筆頭10柱編④ 商人ギルドの会合
商人ギルドの会合が行われる部屋にやってきた。
部屋はそこまで広くなくて、そこに長いテーブルと10脚の椅子が用意されている。
すでに4名の方が着席しており、私たちがつくといかつい顔のおじさんが「遅いぞ」と言って、シルバさんに声をかけていた。
あの人も筆頭の一人かな?
二人は、旧知の中なのか気さくに挨拶なんかをしている。
私達が、空いている席に着いて座ると、8脚の椅子が埋まった。
商人ギルドの現在の人数は、7人。私を入れて、8人なので、これで商人ギルドの筆頭は出そろった。
そのタイミングで、部屋の隅に立っていたチョビヒゲの小男が、トタトタとやってきて、咳ばらいをする。
「それでは、商人ギルド筆頭10柱の会合を始めます! 本日は、一時的にご参加いただいております商人の方がありますので、まずは、左から、我らが王都の筆頭10柱の、と言っても7名しかおりませんが……ゴホン、我らが商人ギルドの大商人のご紹介を申し上げる!」
と、ちょび髭の人が高らかに言い放つ。
あの人がどうやらこの会合の司会者らしい。
ちょび髭の声に合わせて、シルバさんが立ち上がった。
シルバさんが立ち上がると司会の人がすかさずシルバさんの略歴を紹介する。
「シルバ殿はクーゲンデル商会の商会長を束ねる大商人。絶対不可欠な金貸屋! 商人としては、100年に一度の逸材であり、商人ギルド発足以降最高の商人と名高い大いなる商会長である!」
なんとも大層な感じで紹介されたシルバさんは一礼すると座った。
そしてシルバさんの隣の席にいたネヴィさんが立ち上がる。
「シルバ大商人の息子ネヴィ=オーランド殿。オーランド商会の商会長。王都の運送関係を一手に引き受けており、オーランド商会無しでは、王都のすべてが滞る恐ろしき大商人! 100年に一度の逸材と言わしめたシルバ殿に勝るとも劣らない若き獅子!」
また大層な紹介をされたけれどもネヴィさんは、照れた様子もなく一礼して、席に着いた。
みんな、こんな感じで紹介されるんだろうか……すごいな。
「同じくシルバ殿の息子グレイ=オーガン殿。開発した薬の数は数しれず! 商人ギルド異例の治療爵を持つグレイ殿は、王都の、いや、国の健康を司る大商人である! 過去100年で最高と言わしめた父や弟にも、匹敵する大商人!」
やっぱり、そんな感じで、紹介されていくのか。
なんだろう、この紹介の仕方のボジョレーヌーボー感は……。
グレイさんを見たら、彼は、恥ずかしそうに顔を赤らめつつ、顔を下に向けて着席した。
良かった。グレイさんは、私と同じ感性だ。
不動産王のアーノルドさん、公共事業的な仕事を主に承るヴィクトリアさんなどなど、みんなボジョレーヌーボー的な感じで紹介されていく。
7人の筆頭の紹介が終わると、筆頭達の視線が私に移った。
とうとう私の番だ。
私、なんて言われて紹介されるんだろう……。
私もみんなと一緒で、ボジョられちゃうのだろうか……。
不安におもいつつも、立ち上がった。
「ルビーフォルン商会のリョウ=ルビーフォルン殿は、まだ正式には、筆頭10柱には加わっておりませんが、革命的な商品を取り扱う商人です」
簡潔! 私だけなんか簡潔!
しかもなんか、テンションも違う!
いや、大げさに紹介されても、それはそれで恥ずかしいなって思ったと思うけれども!
そんな感じで私の紹介は簡素だったけれども、周りの反応は結構あった。
みんな私を驚きの色の混じった瞳で見ている。
司会の人が、「よろしければ、自己紹介でもどうぞ」と、優し気に言ってくれたので、私は、私は他の商人の方々の好奇の目を受けとめつつ微笑んだ。
「先ほどご紹介に与りましたリョウ=ルビーフォルンと申します。若輩者でございますが早く皆様のような立派な商人になれますよう努めてまいりますので、どうぞよろしくお願いします」
私が無難に挨拶をすると、皆さんやっぱりあれがルビーフォルン商会の会長なのかという感じで、驚きながらも拍手をして認めてくれた。
よし、反応は上々? なのかな?
私が最後の紹介メンバーだったので、そのあとは会議というか、さっそく歓談がはじまった。
「久しぶりに会合の席が、8席埋まりましたな」
「10柱なのに、10まで数字が届かないなら、7とか8柱にすれば?」
「今までの伝統なので……」
「そういえばレインフォレストの領の、あの変革の商人が王都に上がるらしいわよ」
「おお! 変革の商人クロード殿が!?」
それぞれが思い思いに話し始めたと思ったら、なんかクロードさんの話が聞こえてきた!
思わず耳をダンボにする。
「そうか、とうとう変革の商人が動くとなれば、これはますます我らもいそがしくなるぞ!」
そうワクワクした様子で隣に座るシルバさんも声を出した。
ていうか、クロードさん変革の商人とか呼ばれてるんだ。しかもなんか知らないけれど、人気? な様子。
特にシルバさんの顔がワクワクしている。
私が、普段あまり見られないようなシルバさんの顔をまじまじと見ていると、それに気づいたシルバさんが、私には顔を向けた。
「リョウ君も知っているだろう!? 変革を織る者、革命の商人……そう、彼の画期的な発想で、我々商人は、いや、この国は変わり始めたのだ!」
え? そんなすごいこと、クロードさんしてるの?
クロードさんが結構な大商人なのは知っているけれど、変革を織る者、革命の商人?
そういえば、クロードさんの名を広げたのは……。
「クロード様って、確か、機織り機や糸車を広めた商人として、有名になったんですよね……?」
「そうだとも! 彼は、魔法使い様にしかできないと思われていた物を、魔法使い様なくとも作れることを証明した! あれほどの衝撃! あれほどの変革! そのおかげで、我々商人業界の全てが変わったといっても良い! 今の筆頭10柱が、国に影響を及ぼすほどの力を得たのも彼の革命あってこそだ!」
興奮冷めやらぬシルバさんがそう目を輝かせながら、語った。
機織り機と糸車が、当時の私が全く知らない業界で、それほどの衝撃を与えていたとは……。
「奴が王都にも居を構えるとなると、間違いなく10柱には入れざるを得ないだろうな」
他の10柱の人が、満足そうに言って頷いている。
クロードさん、本当に人気だ。
「レインフォレスト商会とルビーフォルン商会が、王都に上がって、10柱か……。最近は、地方商人が強いな。何はともあれ、これで9柱。あと1人で10柱だな」
「10柱のメンツのことなどどうでもいい。今日は慰労会のことを話に来たのだろ!」
と、なんか暢気な世間話を、いかつい顔の男の人が一喝した。
最初に、この部屋に入ったときにシルバさんに気軽な感じで話しかけた人だ。
確か名前は、アーノルドさん。
色々な事業をやっているみたいだけど、メインの事業は不動産だった。
先ほどの紹介で、不動産業を営む不動の王とか言って、100年に1人の逸材扱いされてた。
100年に1人の逸材が同じ時代に生まれすぎだと思う。
アーノルドさんはいかつい顔のまま、派手な格好をしているナイスバディな女性商人に視線を向けた。
「ヴィクトリア、お前の自慢の甥はなんといっているんだ?」
ナイスバディな女性はヴィクトリアさんという名前。
この場にいる女性は私とヴィクトリアさんだけだ。
ヴィクトリア=ブルモンテさん。
私が王様に謁見した時に、王様の隣に立っていた綺麗な男の人が所属している商会の会長様だ。
それにしても、ヴィクトリアさん、あふれ出す色香がすごい。
というか、恰好がすごい。
こう、胸元が開き過ぎなんじゃないだろうか。
私も女の子だけど、思わず目がそこに行ってしまう。
だって、豊満な胸がこぼれだしそうなんだもの!
「あらやだ、せっかちな男は嫌われるわよ」
と茶目っ気たっぷりに返すヴィクトリアさんの大人の余裕がまた色っぽい。
「いいから早くしろ」
とアーノルドさんに催促されるとヴィクトリアさんは肩を竦めて、赤い紅を塗った綺麗な口を開いた。
「王は、華やかなお祭りをご所望みたいね」
ヴィクトリアさんがそういうと、他の商人たちが、ざわざわする。
「華やかか。いいじゃないか。お金をたくさん落とせる」
「しかしつい先日大災害が見舞われたわけだが、領主にそれほど余裕があるだろうか?」
そんな声が聞こえてくると、ヴィクトリアさんが、微笑んだ。
「あるに決まっているじゃない。領主様方は全員魔法使い様よ。それに王から報奨金もおりるわけですし。領主様方には与えられた報奨金以上のお金を落としていただかなくっちゃ」
ヴィクトリアさんがそういうと、私の隣にいたシルバさんはつまらなそうにふんと鼻をならした。
シルバさんの態度が悪い。
というか、さっきから、ヴィクトリアさんがしゃべるとき、シルバさんはつまらなそうな顔っていうか、面白くなさそうな顔をする。
クロードさんの話をしてる時はノリノリだったのに。
多分、ヴィクトリアさんはシルバさんにとって、10柱内の派閥争いのライバルな気がする。
思わず彼女の様子を観察していると、ヴィクトリアさんと視線があった。
私と目があうと、ヴィクトリアさんは、ゾクっとするほど綺麗に笑って、口を開いた。
「慰労会の内容だけど、私は、ルビーフォルン商会の会長様を押し出して盛り上げるのがいいと思うのだけど、どうかしら?」
突然のヴィクトリアさんの提案に、他の商人達の視線が私に集まってきた。
いやいや、ヴィクトリアさん、何言ってるの!?
「ルビーフォルン商会を押し出す、か……」
隣で、シルバさんが、呟くのが聞こえて、思わずシルバさんを見上げる。
なんだか思案気なご様子のシルバさんからは、先ほどのヴィクトリアさんの提案が自分の利になるかどうかを考えているのが、わかる。
というか、私を押し出すってどういう意味だ……。
「何と言っても縁起のいい勝利の女神様だもの! マッチの配給事業だって、国の後ろ盾があったからこそ。勝利の女神と国との強固な絆を各領主様方に改めてお知らせする良い機会だわ。国もきっとその案にのってくれるはず」
ヴィクトリアさんがそういうと、ますます周りの商人たちの目がギラギラと輝いたような気がする。
やばい、あのギラギラした目は、完全に乗り気になっている感じがする!
国との強固な絆って……いや、そんな絆は正直ないけれども!
と思って、救いを求めるようにシルバさんに視線を向けた。
そんな私の視線に気づいたシルバさんが、私の方に目を向けてゆっくりと頷く。
あの優し気な眼差しは、きっと私の味方についてくれるってことですよね!
「そうだな、悪くない」
ええ!?
そっち側につくの!?
ヴィクトリアさんは、対抗派閥でしょう!?
ライバルの提案はとりあえず反対するぐらいの勢いが欲しいところだけども!
戸惑う私の横にいたネヴィさんも頷いた。
「確かに今回の魔物の災害で、彼女は、一躍時の人です。誰もが彼女のことを知っています。魔物の災害を抑えた最高の立役者。勝利の女神と称して、王国民全てが、感謝をしている。確かに、彼女の名前を前に出すのは悪くないでしょう。彼女にちなんだ商品なんて飛ぶように売れそうです」
シルバさんの息子のネヴィさんがそう言って、満足そうに頷いた。
勝利の女神様キャンディ、勝利の女神様手ぬぐい、勝利の女神様なりきりセット。
まさかの勝利の女神様グッズが脳裏によぎって戦慄した。
人を祭り上げることに関しては天下一品のタゴサクさんでも、そんなことしなかったのにっ!
「そうだ、彼女の商爵授与はまだなのだろう? 授与式を慰労会と合わせたらどうだ。そしてその時に改めて10柱入を宣言するんだ」
「ああ、確かに盛り上がりそうだな。見物客も多く見込めそうだし、それに商人ギルドの名声もますます上がる」
あ、さりげなく私の10柱入りって確定のような話が!
というか、やばい!
私が何も言わない間にどんどん話が進んでいく!
「待ってください!そんな、見世物みたいなのは、私……!」
と思わず声を荒げたら、ヴィクトリアさんが私を見てにっこり笑った。
「あら、見世物の何が悪いの?」
「悪いというわけでは……」
「あなただってますます名を売ることができて悪いことじゃないじゃない。慰労会にはあなたのお酒をふるまって、民衆の英雄でもあるあなたが、商爵を授与されることで、彼女が王に仕える商人であると伝わる。どの領主も救国の英雄であるあなたには感謝しているはずだし、そのあなたが国に仕える態度をとれば領主様方もさらに国へと忠義をつくそうとするかも」
そう言われると、それは、そうかもしれないけれど……。
グエンナーシス領のことが頭に浮かんだ。
もし私が、国に仕える姿勢をとれば、グエンナーシス領の反感が、収まる?
グエンナーシス領にだって、マッチを送っている。私には借りがあるはずだ。
いやいや、でも! やっぱり女神とか呼ばれて騒ぎ立てられるのは、なんだか嫌だ……!
何か反論しなくちゃと思っていると、シルバの息子のネヴィさんが動いた。
「まあまあ、先輩方、あまり新入りをいじめないであげてください。こうやって話が割れた時は多数決だったはずでしょう?」
あれ?
ネヴィさんが優しい! 私のことを気遣ってくれている!?
さっきは、離婚するだのなんだの言って、こいつはやばいなんて思ってしまったけれども、本当はいい人なのかも!
「そうね。それじゃあ、今回の慰労会のメインを勝利の女神に据えることを反対するものは挙手を」
ヴィクトリアさんがそう言ったので、私はすっと手を挙げた。
しかし、私以外はみんな挙げてなかった。
ええ!? 私だけ!?
大体さっきネヴィさんが応援してくれたんじゃ!?
私はネヴィさんをみた。
すまし顔で前を向いている、私と目を合わせようともしない!
さっき私を庇ってくれたんじゃないんですか!?
陰謀だ。陰謀を感じる。もしくは陰謀しか感じない。
さっき庇ったように見えたのはこうなることが分かってたからだ。
絶対そう!
私は、荒ぶる心をふうと息を吐いて、何とか落ち着かせる。
慰労会で行われるイベントの一つが、商爵授与に、10柱入りの宣言か。
私を押し出すって……なんか、気持ち的に嫌だけど、でも、そこまで悪い話じゃないのは確かだ。私的には、国にどんどん恩を売りたいし、名が売れて影響力が増すのも、今後のことを考えるとありがたい。
それに、グエンナーシス領のこともあるし、マッチ配給で人気急上昇中の私が、国につくという姿勢を示すのは、悪くない考えだと思う。
「分かりました。その仕事受けます。ですが、条件があります……」
私はそう切り出して、現在仮の筆頭10柱ってことだけど、慰労会に関する会合には毎回参加できるようにしてもらったうえで、慰労会でやること、内容についても関わらせてもらう権利をもらった。