筆頭10柱編⑥ ヴィクトリアさんのハニートラップ
早速学園がお休みの日にヴィクトリアさんの商会にお邪魔することになった。
ヴィクトリアさんの屋敷の客間に通されて、改めてご挨拶をしてから席につく。
「ようこそ! 来てくださって、嬉しいわ」
「いえ。こちらこそ、お時間いただきありがとうございます。それでお話というのは……?」
「いやだわ、あなたもせっかちなのねぇ」
そう言って、相変わらず色っぽく笑うヴィクトリアさん。
本日もお胸がこぼれそうで、私ハラハラしちゃう。
「ふふ、まあいいわ。私もあまり時間もないし、本題からはじめましょうか。学園で行う催しの件なのよ。もう何をするか決まっていて?」
学園で行う催しっていうと、先日の商人ギルドの会合できまった学園祭のことだよね。
実はまだ具体的には決まってない。
体育祭的なノリでドッジボール大会とかも考えた。
生徒達からも前々からやりたいという声はあったから、生徒も楽しい上に、観客になるだろう保護者のお貴族様もスポーツ観戦として楽しめる気もする。
それか、前世の学園祭みたいに、学科対抗で出し物をしたり、ミスコン、ミスターコンとかも地味に盛り上がるイベントだ。
と、色々考えてはいたけれど、決めかねているところではあった。
「いいえ、まだ決めてはいません」
私がそういうと、ヴィクトリアさんは、にっこり笑って頷いた。
「そう、ちょうどよかった。城からね、実は学園の生徒達にやってほしいって言われていたことがあったの」
「城から……?」
と、問いかけると部屋に待機していたヴィクトリアさんの使用人の方が紙を一枚私に渡してくれた。
そこには、学園で行う催しで劇を行ってほしいという内容が書かれていた。
「劇、ですか……?」
「ええ、生徒達でやってもらおうかと。芝居屋を呼んでもよいかと思ったのだけれど、せっかく学園の子達が主役のお話ですから、本人たちでやってもらったほうがいいんじゃないかって。保護者の貴族の方々も喜ぶでしょう?」
「学園の子たちが主役、ですか……?」
私は、そう言いながら、渡された書類に視線を戻して先を読んでいく。
劇の演目は……。
あ、これって……魔物から学園を守るために戦った生徒たちの話だ。
「これは、この前の、魔物が襲ってきたときの話をもとにした演目ですね……? しかも、主役の美しすぎる王子って……ヘンリー様をモデルにされてますか?」
「そういうことよ。魔物に立ち向かう学園の子供たち、奮闘するもあと一歩のところで力及ばず全滅の危機。そこに現れる華麗なる王族のヘンリー様! 国の威信を回復するための演目としては最高ね」
そう言って、有無を言わせないほどの綺麗な笑みで私をみるヴィクトリアさん。
なるほど、そういう感じですか。
ヴィクトリアさんの話を聞きながら、目線を書類に落として素早く内容を読み込んでいく。
「出来れば主役はヘンリー様本人にやってもらいたいのだけど……」
とヴィクトリアさんが言うものだから、思わず書類から視線を外してヴィクトリアさんを見た。
いやー、それはさすがに難しいのでは……?
あのゲスリーがわざわざ家畜と思っている私たちのために一肌脱いでくれるとは思えない。
それにしてもこの劇、最後は王子が全部解決して、魔法使い素晴らしい! 王族すごい! みたいな感じの流れになってるけれども……。
王族も印象操作に必死だな……。
「この劇の催しをやってほしいって、お城の方から直接依頼を受けたのですか?」
「ええ、私の甥がお城に仕えていてね、この話をもらってきたのよ。劇の詳しい内容については後程書類を送るわね。言っておくけれど、あなたに拒否権はないの。与えられた脚本通りにやってくれればいいから」
でしょうね。
これは断れない。国からの依頼なんだろうし……。
ヴィクトリアさんは、主に王族からもらう仕事を中心に請け負う商会。
つまりコネで仕事を拾ってくるタイプの商会で、シルバさんにとっては忌々しい存在のようだった。
だけど、商人ギルドの意見が国政に大きく反映するのはヴィクトリアさんの存在があってこそ。
彼女が取ってくる仕事は、国からの正式な依頼。
「ヴィクトリア会長は、グエンナーシス領のことをどうお考えですか?」
私がそう唐突に質問を投げると、ヴィクトリアさんは一瞬目を細めた。
私の真意を探るような、そんな目。
グエンナーシス領の怪しい動きについては、勘の良い人ならもう気付いているし、10柱の一人がそれに気づいていないわけない。
しかも、こんな風に国の威信回復に努めているように見えるヴィクトリアさんなら、色々と思うことがあるはずだ。
先日の会合では、グエンナーシスのことは白々しいぐらい話題に上らなかったけれど、みんなそのことを念頭に置いて、慰労会のことを考えているのは明白だった。
しばらくの沈黙のあと、ヴィクトリアさんは、ゆっくりと微笑んだ。
「厄介よね。でもね、私はあんまり心配していないのよ。だって、無理だもの。王族に逆らうことなんて、できない。それに戦うにしたって、戦力だって、ねえ? 国にはたくさんの魔法使い様がいらっしゃるのよ?」
「そう、でしょうか? グエンナーシスにだって、魔法使い様はいますし……」
「そうだけど、数が全然違うわ。それに、王都には救世の魔典があるし」
「救世の魔典、ですか……?」
唐突に図書館で厳重に封印されている魔典の名が上がったことに驚きつつも私が聞き返すと、ヴィクトリアさんも、よくわからないのよ、と言いたそうな顔で肩を竦めた。
「そう、私は魔法が使えないからよくわからないけれど、あれは、魔法使い様にとっては特別なものらしいわよ。それが、国の管理下に置かれているうちは、大丈夫なんじゃないかしら」
そういうものなのかな。
でも、確かに、この国唯一のすべての呪文が記載されている魔典を国が持っているっていうのは、魔法使いにとっては結構大きいことなのかもしれない。
あれがあるからこそ、王都の学園がこの国の唯一の学術機関になり得るのだろうし。
とはいっても、救世の魔典があるから大丈夫っていうヴィクトリアさんの意見は、ちょっと楽天的すぎる気もするけど。
どちらにしろ、やっぱりヴィクトリアさんは、グエンナーシスの反乱には反対の姿勢だ。
そりゃ、国営事業の仕事が多いヴィクトリアさんにとって、国が荒れるっていうのは、デメリットが多いもんね。
「……なぁに? 私がどっち側の人間か、試したのかしら? 間違いなく城側よ。せっかくここまで来たのに、内乱なんて起こって堪るもんですか。私としては、どちらかといえば、あなたの方が心配ね。ルビーフォルン商会の会長様。だって、ルビーフォルンは、グエンナーシスの隣の領地。しかも、ルビーフォルンは、今まで国からはとても冷遇されていた。魔法使いの生まれない呪われた領地としてね。そうでしょう?」
そう言って、挑戦的に笑う美女、ヴィクトリアさんがまっすぐ私を見る。
私はその視線を受け止めてから口を開いた。
「私も、もちろん城側ですよ。先の災害で私が行ったマッチの配給に関しても、私が国に忠誠を尽くしているからこそ、できたことです。それに、ルビーフォルンも、です。無駄な争いは好みません。それに、どう考えても、魔法使いの生まれないルビーフォルン領が、魔法使い様をたくさん抱える王国とまともにやりあえるわけありませんしね。魔法使い様の呪文一つで、武器も防具も、全て塵のように吹き飛びますから」
まあ、実際は、神殺しの剣が、ルビーフォルン伯爵邸に、眠ってるんですけどね……。
神殺しの剣のことはもちろん伏せて、私がそう答えると、ヴィクトリアさんは、少し満足そうに眼を緩めた。
でも、まだまだ完全に信用はしていないって感じ。
私はそこで再び口を開いた。
「ルビーフォルン領は、王国に忠義を尽くしています。その証拠になるかわかりませんが、僭越ながら、ルビーフォルンの領が、あの災害でほとんど被害を受けなかった様々な政策を国の方にお伝えしたいと思っておりまして……」
私はそう言って、後ろに控えさせていた護衛のアズールさんに視線を向ける。
アズールさんは心得たとばかりに、とある書面をヴィクトリアさんに渡してくれた。
訝しそうにしながらも書面を受け取ったヴィクトリアさんは、書面に視線を落とす。
あの書面には、ウヨーリの教えに近いものが記されている。
と言っても、ウヨーリなんてものは全然出てこなくて、先の大雨の災害を防いだ水田のことや、畜産業のことに、獣害対策のやり方などなど、今までルビーフォルン領を支えてくれた領地経営の取り組み内容の一部が書かれている。
もちろんウヨーリという怪しげな存在のことや農民に知識をつけすぎているようなところは、伏せているし、お城サイドに見せても問題ない内容にお堅くまとめている。
最初こそ訝し気な表情だったヴィクトリアさんだったけれど、パラパラと読み進めるうちに驚きと興味に満ちた表情に変わった。
「ルビーフォルンのあの災害を耐え抜いた強さや、躍進には、色々と噂があったけれど、色々と取り組んでいたのね。驚いたわ。あなたが考えたことなの?」
「私が領主様に進言したこともあります」
「まあ、素晴らしい。でも、いいの? これ、お城に伝えたら、他の領地も同じ政策をとるようになるんじゃないかしら。ルビーフォルン領の繁栄の秘密でしょう?」
ヴィクトリアさんは、そう不思議そうに私に声をかけた。
この国では、それぞれの領主が独自で、領地を運営している。領地それぞれが、小さな国のようなものだ。
今まで冷遇されていたルビーフォルンが、最近になってようやく力をつけてきたというのに、その秘訣を自ら明かすというのが、ヴィクトリアさんには不思議なのだろうと思う。
私はにっこりと微笑んだ。
「他の領地の方々にもぜひ、知ってほしいんです。そして、この国がますます発展していくことこそ、私の望むこと。先ほどもお伝えしましたが、これは私の、ルビーフォルンの忠義の証なのです」
私は、そう言って、顔の筋肉を駆使して笑顔を作った。
ウヨーリの教えを国に認めさせると決めた時に、バッシュさんに手紙で、今までの領地経営で行ったことを国に知らせる可能性があるとは伝えていて、許可ももらっている。
全ては、ウヨーリ教を穏便に、徐々に浸透させるため!
私が新たに覚悟を決めていると、ヴィクトリアさんがますます笑みを深めた。
「まあ、どうしよう。あなたが欲しくなっちゃった。どう? うちの商会に入らない? 即幹部にするわよ」
甘ったるい声で、ヴィクトリアさんはそう言って、ウィンクをしてきた。心なしか胸も寄せてきている。
私の性別が、男だったら、きっと鼻の下を伸ばして、はいよろしくお願いします! とその場の勢いで言ってしまいそうな色香だ。
しかし、私は惑わされない! だって、私は女の子だ!
「お誘いいただいて、ありがとうございます。検討させてください」
「あら、つれない。そうやって、逃げるつもりね?」
「そんなつもりは……でも、ヴィクトリア会長の商会には優秀な人がたくさんいらっしゃいますし、私のような若輩ものが、幹部だなんて、反発がありそうです」
「大丈夫、私が何も言わせないわ。それに、貴女みたいな人が欲しいのは、本当。……商人ギルドが、国政にも口を出せるようになったのはいいのだけど、口を出せる知識や経験をもっている人がいなくて、正直手に余っているのよね。私たちはずっと商人として生きてきたし、利益のことを考えることはできる。でも、それだけじゃダメみたいなの。その点、貴女は、領地経営に明るいみたいだし……、ねえ、どうしてもだめ?」
そう言って、ヴィクトリアさんが、ますます胸を寄せてきた。
こ、こぼれる! お胸が、こぼれる!
こうやって、ハニートラップを使って、国から仕事を貰ってきているのだろうか……すごい効果を感じる。
私は慌てて、視線を逸らして、笑顔を作った。
「そんな、お誘いいただいて、嬉しいです。でも、私も一つの商会をまとめている身ですし、そんなすぐには決められなくて、申し訳ありません」
と言って、この話は終わりだとばかりに、かわいくふふと笑うと、ヴィクトリアさんも、うふふと笑ってくれた。どうやら一旦は引いてくれるようだ。
まあ、実際ヴィクトリアさんも、そう簡単に私が、ヴィクトリアさんの商会に入ってくれるとは思ってないだろうしね。
その後の話し合いで、私はヴィクトリアさんが提案した学園祭で劇を行うことをお受けし、ルビーフォルンの領地経営案に関しては、ヴィクトリアさんの商会と懇意にしている事務官の方に話を通してくれることに決まった。
興味を持ってくれる方がいたら、その後は私と直接やり取りをとることになる。
これから、もっと忙しくなりそうだ。
いつも読んでくださってありがとうございます!
今日は、七夕ですね
気分転換に、悪役令嬢ものを投稿しました
『魔王軍四天王の最弱令嬢は自由に生きたい!』というタイトルです!
こちらも楽しんでいただければ幸いです!
よろしくお願いしますー!