商会長編⑧ ホームパーティーはじまる
到着初日の晩餐は、屋敷で簡単なパーティーをアイリーンさんが開いてくれた。
太っ腹なアイリーンさんは、私と一緒に来てくれたアズールさんをはじめとする護衛の方や、シュウ兄ちゃんなんかも招待してくれて、結構騒々しい感じのパーティーだ。
最初に簡潔にルビーフォルンの代表として私の挨拶やパーティー開催のお礼を伝えると、あとは立食形式のパーティーってことで、それぞれ立ち話なんかで盛り上がってる。
アイリーンさんは、コウお母さんと美容談義しているし、クロードさんは、私が連れてきていたルビーフォルン商会の人を目ざとく見つけて何やら話しかけている。
私はアランと学園のこととかを話していると、私と同じ髪色を持つ見慣れた誰かが目の端に映った。
その誰かの様子を見て、私はおずおずとアランに話しかける。
「アラン、あの、あそこでお肉食べてる人、実はわたしの実の兄なんです」
豪華な食事にシュウ兄ちゃんがだらしない顔で食いついていたのを遠目に見ながら、アランにあれが私の実の兄であると白状した。
「え、リョウの兄上……?」
カイン様はすでに知っていることだから、いつかは知られる事実。それなら、さっさと言ってしまった方が気が楽だ。
そう思って思い切ってアランに白状すると、アランは意外そうな顔でシュウ兄ちゃんをしばらく見つめて「へー、リョウと雰囲気違うな」とだけ言った。
そうでしょう? 全然似てないでしょう?
でもね、カイン様がね、前、私とシュウ兄ちゃんってやっぱり似てるねって言ってきたんだよ。ひどいよね? フォロリスト失格だよね?
そしてアランと一緒にガツガツ食事をしているシュウ兄ちゃんの様子を見ていたら、そのシュウ兄ちゃんにカイン様が近づいてきた。
麗しきカイン様と愚かなるシュウ兄ちゃんとのお兄様力の差が浮き彫りになる私にとっての地獄絵図。
カイン様が気さくな感じでシュウ兄ちゃんに声をかけると、シュウ兄ちゃんも笑顔で応じて二人で何事か楽しそうに話している。
口の動きを見る限り、『よう! お前カインじゃないかよー! ひさしぶりだなー! 元気してたか?』みたいな感じの話をしているように見えるけれど、完全にシュウ兄ちゃんったら、カイン様を自分と同じ立ち位置のやつと思ってる。
もっとかしこまれ!
フォロリストキングでおわすぞ!
これはいけない。シュウ兄ちゃんが我らがフォロリストカイン様に失礼をする前に、止めなければ。
「アラン、ちょっと、私、兄の暴挙を止めてきます」
と言って、スタスタとシュウにいちゃんの方へと進んだ。
歩いている途中で二人の会話が聞こえてきた。
「シュウ君、元気そうだね」
「あったりめーだよー! んぐ、元気元気! ていうか、飯うまくね? なんでみんな、飲み物ばかりでほとんど口つけねぇんだ? んぐんぐ、全部食べていいのか?」
フォロリストキングを前に、食べながら話すシュウ兄ちゃん……。
「ハハ、食べられそうなら食べてくれると嬉しいよ。料理人も喜ぶ。私も頂こうかな」
カイン様が礼儀を知らないシュウちゃんに優しくお微笑みかけてるタイミングで、シュウにいちゃんの腕をとった。
「もう! シュウ兄ちゃん! そんなにがっついて食べないでください!」
「なんでだよ?すげーうまいぞ、これ」
「美味しいのは知ってますけど、せめて話す時は食は抑えるというか、もうちょっと、遠慮っていうか!せめて上品にたべたりとか……!」
「え? 上品? ははー、わかったぞ。さてはお前、カインの前だからって、淑女ぶりたいんだろ? 綺麗な服着ちゃってさー、ハハハ」
とシュウ兄ちゃんが笑い始めた。顔もそこはかとなく赤い。
この楽しそうな表情……こいつすでにお酒も頂いて出来上がっていらっしゃるご様子!
酔っ払いよ! この人酔っ払いよ!
「もう! シュウ兄ちゃんー! お酒も飲み過ぎないでくださいよー! 笑い上戸で、たまに馬車を酔った勢いで乗り回して、バッシュさんに怒られてましたよね!?」
「そんな昔のこと、俺には関係ねぇ! アハハ!」
何言ってんだ、このシュウ兄ちゃんめ!
ムーと口をとがらして、シュウ兄ちゃんの対応について悩ませていると、シュウ兄ちゃんが私の左隣にいた人を見て、「おう? リョウ、一緒に連れてる顔の整っている男は誰だ? お前の周りかっこいい奴多いなー」と楽しそうに口を開いた。
やだー、もうこのシュウ兄ちゃん、面倒くさい―!
ていうか、一緒に連れてる顔の整った男って誰だ。
と思ってシュウ兄ちゃんの視線の先を見たら、アランがいた。
アランが、シュウ兄ちゃんの酔っ払いぶりにちょっと戸惑ったような顔をしている。
……そういえばアランって、結構顔が整っている部類に入るんだった。見慣れてしまってあまり意識したことなかったから忘れてた。
「あ、俺は、リョウの、学友で、アラン=レインフォレストって言います。その、よろしくおねがいします」
とアランにしては、なんとも礼儀正しい感じでシュウ兄ちゃんに接触してきた。
やだ、もう、アランったら、シュウ兄ちゃんの前でそんな丁寧な態度取る必要ないんだからね。
もっと、なんていうか、ほら、私と初めて会った時みたいに泥水ぶっかける勢いでお願いします。
「アラン……レインフォレストっていうと、お前……カインの弟?」
と言ってシュウ兄ちゃんが顔を険しくした。そして徐々に顔色が青白くなっていく。
「と、と、ということは、おまえ、いや、お前様は、魔法使い様であらせられりゅのかよですか!」
シュウ兄ちゃんが焦りのあまり新しい言語を作ろうとしておられる。
なんて残念な兄……。
あ、隣のカイン様の素敵お兄様オーラが眩しい! 眩しすぎてシュウ兄ちゃんが霞んでゆく!
とは言ったものの、魔法使いに対する人の反応ってこれが普通……なんだもんね。あんな変な言語は使わないだろうけれど。
アランは、シュウ兄ちゃんの反応に少し戸惑ってる雰囲気だったけど、「あ、いや、楽にして構わない。俺はリョウの友人だし、リョウの兄上なら、別にそんなかしこまる必要はない、というか、普通にして欲しい」
とごにょごにょ答えてくれて、そんなアランをシュウ兄ちゃんが、疑うように見つめる。
「本当でござんるのかよ?」
とシュウ兄ちゃんが、不安そうな顔で覚えたての間違った敬語を披露してアランを見る。
アランはコクリと頷くと、今にも地面に膝をつけそうだったシュウ兄ちゃんは、ガバッと起き上がった。
「なんだよー! 最初からそういえよー! 俺、魔法使い様とか聞いたからやっべー、まじやっべーみたいな気持ちになっちまったじゃんかよ! よく見ればお前、俺より年下だもんな。気軽に行こうぜ! よろしく!」
と、言って気軽にアランの肩をポンと叩き始めた。
切り替え早くないですか?
ほとんどの農民はひれ伏す魔法使い様であらせられるんですよ!?
我が兄上の切り替えの早さよ。
さすがのアランも驚いたらしく口を半開きにして固まっている。
ごめんね、本当にごめんね、アラン。
シュウ兄ちゃんの隣にいたカイン様が腹を抑えて屈んで小刻みに震えている。
多分お笑いになっておられる。
お笑いになっておられるのを必死に堪えておられるご様子だけど、バレバレですよ! カイン様!
「シュウ兄さんったら、そんな風な口の利き方は……」
と小言を言おうと思ったら、上機嫌のシュウ兄さんはパッと笑顔を作って「ところでリョウ、お前の男はどっちなんだ?」とか抜かしやがった。
お前の男って、何!?
そ、そんな言い方されるとちょっと……!
と思ってこっそりカイン様とアランのご様子を伺うと、お二人とも心なしか、居づらそうに視線を逸らしていらっしゃった。
おいおい、お二人になんて顔させるんだよ。
やめてよ、全然そんなんじゃないのに!
だいたい私だって、もうすぐ14歳になるぐらいの子供だよ! 成人だってまだまだ……。
あ、あれ? よく考えたら、一年ちょっとで、私、成人する……。
なんだかまだまだな気でいたけれど、この国では成人したらすぐに結婚する娘は多い。
でも、私……そんな気配ないんだけども……。
私、もしかして、このままだと行き遅れる……?
結婚とかできるのかな……正直できる気がしないんだけど。
いや、きっと運命の人が現れたら、これだ! 君に決めた!ってなるに違いない。
全然想像できないけど……。
あ、それよりもこのなんとなく居づらい雰囲気をどうにかせねば!
シュウ兄ちゃんの見当違いな爆弾発言によって、あのフォロリストカイン様でさえ反応できないでいる!
「ど、どどちらも私の男とかじゃなくてですね、そういうのじゃないんです! ほんとシュウ兄ちゃん変な言い方しないでください! もう!」
私が、そう言うと上機嫌なシュウ兄ちゃんは、ハハハと笑う。
「なーに怒ってるんだよ! あーあれか? お腹が空いてるとイライラするからな。しゃーない。俺の肉分けてやるよ」
そう言って、シュウ兄ちゃんがなんか優し気な笑顔で私に肉が盛られたお皿を差し出してきた。
マイペース! なんてマイペースなんだ、うちの兄は!
でも、差し出されたお肉は確かに美味しそう。
立食でも食べやすいように一口サイズに切られたステーキ。
香辛料の効いた独特のソースがお肉に絡まって、何とも言えない食欲をそそる香りが立ち上る。
私はありがたく受け取った。
わーまだ熱々なご様子! いい香りー!
そして隣で驚きに固まっていたアランは、その様子をみてポツリと「やっぱり、兄妹だな。似てる」と言っていたような気がしたけれども、気のせいに違いないと思うことにしてお肉を頂いた。
私とシュウ兄さんは全然似てない。
ほら、みて、私の食べ方のスマートさを!
全然違うでしょ!?
ガツガツ食べてるシュウ兄ちゃんと全然違うでしょ!?
兄との違いを見せつけるべく、私はことさら丁寧にお肉を頂きました。