだし、一応台本では、その魔法の再現ということなのだけど、実際再現したら、やっぱり危険だと思うし……。
けれども、ヴィクトリアさんからもらった企画書には、実際の魔法を使ってほしいと強調されている。
そう、本当はヴィクトリアさん的にはこのヘンリー役を本物のヘンリーが務める予定で考えているらしい。
だけど、なかなか交渉がうまくいっていないのかヘンリーさんがヘンリー役をやってくれるという回答を得られていないので、念のため役者を決めているところである。
「だいたい、この話は内容が気に入らない! なんで、ヘンリー王弟とリョウの隠れた恋みたいなことになってるんだよ」
ええ、おっしゃる通り。
そしてこの台本の恐ろしいことは、なんと、私っていうか、勝利の女神と呼ばれるリョウ役の子とゲスリーのラブロマンスも含まれてるのだ。
この話の最後には、学園のピンチを救った殿下と私がなんかいい感じの仲になるところで終わりを迎える。
いや、話自体を盛り上がらせるためのものだとは思うんだけど、マジでやめて欲しい。
ドキュメンタリーのはずなのに無駄にフィクションを混ぜてくるのはやめてほしい。
しかし、私は未来の筆頭十柱の末席。
これからのことも考えると、この台本通りに進めなくてはいけない悲しき身なのである。
「ハハハ、確かにね。でもさ、リョウ嬢役をリョウ嬢がやって、ヘンリー様役をアランがやれば……面白そうじゃない?」
リッツ君がそう言ってきたら、アランがハッとした顔をして私の方を見た。
「ま、まあ、リョウが自分の役やるなら、俺もヘンリー王弟役をやってもいいけど……」
と何やらそわそわしたご様子で提案してきた。
自分だけ役者をやるなんて恥ずかしい子分が親分を巻き込もうとしているけれど、そうもいかない。
私は総監督という重大な役目があって、余裕がない。というか、やりたくない。
「無理ですね。ちょっと忙しいですし……。それに、万が一素直にヘンリー殿下が、ご自身の役を引き受けてくれた場合を考えると……」
と言って思わず想像してしまい、鳥肌が。
やだやだ、ゲスリーとのラブロマンスなんて、劇中であっても絶対に嫌だ!
「ああ、確かに、本当にヘンリー殿下が役目を引き受けてくださったら、相手役の子はすごい重責だよね」
とリッツ君は言ってくれた。
私が嫌な理由が、殿下の相手役なんて恐れ多いと思ってるだけだって、平和的に解釈してくれたみたい。
リッツ君はいい子だなぁ。
「でもヘンリー様が相手役なら、なおさら、リョウ様がリョウ様役を演じられた方が、素敵ですよ!」
と何故か興奮気味に答えるシャルちゃん。
意外とミーハーなシャルちゃんは結構ヘンリー派だからなぁ。
本性を知らないというのは平和なことである。
「確かに、リョウがリョウの役やったときに、ヘンリー殿下が自分の役をやるって言ってきたら困る。というか、だいたい、これ学園の生徒でやれって言われてるやつなんだろう? なんでヘンリー殿下が出てくるなんて話があるんだよ」
アランがふてくされたようにそう言った。
本当にそれですよね。ヘンリー殿下はもう生徒じゃないのに。
もうね、色々と事情があるんですよ。
多分、ヴィクトリアさん含む城の上層部はヘンリー様にやってもらいたいんだろうけれど……。
でも彼が私たちのためにせっせとお芝居の稽古をしてくれる気が全くしない。
せめてやるかやらないか早々にはっきりさせてほしいところだよ。
ヘンリー役を押し付けられるかもしれないアランにとっては、いい迷惑だ。
アランがやってくれる気になったとしても、ヘンリー殿下がやっぱり自分でやるなんて言い出したら、アランがかわいそう。
そんなことを図書館の前のカフェテラスで話し合っていると、カテリーナ嬢が図書館から出てきたのが見えた。