筆頭10柱編⑤ 温かいスープが胃に沁みる年頃
初めての商人ギルドの筆頭10柱の会合は何とか終わった。
もうね、気疲れがすごい。
話はどんどん流れていくし、ちょっとの時間だけだったのに慰労会ですることや担当とか必要物資とかほとんど決まった。
後は各自で動くだけという具合だ。
私も慰労会ではいくつか企画を任せてもらえることになった。
既に決まっているのが、慰労会に学園を巻き込むこと。
ちょうど、慰労会の時期が、学園の卒業式の時期ともかぶるというので、生徒達主催の学園祭のようなものを開催する感じになったのだ。
王都の学園はこの国唯一の学術機関。
魔物の災害で、各領地に戻った子供たちの活躍が結構目覚ましかったようで、学園の評判はうなぎのぼりだ。
国としては、王立学園の生徒達の成果を領主や貴族の方々の目に触れさせて、改めて国の威信を取り戻したいという甘い考えがあるのかもしれない。
それに、商人ギルドとしても、学園の広大な敷地は喉から手が出るほど欲しい。
学園は、慰労会中は連日パーティー会場となる王城に近い。
各領地の領主だけではなく、他の名のある爵位持ちも王都にくるし、そうなると使用人だって来るだろうし、たくさんの消費が発生するけれども、その消費を受け止める供給側の店構えが追い付かない可能性がある。
だから一時的に学園の敷地に出店のようなものを出して、需要に応えようという魂胆らしい。
ちなみに勝利の女神様グッズは、学園祭内の出店のみの販売だ。
学園内だったら、私の目も届くからね。
そこは断固として、譲れない。
私の検閲を通ったグッズしか売らせない!
しかし、あの腹黒狸達のことである。最後まで油断ができない……。
私は、次の日、腹黒狸達に囲まれたストレスを癒すために、コウお母さんのお店に行って、一緒に晩御飯をとることにした。
癒しのコウお母さんは、私をいつもの優しい笑顔で迎え入れてくれて、おいしいご飯も用意してくれた。
コウお母さん手作りの温かいスープが、胃に染み渡る……。
「それじゃあ、10柱になることは確定したってこと?」
コウお母さんの料理を楽しみながらも、10柱での会合のことをグチグチと話していると、コウお母さんがちょっと驚いた様子でそう聞いてきた。
「はい、多分、このままいけば、学園の卒業とほぼ同時に十柱にはなれそうです」
「あらぁ、すごいじゃない! でも、そうなると、リョウちゃんは、学園を卒業したら、しばらく王都に残るつもりなの?」
不思議そうにコウお母さんに言われて、私はハッと息をのんだ。
そういえば、私、ウヨーリ教徒のことをどうにかするつもりで、そのためにしばらく王都にいようと決意して、当然のようにそうなったら、コウお母さんも王都に残るものだと思っていた……!
だって、コウお母さんはお店とかもやっているし……。
でもよくよく考えたら、コウお母さんが、王都でお店をやっているのは、私が学園に上がるから、それに合わせてくれていただけだ。
もしかして、コウお母さんは、私が学園を卒業したら、ルビーフォルンに帰るつもりだったのだろうか。
いや、もしかしたら、アレク親分を求めて山賊生活を……?
「あの、コウお母さんも、王都に、私と一緒にいてくれます、よね?」
私が、恐る恐るそう聞くと、コウお母さんがにこりと笑って、私の頭に手を載せた。
「なぁに、その、情けない顔。かわいい顔が台無しよ。大丈夫、リョウちゃんがいるなら、アタシもしばらくは王都にいるつもり」
よかったー!
一気にほっとした!
……いや、待てよ!
しばらくは王都にいるってことは、そのうち、どこかへ行っちゃう予定が……?
「しばらくというと、そのうち王都からは出るつもり、なんですか? 私に内緒で、どっか行ったりしないですよね!?」
私が必死の形相で問いかけると、コウお母さんはおかしそうにふふと笑った。
「そーんなこと心配してるの? だいじょーぶよー! リョウちゃんがそんな心配してるうちは、いつも側にいるから。リョウちゃんが、独り立ち……そうね、大事な人を見つけて、結婚して、アタシが必要じゃなくなったら……一人旅も悪くないわね。愛を求めて彷徨う旅なんて素敵じゃなーい」
と言って楽しそうに、コウお母さんが笑ってるのを見て、私は改めて心底安心した。
「じゃあ、当分私、コウお母さんと一緒にいられますね! 私、自慢じゃないですけど今のところ、彼氏がいたこともなければ、良い人もいないですし、結婚相手なんて全然です!」
よっしゃ! 間違いなくまだまだ一緒にいられる! と思って、思わず拳を握りしめてそう伝えると、コウお母さんが呆れたような目で私をみた。
「リョウちゃん、それは嬉しそうに言うことじゃないのよ」
コウお母さんが重々しくそう言ったのを見て、ふと、グレイさんのことを思い出した。
「あ、そういえば、シルバさんが、自分のところの長男、グレイさんっていうんですけれど、グレイさんとの結婚を勧めてくるんですよ。まあ、断固拒否してるんで、結婚することはないと思いますけど」
私が何気なくそういうと、コウお母さんの目に力が入った気がした。
「グレイ? さっき話していたオーガン治療薬店の会長さんかしら?」
「はい、コウお母さんの薬にすっごく興味もってきて色々聞いてきたあの……」
グレイさんは、会合のあと、会合の内容そっちのけで、コウお母さんのつくる薬や美容品について色々聞いてきた。
どうやら商人ギルド異例の治療爵を持つ彼は、薬オタクらしい。
色々薬の話を私にマシンガントークで話しかけ、シルバさんに怒られていた。
グレイさんがいない時に、シルバさんが言っていたけれど、研究家気質のグレイさんは、商品開発においては天才だが、本来商人に向いていないのだとか。
だから、私と結婚したらバランスがいいんじゃないかと思っているらしい。
まあ、結婚のことは改めてお断りしたけれども。
そんなことを考えていたら、コウお母さんが獲物を見つけた肉食獣みたいな顔でにやりと笑った。
「へー、どんな子ー? かっこいいの?」
「髪型はもっさりしてましたけど、ちゃんと整えれば、そこそこかっこいいような感じはします」
「あらー、そう。……リョウちゃんの結婚相手として名をあげるんだったら、まずはアタシがお味見しないといけないわよねぇ」
あ、なんか、コウお母さんの何かいけないスイッチを押してしまったかもしれない……!
久しぶりに女豹のようなコウお母さんがニヤリと笑った。
これはヤバイかもしれない。
グレイさん、ごめんね!
一応コウお母さんの好きな筋肉質なタイプではないですよってフォローしようとしたら、来客のベルが鳴った。
こんな遅い時間に、薬のお客様かなって思って扉を開けると、アズールさんだった。
「あれ? アズールさんどうしたんですか?」
「すみません、リョウ殿宛の手紙をジョシュア殿から預かりまして。差出人が差出人なので、今日中にお渡ししたほうがいいと思ったので、持ってきたであります!」
そう言って、アズールさんは私に一枚の封書を差し出してきた。
その手紙を手に取って、差出人を確認するとヴィクトリアさんからの手紙だった。
「ブルモンテ商会の会長から、手紙?」
どんな内容だろう。
すぐさま、手紙の内容を確認すると、慰労会について相談したいことがあるから、ヴィクトリアさんの商会に顔を出してほしいという呼び出しのお手紙だった。
なんだろう……。
あれかな、派閥の、確保みたいな。
もしくは出る杭は打たれるみたいな……。
いや、それはないか。
先日の会合では、基本的に従順な様子の私だったし。
どちらにしろ、私もヴィクトリアさんには相談したいことがある。
早めにコンタクトをとっておきたかったから、ちょうどいい。
ヴィクトリアさんの商会、ブルモンテ商会は、国とのパイプが最も強い商会だ。
王様の隣にはブルモンテ商会の人がいて、国営事業はブルモンテ商会が仕切っている。
商人ギルドが国政にまで口を出せるようになったのも、間違いなくヴィクトリアさんの力のおかげだろう。
シルバさんは、私のことをシルバ派閥に入ってるって思ってるかもしれないけれども、私が10柱に入りたいと思った大きな理由は、ウヨーリをどうにかするため。
つまり国とのパイプをもっと太くしたいから10柱入りを目指した。
ここまで面倒見てくれたシルバさんには申し訳ないけれど、すみません、私、どちらかといえば、ヴィクトリア派閥狙ってるんで、すみません。
心のなかで、シルバさんに、すいやせんね、と謝りながら、ヴィクトリアさんに、『わあ! 光栄ですぅー! 行きますぅー!』という媚び媚びな内容の手紙をしたためた。