小間使い編⑥-決闘、その後-
決闘後のアランはとてもおとなしかった。顔では、不本意だー不満だーという態度を示しているが、なんだかんだ命令すれば子分として言うことを聞いてくれる。
5歳児だし、アランだし、クソガキだし、決闘に負けたら、うわんうわんないて、ママーとかいって、いじめられたーとかいって、告げ口して私を貶めようとするかもしれないと思ったが、そんなことはない、
決闘の条件をまじめに守って、不承不承私の子分として落ち着いてくれた。
5歳児にしてはなかなか芯のとおったクソガキのようだ。
ステラさんは私が無事に小間使いとしてクソガキとカイン坊ちゃまに認められたことに驚きつつ、感謝された。
使用人の中でも、いつ自分が坊ちゃま付の小間使いになるんじゃないのかと戦々恐々としていたところだったようだ。
ステラさん以外の使用人のみなさんからもよくやったと褒めて貰えた。
まさか仕えるべき主人と決闘し、あまつさえ子分にしているだなんてことはいえない。わたしゃ言えない。
なので私とクソガキとの関係は秘密だ。クソガキもクソガキで女の子に負けたというのは誰にも言いたくないらしい。
アイリーンさんやクロードさんにも言っていない、というか、最初の日以来お二人とは会っていない。
クロードさんは、今までたまっていた仕事のつけがたまっており、外に出かけているか、自室にこもって仕事に励んでいる。アイリーンさんはアイリーンさんで、今、魔法使い不足でもともとすごく忙しいらしく、ほとんど家にいなかった。
夕食の時間も、家族全員そろっての食事ではなく、クソガキとカイン二人だけで大きなダイニングテーブルでポツンと食事をしている。
私は使用人なので、一緒に食事はしないが二人の小間使いらしく、こまごまと食事の補助なんかをやっていた。
おもに、カイン坊ちゃまの汚れたお口を拭いたり、遠いところの料理の皿を近くに持ってきたり、飲み物をいれなおしたり、「おい、なんでカイン兄様ばっかりかまうんだ!」というクソガキの靴を踏んづけたりしている。
それにしても毎度のことだが、この家の晩餐はわびしい。料理は豪華だ。私が今まで見たこともない涎もんの品々だ。
でも兄弟でぽつりと食事をしている光景はなんか胸が痛い。
この屋敷では、領地の管理をもともと大旦那様(クロードさんやアイリーンさんのお父さん)とアイリーンさんとそのお婿様とで主に切り盛りしていたが、大旦那様と婿様が王都に呼ばれて、王命でそっちでの仕事を行なうことになり、行ったままはや2年経過しているという話だった。ちなみに大旦那様の奥様はすでにお亡くなりになられている。
クロードさんはもともと独立をしていて、別の屋敷に住んで商会を立ち上げていたが、妹に泣きつかれて、現在は実家に戻って諸々の管理等を行なっているとのことだった。
しかも、アイリーンさんが所有している、つまりレインフォレスト伯爵家直轄の魔法使いの数が少ないこともあって、一国の主であるアイリーンさんでさえ、バタバタと魔法使いとして奔走している現状らしい。
魔法使いがいったい何の仕事で奔走するのかはよくわからないが、そういうことらしい。
ガリガリ村に来ていた二人の魔法使いみたいに各地を巡回でもするんだろうか。
そんなお話をお坊ちゃま二人と一緒に歴史を教えてくれる家庭教師の先生から聞いた。
話は主にレインフォレスト家最高! レインフォレスト家万歳! いやぁレインフォレスト家の家庭教師になれてわたしゃ光栄ですよ、坊ちゃま、今後も良しなにげへへへ、みたいなゴマすりする先生で、こいつゲスいと思ったが、たしかに現在良しなにするだけあって、なかなかわかりやすい教え方をする歴史の先生だった。
それにしても、2年前からお父さんやお母さんと一緒にいることが少なくなったということは、カイン坊ちゃまはともかくクソガキアランなんて、物心ついた時からほとんど親がいないような生活だったんだろう。
あの兄弟2人の仲の良さは、きっとそういう家庭環境が影響しているのかな。
・・・・・・正直、前世の私とかぶる。
私は努力することで、一番をとることで、興味をもってもらおうとしていたが、クソガキアランの場合は、クソガキぶることで、関心を得ようとしたのだろう。
最初出会ったときに感じたイライラは、昔の自分を見るような気持ちだったからかもしれない。
私は次の算術の家庭教師の先生がくるまでの短い時間の間に、そう考えをまとめて、極力優しく接してあげようと、天使のように優しい輝きを放つ暖かいまなざしをクソガキアランへ向けてあげた。
強く生きろよ、少年。
「な、なんだよ! カエルが死んだような目をこっち向けてきやがって! 牛乳買ってこいって言われたって、もう時間もないからむりだからな!」
おい、私の天使なまなざしを死んだカエルに例えるな! 失敬な!
あと、その言い方だと私がしょっちゅう君をパシらせているみたいじゃないか。
私が、子ども相手に、しかも貴族をパシらせるなんて、そんなことしょっちゅうするわけないでしょう! ・・・・・1,2回しかパシらせてないでしょう!
思わず、眉間にしわを寄せてクソガキのほうへ目を向ければ、蛇ににらまれたカエルのように、びくっとなって、彼は視線を逸らした。
あらいけない、子ども相手に私ったら、おほほ。
ちょうど、算術の先生がきたので、私は授業をうけることに集中することにした。
それにしても天使のようなまなざしを死んだカエルにたとえるとは、クソガキめ。もう心配してやらん。