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転生少女の履歴書  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ
第三部 転生少女の救済期
159/304

転章Ⅱ アズール

 白い布をかぶった何者かが洞窟の中に入ると、一瞬その場が静かになったのがわかった。

 時折布の隙間から見える金色の髪。背格好からもおそらく……リョウ殿だ。


 なぜ、あのような格好を……?


 そう思っていると、その理由は直ぐにわかった。


 リョウ殿が、リュウキ様に奇跡を行った。

 思わず目を奪われた。一体何が起きているのかわからなくて、体が固まった。


 すると周りの村人から、「天上の神の……」という単語が微かに聞こえる。その言葉には、どこか陶酔するような響きがあった。


 天上の神の御使い……。


 私は、ルビーフォルン伯爵家を出る前に、タゴサク殿から聞いた話を思い出していた。

 ウヨーリ、そして本に記されていたウヨーリが起こす奇跡の数々を……。



◆◆◆◆◆◆


 ルビーフォルン伯爵家についた時にまず一番に驚いたのが、使用人のリョウ殿に対する接し方だった。

 挨拶は基本的に額を床にこすりつけてするような有様で、はっきり言って、当主であるルビーフォルン伯爵様よりも敬っているのではと思った。


 まだ子供であるはずの彼女なのに、それほどの影響力を持つということに驚きはしたけれど、でも、まだ付き合いの浅い私でも、妙に納得できた。

 彼女には不思議な魅力があった。

 結界が壊れ、魔物がいつ襲って来るかもしれない状況なのに、彼女と一緒にいれば大丈夫だという気持ちにさせてくれる。

 彼女のそういうところが、ルビーフォルン伯爵家の使用人にしたわれる所以なのかもしれない。


 ただ、当のリョウ殿本人は、盲信しているようなルビーフォルン伯爵邸の人々を煙たがっているところもあるようで、

 たまに、コーキ殿に甘えては、愚痴をこぼしている。その様子がすごく可愛らしくて、私はとても好きだった。

 中でも、タゴサク殿という方がリョウ殿の天敵であるらしく、彼が現れるたびにリョウ殿はかすかに嫌そうな顔をする。


 確かに、タゴサク殿の盲信ぶりと来たら本当に古の神様を前にしたときのような態度なのだ。


 リョウ殿と一緒に、ルビーフォルン領の様子を見るため、出発の準備をしていると、そのタゴサク殿が、自分もリョウ殿と一緒に領内を回ると言い始め、リョウ殿がそれを止めた。

 私はコーキ殿から、落ち込んでいるタゴサク殿を部屋まで送り届ける任務をもらって、なんだか元気のないタゴサク殿の背中を押しながら彼の部屋まで誘導する。

 タゴサク殿、背中を丸めてトボトボと歩く姿がかわいそうにも思える……。

なんとか部屋までお送りすると、突然タゴサク殿がバッと顔をあげて私の顔を見た。


「確か、アズール殿と言いましたか? 騎士の方でございますな?」

 ものすごい勢いで話しかけられて、一歩後ずさりながらも「は、はい」と返事をした。

 すると、タゴサク殿がもう一歩私の方に踏み込む。

「となると、文字の読み書きなどもできるということでしょうかな!?」

「え、ええ、そうで、あります」

 恐る恐る答えると、タゴサク殿は目を見開いて、そしてゴホンと咳払いして佇まいを整えた。


「アズール殿に折り入って頼みがございます。少しお時間いただけませんかな?」


「は、はあ。少しでしたら」

 そう答えると、私はタゴサク殿の部屋に案内され、タゴサク殿と向かい合わせの席に座った。


「リョウ様のことはいかがお考えでしょうかな?」

「え……いかが、というのは?」


 突然の質問に驚いていると、タゴサク殿は、したり顔で何度も頷いた。

 

「ええ、ええ、そうでしょうとも。リョウ殿は素晴らしいお方。みなまで言わずとも、分かっております」

 いや、まだ私は何も答えていないのだけれど……。

 まあ、リョウ殿はすごい方だとは思っているのはあっているので、「は、はあ」と言って頷いた。

 一体タゴサク殿は私に何を話したいのだろうか……?


「アズール殿は、リョウ様と一緒にこのまま旅立たれると伺ったのですが、間違いないですかな?」

「そのつもりであります」

「それは素晴らしい! 素晴らしいことでございますぞ! それで頼みといいますのは、なんといいますやら……。ご存知の通り、今屋敷にいる騎士達は、見習い。近所の村々より希望があった者たちを取り立てたような形でありまして、文字は読めますが、書く事はあまり得意ではないのです」

「さようでしたか」

 なんとか相槌を打つが彼の話の意図がまったく見えない。

 それにしても、見習いとはいえ、文字を書く事は出来なくても読むことができるというのは、すごいことだと思う。

 ルビーフォルン邸の使用人は優秀な人が多いのだなぁ、とぼんやり考えていたら、タゴサク殿が、机の引き出しから、紙の束とインク瓶を取り出した。


 

「アズール殿に折り入って頼みたいことは、リョウ様の尊い旅路のご様子を紙に記して頂きたいのでございます」

 そう言って、タゴサク殿は、取り出した紙の束とインク瓶を私に差し出す。

 私は勢いにのまれて思わずそれを手に取った。


「旅路の様子を、記す?」


「ええ、さようでございます。アズール殿にはどこまで話していいか……ふむ」

 そう言ってタゴサク殿は今度は本棚から一冊の冊子を持ってきた。


「見ていただけますかな」


「は、はあ」


 私はそう言って、冊子を開いた。

 金色に光る赤子の話から始まるウヨーリと呼ばれる天上の神の御使い様が、これまでルビーフォルンにさずけた恩恵の数々が壮大なる物語とともに記されていた。


 パラパラと冊子をめくって少しだけ中身を確認するだけのつもりだったのに、私は夢中で物語の内容を目で追った。


 このウヨーリと呼ばれている存在……もしかして?


「もしかして、リョウ様は」

 と私が言おうとすると、タゴサク殿は、微笑みながら首を横に降った。


「それ以上先は口にしてはなりません。尊き方は、名を口にされることを嫌います。全ては、文字にてその神聖なる行いを記さないとならないのです」

 その言葉を聞いて、私は冊子の後半のページを開く。

 そこには『日、昇るところ、決して尊きものの話はするべからず。尊すぎるゆえの災いが降りかかる』という一文を見つけた。

 その一文の付近には、ウヨーリ様の尊い行いを、まるで自分がしたかのように、自慢げに語る愚かな若者の口が爛れていくという話が収められていた。なんと恐ろしい逸話だろうか。


「それゆえに、アズール殿には、リョウ様の旅路について、紙で記録をとっていただきたいのでございます」

「リョウ殿の……」

 私はそうつぶやいて呆然と冊子を見つめた。

 おそらく、タゴサク殿にとって、リョウ殿がウヨーリ様なのだ。

 まるで、崇拝するようにリョウ殿を見つめる使用人の視線はこういう意味だったのだ。彼らにとって、リョウ殿は間違いなく神様のような存在だったのだ。


 突拍子もない話だと、思う。リョウ殿は、神の使いなどではなく、王都にある学園に通う少女だ。

 時に、コーキ殿に甘え、友人たちと戯れ、カイン殿を見てかっこいいと言って、久しぶりに会った兄と口喧嘩したり……そういう普通の少女のような一面をもっている。


 しかし、彼女の不思議な魅力を間近に見ていると、タゴサク殿の言うことにも妙に納得してしまう。

 リョウ殿が、天上の神の御使い様……。

 もしそうだとしたら、本当にそうだったのならば、それはなんて……素晴らしいことだろうか。

 そして、そんな尊い方に仕える騎士になることが、私の小さい頃からの夢だった。

 私がずっと憧れていた騎士。

 城でずっと同僚と愚痴を喋って暇をつぶすような騎士じゃない。


「アズール殿?」

 タゴサクさんに名を呼ばれて私はハッとして顔をあげた。


「ハハハ、突然の話で驚かれたのでしょう」

「い、いいえ! あの、この記録を残すという役目、私でよろしければお引き受けします」

「おお! 誠ですか! ありがとうございます! ああ、これも全てウヨーリ様のお導き……」

 そう言って、タゴサク殿は、胸の前で腕を組んだ。

 私はタゴサク殿に渡された紙束を見つめる。


 とは言え、本気で、リョウ殿が神の使いだとは思ってはいない。けれども、私は妙に胸が高鳴った。


 ◆◆◆◆



 リョウ殿は、本当に神の使い……?

 リョウ殿の力で癒されていく村人たちを見ながら、私は呆然とした。

 私は思わず腰のあたりに手を当てる。その辺には、タゴサク殿から渡されたリョウ殿の旅路を記した紙を隠していた。


 これまでの旅で、私はますますリョウ殿のことを好きになっていた。こんな方に仕えることができたら、素晴らしいことだろうと思っていた。

 でも、それでも、彼女が神の使いだとタゴサク殿が信じているのを鵜呑みにしているわけではなかった。

 コーキ殿に甘える、普通の少女のような一面だって持っていたのだから。


 リョウ殿は幾人かの傷を癒すと、コーキ殿が用意した、布や敷居で仕切られた奥の部屋に向かった。

 私は、どうしようかとずっと立ち尽くしていると、コーキ殿がやってきて、村人が入ってこないように見張って欲しいと言われた。

 私は声を出せないままなんとか頷いてその仕切りの前に立ち尽くす。 


 見張り、とは言っても村人たちがこちらに入ろうとする動きはない。

 目の前で突如繰り広げられた奇跡に、むせび泣いたり、祈りの言葉を捧げるのに必死の様子だった。

 

 リョウ殿は、またしばらくするとそこから出てきて、村人達の奇跡の力による治療を続けた。

 休んでは、奇跡を起こし、休んでは奇跡を起こしを繰り返すリョウ殿。


 村の人々は、決して、リョウ殿に危害を加えたり、正体を暴こうとする者はいなかった。

 それどころか、リョウ殿が現れると、地面に額をつけて迎え、リョウ殿のもうひとつの名前、ウヨーリの名すらつぐむ。

 聞こえるのは、すすり泣く声ぐらいだった。

 タゴサク殿に渡されたウヨーリの物語の内容を思い出す。

 

 ウヨーリは、名を口にすることを禁止している。それに、その姿さえ秘匿し、暴くものにはバツが下る。

 その教えを、こんな突然の状況でも、村人たちはひたすらに守っているのだ。


 そして、しばらくするとコーキ殿が私に話があると言われて、その仕切りの向こうに呼び出された。

 リョウ殿の奇跡を見てから、初めてリョウ殿に会う事になる。

 ものすごく緊張した。

 中に入ると、顔を隠していた白い布を外して、ぐったりした顔をしたリョウ殿がいた。


「だ、大丈夫でありますか!?」

 私があまりにも疲れたような顔をしているリョウ殿に思わずそう声をかけると、リョウ殿は嬉しそうに頷いた。

「大丈夫です。ちょっと疲れてて、あとお腹がすいてるだけです。なにか食べれば結構すぐに元気になります」

「そ、そうでありますか……」

 そう言いながら、思わず気軽に話しかけてしまった自分にびっくりした。

 リョウ殿は神の使い、かもしれないのに、こんなふうに声を掛けるのは失礼……。

 でもリョウ殿は、私にとって……。


 そう思って今までの旅での出来事を思い出す。

 年相応の少女のように、怒ったり、悲しんだり、笑ったりする彼女の豊かな表情を思い出す。

 私よりもずっと年下の少女であるリョウ殿を私は尊敬している。

 でもそれ以上にリョウ殿のことをかわいい妹のようにも思っていた。


「アズールさん、早速本題で申し訳ないのですが、アズールさんには、ルビーフォルンの騎士に、私に仕える騎士になって欲しいんです」

 リョウ殿の突然の嬉しい申し入れに、思わず腰が浮いた。


「リョウ殿! もちろんです! そう言ってもらえて、このアズール……どんなに嬉しいか!」

 

「アズールさん、でも、よく考えてください。私はアズールさんのことが好きです。ここまでついてきてくれて、嬉しかった。途中からは、魔物相手にも物怖じしなくなって、本当に心強かった。でも私が、ルビーフォルンの騎士としてアズールさんに残って欲しいとお願いした理由は、そういう気持ちだけじゃないんです。アズールさんがこれまで見てきたことや聞いたことに関して、王都にいる人に言わずにいてほしいから。つまり、アズールさんをルビーフォルンに留まらせて、王都にいる人達とは極力接触させないため。そう思って、私はアズールさんにお願いしています。……それでも私の騎士になってくれますか?」


 リョウ殿が、まっすぐ私をみて、そう言った。


 先程まで、浮かれていた自分とは一転して、顔がこわばる。


 王都にいる人達と接触して欲しくない……。それは私の家族も含まれているはずだ。


 私は浮かせた腰を沈める。

 いや、リョウ殿に騎士になって欲しいと言われたことが嬉しいことに変わりはない。

 仮令(たとい)それが、情報がもれないように私を囲い込みたいという理由だったとしても、

 それを正直に話してくれたリョウ殿がリョウ殿らしくて、彼女に仕えたい気持ちが一層強くなるばかりだ。


 でも……。


 王都にいる家族が頭によぎった。

 王国騎士の仕事も父が大枚を叩いて私に用意してくれた仕事だった。

 それを突然、ルビーフォルンに仕える騎士になるといって、父が納得してくれるとも思えない。

 ほかの領地の伯爵家ならまだしも、ルビーフォルン伯爵家に仕えるとなったら、おそらく父は親子の縁を切るぐらいの覚悟で怒る。もしかしたら、最悪、ルビーフォルンに怒って乗り込んでくる可能性もある。



「リョウ殿、私は……、私は、その……」


 思わず、なんて答えればいいのかわからなくなった私は意味もない言葉ばかり口に出す。すると、リョウどのが、かすかに微笑んだ。


「アズールさん、今、決めなくても大丈夫です。考える期間は、まだありますから、あとで答えを聞かせてください。できれば良いほうの答えを待ってます」


「ありがとうございます、リョウ殿……。すぐに返答できずにすみません……。で、でも、気持ち的には、前向きであります! 私には兄が4人もいるのでありますが、娘は私一人なもので、親が結構過保護なのであります……。 けれども! 私がリョウ殿にお仕えしたい気持ちは本物! それにもし、私がルビーフォルンの騎士になれないという結果になったとしても、リョウ殿が望むのならば誰にも言うつもりもないでありますので、その点は安心してください!」

 私がそう言うと、リョウ殿は少し目を見張って驚いたような顔をした後、曖昧な笑みを浮かべて頷いた。


 その時、私が先ほど言ったことの無意味さに気づいた。

 私が、もし、王都に帰ることになったとして、ルビーフォルンでのことは誰にも言わないと約束したとしても、それを保証するものは何もない。

 もし、私が王都に帰って、王国騎士にもどると言ったら、リョウ殿は、どうするつもりなのだろうか……。

 そのまま帰してもらえるのだろうか……。

 

 その小さな疑問が何故かものすごく気になって、でも、口には言い出せなかった。

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