神殺しの剣と魔物編⑥ いつかきっと決めなきゃいけない時が来る
私は、アズールさんから渡された紙束を持って、火の番をしてくれるコウお母さんのもとへととぼとぼと進んだ。
私が、コウお母さんの隣に立つと、コウお母さんが炎を見ながら、「アズールちゃんの話は終わったの?」と聞いてきた。
「はい、アズールさん、私の、ルビーフォルンの騎士になってくれるって、そう答えてくれました。でも、家族は納得しないだろうから、自分のことは死んだことにしてくれって……」
コウお母さんは、特に驚くこともなく頷いた。
「そう、アズールちゃんも色々考えてくれていたのね」
「はい……。あと、アズールさんから、こんな紙束を預かりました」
そう言って、紙束をコウお母さんのほうに差し出す。
それを手に取ってパラパラとめくったコウお母さんは、不思議そうに首を傾げた。
「これって、日記?」
「日記というか、タゴサクさんが、アズールさんに私の様子を記してほしいとお願いされて書いてたらしいです」
「タゴサクさんも色々粘り強いわね」
そう言いながら、ふふと笑って冊子を眺めるコウお母さんが、ふと顔をあげて私を見た。
「でも、彼のおかげで助かったこともあったわね」
私はその言葉にかすかにうなずく。あまり認めたくないけれど……。
ウヨーリ教は、魔物におびえる領民の安らぎになりうる。
今の辛い状況に対しての活力になり得る。
ウヨーリ教は私にとって、得になる?
もし親分が何かを、反乱のようなものを起こそうと思っても、きっとウヨーリ教徒の領民たちは、親分の扇動には乗らないはず。
ルビーフォルンの領民はウヨーリの教えに従ってくれる。
ウヨーリの言葉を借りれば、私は領民たちを……。
そこまで考えて、自分が、領民のことを、ウヨーリという名を使って操ることができる道具のように考えているんじゃないかと、気付いた。
最悪だ。これじゃ、ゲスリーと変わらないじゃないか……。
「リョウちゃん? どうしたの?」
「いや、私は、みんなが思ってるほど、英雄とか、神の使いとか、全然神聖じゃないなって、そう思っただけです。本当に、いっそ、私が本当に天上の御使いで、神聖すぎるような生き物だったら良かったのに……」
そしたら、どんなことに対しても、神聖すぎる決断を下すに違いない。
少なくともタゴサクさんが思い描いている物語を見る限り、そんな感じだ。
何事にも迷いがなく、常に人々に寄り添い、希望に満ちた決断を下してる。
それがウヨーリだ。
「何言ってるのよ。リョウちゃんはリョウちゃんじゃない。そんな神聖すぎるものになったら、リョウちゃんじゃないもの。そのままでいいのよ。……そうだ。さっきリョウちゃんがいないときにね、セキに教えてもらったのだけど、アレクが持ってきた剣、やっぱり神殺しの剣だったみたいね」
「本当ですか?」
「ええ、リュウキ君が、確かめてくれたようよ。魔法で崩すことができないって」
分かっていたことだったけれど、改めて言われると、心が震える。
親分、どうやって神殺しの剣を用意したんだろう。どうして神殺しの剣をこちらにも流してくれたのだろう。親分は、あの後どこに向かったのだろう……。
そして、何より、神殺しの剣を持って、親分は何をするつもりなのだろう。
いや。そんなのわかりきってる。親分ははっきり言ってくれた。
この国がとっくに終わってることを分からせるだけだって……。
私は、今までの努力が無駄に終わったような気持ちがした。
私が、ルビーフォルンの領地を豊かにしていこうと強く思った一番の理由は、親分をコウお母さんのもとに帰すためだ。
親分が無謀なことをしないために、まだこの国も捨てたもんじゃないと、わかってもらいたくて……。
魔法使いと非魔法使いが協力し合うことで、豊かになっていくことを知ってくれれば、きっと親分は、無茶をしないと思っていた。
『お前も頑張ってるし、まあ、少しは様子を見てやるか』って言って、見守ってくれるんじゃないかって……そんな、子供じみた希望を抱いていた。
畑を耕すこと、自然の恵みを増やすこと、生活を便利にすること……私がやってきたことは無意味だったのかな。
王族だって、魔法使いだって、人間だ。
剣なんか使わなくても、きっと分かり合える日が来る可能性だってある。
少なくとも、学園にいたみんなはそうだった。魔物が襲いかかってきた時は、それぞれが心強い仲間だった。
別に、魔法使いだからって対立しなくたって、力を合わせてできるってことを親分が知ってもらえたら……。
そこまで考えて、ヘンリーの顔が浮かんだ。私がやろうとしてることは、あれと分かり合える日が来ると言っているのと一緒だ。
私達、魔法が使えない平民を、家畜と言い捨てる彼と分かり合うことができるだろうか。
根本的に考え方が違う人たちがいて、彼らと力を合わせることができると、言えるだろうか。
そして、カイン様の顔が浮かぶ。カイン様は出来ると信じているようだった。
私は、カイン様に協力すると言った。カイン様がそこまで言うのなら、できるのかもしれないと、一瞬思ったから。
でも、冷静になって考える。
自身の母でさえ、家畜であると言い切った彼とどうやって分かり合えるというのだろう。
私達のことを家畜と思っている彼の心を、どうやって受け入れて、どうやって私達のことを受け入れてもらえばいい?
そんなこと、できるの?
それなら、むしろ……。
誰かの心を変えていくよりも……殺してしまった方が楽だ。
なかったことにした方が、ずっと早いし、確実だ。
親分はそう思ってる。そして、私も、そう思う。思ってしまう気持ちがある。
でも……。
私はまだ、自分がどうしていきたいのか、決められない。
親分が動いたときに、私が親分の味方をするのか、それとも親分を止めるべきなのか……。
目の前で燃えていた魔物の最後の塊が崩れる音がした。
どうやらあの魔物はすべて灰になったらしい。
いつの間にか日はとっくに暮れていて、魔物を燃やしている火が唯一の明かりとなっていた。
私は自分の手のひらを見つめた。アズールさんの治療のために、傷を負った自分の親指が目に入る。
生物魔法、ウヨーリ、それにアレク親分……。
私は、いつかきっと、大きな決断をしなければならない時が来る。
私に、生物魔法という切り札がある限り。
私は色々な思いを飲み込んで、顔を上げた。
睨みつけるように見つめた夜空には眩しいぐらいに星が輝いていた。
転生少女の履歴書3部 転生少女の救済期 了
3部までお付き合いいただきありがとうございました!
楽しんでいただけたらなによりです!
ここまで書けたのも、いつも評価・感想くださる皆さんのおかげ!
ありがとうございます!本当にいつも励みになっています。
皆さんの応援で、調子にのって書いてたら、もう気づけば、もう60万文字超えているんですよねー。
長いなぁ。でも、なろうでは、まだまだ序の口な文字数なんでしょうかね。
なんともけわしいなろう坂です。
次回、4部の更新時期については、しばらくお休みする予定です。
4部の大まかな流れは決まってるのですが、プロットというか、どういう雰囲気で進めていくかが決まっていなくて、ちょっとお時間かかるやも。
でも、お休みしすぎて、書き方とか忘れたら怖いので、もしかしたら閑話という形で、コメディな小話を書くかもです。
その際、一旦は活動報告に載せる感じにすると思います。
それと新作で恋愛ものを最近書いてます。
そろそろ投稿しようかなって思ってそわそわしてます。
あと、4部について、大まかな流れは決まってるので、その部分の予告をしておくと……。
4部の後半?あたりで、あのゲスリーさんが、なんとリョウに……あ、ダメ、これ以上は私の口からは!
という予定なので、彼が出張ってきます。
3部では出番がほぼない彼でしたが、4部そして、5部、と大活躍()する予定なので、
数少ないゲスリーファンの方は楽しみしていてください。(どれくらいいるのだろうか…
それではあとがきまでお付き合いいただきありがとうございました!
あ、あとたぶん年内には更新しないので、伝えておきます!
皆さま、良いお年を!