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転生少女の履歴書  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ
第三部 転生少女の救済期

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帰還した領主の養女編⑪ 子供じみたわがまま

 もんもんとしながらも村にたどり着いた。一見村を見渡した限りだと魔物の姿は見えないけれど、家屋の中に魔物が隠れているかもしれない。


「リョウ殿、もう少し様子を見ましょう。あまり奥に入らない方が良いように思うであります」

 私が馬に乗ったまま村に入っていこうとしたら、後ろからアズールさんに止められた。


 でも私には大丈夫な自信があった。治癒魔法がある。急所さえよけられれば大丈夫。

 こうなるとやっぱり、アズールさんを連れてきたのは失敗だったように思える。

 アズールさんの前では治癒魔法使えないし……。私一人だったら捨て身覚悟で行ける。


「リョウちゃん……」

 そんな私の思いを見透かすように、コウお母さんが厳しい目で私を見ていた。

 目があうと少し気まずく感じて、すぐに目をそらしてしまった。


 嫌だ。こんなの嫌だ。……こんなふうに、コウお母さんと気まずいままなのは嫌だ。


「リョウ殿! 魔物が!」

 アズールさんの声にハッとして顔を上げると、かなり遠目だけれども、村の奥の方に、大きいクマのような姿の魔物が家屋からでてきたところだった

 クマのような姿に、トカゲのような大きな尻尾が生えて、目が爛々と輝いてみえるけれど、まだこちらに気づいていない様子。


「大きいわね……」

 コウお母さんの緊張した声に、頷く。

 遠いからはっきりしないけど、さっき洞窟までつけてきた魔物よりも大きいかも知れない。


 ほとんどの魔物は火に弱いから、遠くから火矢を放てばどうにかなるだろうと思ったけれど、あの大きさの魔物を燃やすとなると、それ相応の火力が必要だ。

 カバンにアルコール、お酒を入れている。それをぶっかけて火矢を放とうか? それに周りにある家屋も使えるかもしれない。火で燃えた家屋が魔物に向かって倒れてくれたら、動きだって封じられる。


 問題は私の投擲がどこまで届くか。どう考えても、もう少し近づかないと届かない。今はまだ魔物に気づかれていないけれど、近づけば近づくほど、気づかれる危険は増す。

 あ、そういえば、力を増やす魔法を使って投げれば、結構遠くまで届くのでは? いや、力加減に自信がもてない。慣れない力で投げれば、命中率が下がる。

 万が一攻撃が外れたら、そこで私たちの存在に気づかれてしまうし。

 どうしようかと悩みつつ、「お酒をまずぶつけてから、火矢を放ちたいです」とおもむろにつぶやくと、コウお母さんが大きく頷いた。


「そうね、それがいいわ。二手に別れましょう。私がお酒を魔物にぶつける。リョウちゃんは、その隙に火矢を射って」

「で、でも危険です! もし当たらなかったら、気づかれるし……! 物を当てるとなると、コウお母さんだけあの魔物の近くに行かないといけないじゃないですか!」

「大丈夫よ、アタシも投擲は結構得意なのよ」

 と言って、コウお母さんが、革と紐でできたベルトのようなものを取り出した。

 紐の端を握って、具合を確かめるようにぶんぶん振り回すのを見て、気付いた。あれ、スリングだ。投石器!

「コウお母さんって、そんなものも使えるんですか!?」

「まあね、アタシだって、何年もあのアレクと一緒にいたのよ。リョウちゃんだって、私の狩りの腕前知ってるでしょ?」

 確かに、コウお母さんも山賊時代の時、狩りとか色々器用にこなしていた。でも……もし何かあったら……。

「射程はどれくらいありますか? ここらからでも届きそうですか?」

「んー、そうね、ちょっと久しぶりに使うから、もう少し近づきたいわね。とりあえず、私はあの魔物の右側にある大きな木のところまで馬でいくわ。そこからお酒をこれを使って投げ込む。できる限り何個か投げ込んで当てるつもりよ。途中で魔物が私に気づくはずだから、私の方に向かってこようとする魔物に、火矢を放てる?」

 コウお母さんが、指し示した大きな木を見た。魔物から結構離れてるように思える。間には家屋や木々といった隠れられるようなものもあるし、あそこまでなら気づかれずに近づけるはず。

 それに、ここから火矢を放つにしても、あのあたりは射程圏内だ。

 いける、と思う。安全にことをすすめられると、思う。

 けれども、やっぱりコウお母さんに何かあったらって考えると……こわい。

 

「確かに、あの距離なら、火矢も届きますし、いいと思うんですけど。でも、コウお母さんじゃなくて、やっぱり私が」

 行ったほうがいいんじゃないかって言おうとしたところで、コウお母さんが私の頭を撫でてきた。

 突然のなでなでに驚いて、コウお母さんの顔を見る。いつもの優しい笑顔だ。

 なんだかこういう雰囲気が久しぶりな感じがして戸惑って、今さっき言おうとした言葉が続かなかった。


 さっきまで、私とコウお母さんで険悪な雰囲気になっていたように感じていたけれど、よく考えたら、そういうふうに思っているのは私だけだったのかもしれない。

 コウお母さんは、そんなに気にしてないのかも。それはそれでなんだかちょっと癪だけど……でも、険悪なままなのは嫌だし……。こうやって優しくされると、やっぱりすごく、嬉しい。


「だーいじょうぶよー! それに、アタシがいったほうがいい。リョウちゃんならわかるでしょ?」

 コウお母さんの明るい声。そう、確かにスリングを使えるコウお母さんが、行ったほうがいい。わかってる。わかってる……。

 私はゆっくりと頷いた。

「……お願いします。でも無理はしないでくださいね!」

 私が、なんか少し照れくさくなって下を向いてそう言うと、私の頭を撫でるのをやめたコウお母さんは、「リョウちゃんじゃないんだから無理なんてしないわよー。それじゃ、行ってくるわ」と言って、離れた。

 そしてコウお母さんはできる限り静かに馬を走らせて、遠回りをするように、目的の大木の方に向かっていく。

 魔物は気づいている様子はない。一ミリも動かないので、もしかして寝てるのかも。魔物が眠ることがあるのかどうか知らないけど。


 私はその行方を少し見送って、自分が今やらなくちゃいけないことに目を向けた。

 火矢の準備だ。

 私は油に浸した布を弓矢に巻きつける。何個か放てるようにアズールさんにも火矢用の矢の準備を手伝ってもらい、ある程度連射できるぐらいの数を作ると、遠くにいるコウお母さんに手を振って合図を送る。

 スリングの回し方の練習をするようにぐるぐるとスリングを回していたコウお母さんは合図に気づいて動きを止めた。

 そして、スリングにアルコールの入った小さめの瓶を装填してぐるぐると振り回す。


 魔物に当たりますように!


 そうお祈りをしたところで、コウお母さんのスリングから酒瓶が放たれた。それは放物線を描いて、綺麗に魔物の上にぶつかる。

 そして、続けてコウお母さんは酒瓶を放るが、それは当たらずに近くの家屋に落ちた。3個めの酒瓶をぐるぐると回しているところで、魔物がコウお母さんがいる場所に気付いた。

 コウお母さんは慌てる様子もなく、3個目の酒瓶を放ちそれを見事に当てる。

 私はそれを確かめて、ギリギリまで引き絞った弓を開放して、火矢を放った。

 それが当たったかどうかを確認する前に、アズールさんから、矢をもらって、次の火矢を放つ。そしてまた次、その次。

 気づけば魔物は火だるまになって、のたうち回っていた。魔物はのたうち回りながら近くの小屋のようなものに体当たりして、そのままがれきに押しつぶされるようにして、燃え上がる。


 がれきに押しつぶされた魔物は、あの炎の塊から動く気配はない。このまま燃えてくれそうだ。

 よかった。やっぱりコウお母さんがいうように、だーいじょうぶ、だった!

 

「後ろ!」

 油断していたところで遠くからコウお母さんの絶叫のような声が聞こえて、後ろを振り向く。

 近くに、さっきの魔物と似たような姿をした魔物がこちらに向かって走ってきていた。


 そうだ、大きなものは他に2体いたって、村の人が言っていた!


 魔物一匹に気を取られすぎていた自分に舌打ちをしながら、距離を取ろうと馬の手綱を引く。おもったより近くに迫ってきている魔物に馬がパニックになって思うように動かない。

 このままだと魔物と至近距離でやりあうことになっちゃう、と思っていると、魔物が体勢を崩した。頭に酒瓶があたって砕けている。

 コウお母さんだ! おそらくスリングで攻撃してくれたんだ。


 でもこの大きい魔物は、体勢こそ一瞬崩したものの、すぐに立て直して、私を睨みつける。

 私はなんとか馬をなだめて、木々が生い茂る森のようなところに向かって馬を走らせた。

 近くにいたアズールさんも私に合わせて並走してきてくれているのをみて、声をかける。

「アズールさんは、コウお母さんと一緒に、燃えている魔物の様子を見に行ってください。あのまま大人しく燃え続けてくれるかどうか見張る必要があります」

「しかし、それでは、リョウ殿は……!」

 アズールさんが最後まで言う前に、私はアズールさんの馬に小さな刺を刺して刺激し、腹を蹴った。

 突然の痛みに、戦慄いたアズールさんの馬は、アズールさんを乗せたまますごい勢いで私から離れて違う方向に向けて去っていく。

 ごめん、アズールさん。でも、やっぱり、治癒魔法があるから、一人の方がやりやすい!


 魔物を振り返ると、魔物は私にしか目がいっていないようで、アズールさんには目もくれず私の後ろを追いかけてくれていた。


「リョウちゃん! どこに!?」

 少し遠くからそう言いながら、馬でこちらに向かって来ているコウお母さんが見えた。

「森まで引き寄せます! 森の中に入れば最初の一匹を倒したときの手が使えますから!」

 そう声を張り上げてから、馬の腹を蹴って速度を上げる。魔物がものすごい足音をさせて私を追ってきていた。

 コウお母さんが、そんな私に向かって何か言っているみたいだったけれど、魔物の足音が掻き消してよく聞こえなかった。


 聞こえない方がいい。多分、コウお母さんは私を止めようとしている。でも、やっぱり、ここは私がやったほうが早いし、確実だ。


 なんとか森の中に入ると、前と同じように馬にくくりつけている紐を手元にたぐり寄せる。

 後ろを見て、魔物との距離を測ると、もう少し近くまで引き寄せたら行動を開始できそうだった。

 このたぐいの魔物は前戦った時に必勝法を編み出している。前と同じようにやればうまくいくはず。

 前方を見ると、少し先にいい感じに太めの枝が見えた。ちょうどいい。あそこに引っ掛ける!

 短歌を唱える。力を増やす魔法の呪文。

 3、2、1と数えながら距離を測って、短剣を先に縛って付けた紐を枝に向かって投げた。

 しっかり絡まったのを確認して、馬を蹴って宙に舞う。

 その下を魔物が通ったのを確認して、魔物の首めがけて、神殺しの剣を差し入れた。

 分厚い毛皮すらも。全力の力で持って、突き破り、魔物の背中に深く剣を差し込む。

 予想通り、魔物はのけぞった。

 私はそれをしがみついてやり過ごして、魔物の動きが落ち着いたのを見計らって、横に短剣を力任せになぎ払った。

 魔物の首が落ちる。いや、皮一枚繋がってはいる。

 ただ、支えるものがなくなった私は、コロコロと転がり落ちる。

 受身をして、すぐに魔物に向き直るも、魔物はそこに臥せって倒れていた。

 よかった! 今回も、うまくいった!

 私はふうと一息ついていると、馬のヒヅメの音が聞こえてきた。

「リョウちゃん! あなた、また!」

 と、怒声を放つコウお母さんがやってきた。

 また怒られると思った。

 心配させてしまうのはわかってるけど、自分でも危ないことをしているってわかってるけど、でも体が動いちゃう……。


 恐る恐るコウお母さんの顔を見ると、険しい顔をしながらも、私の無事な姿を見て、安心したような何とも言えない顔をしていた。


 なんだか、その顔を見たら、私もなんとも言えない気持ちになった。なんて言えばいいのだろう。よくわからない。

 コウお母さんにあんな顔をさせて、心配をかけてしまったことへの申し訳なさ? それとも、心配しすぎなコウお母さんに対する不満?

 よくわからないけれど、すごく胸が苦しくなった。

 こんな私のことを、こんなに思って、守ろうとしてくれるコウお母さんがいてくれて……なんと言えばいいのだろう。

 嬉しい。そう、嬉しくて、こそばゆくて、もっと言えば愛しい。

 私が無茶をしていても、見守ってくれている人がいてくれるという安心感。


 ああ、そうか、私は、分かってしまった。

 私の子供じみたわがままに気づいてしまった。

 確かに私は無茶をしてしまったと思うけれど、それはきっと、コウお母さんがいてくれることに対する私の甘えだ。

 私は、魔物から村やコウお母さんを守っているフリして、ずっとコウお母さんに守られている。

 こうやって、振り返ったときにコウお母さんがいてくれることに安心してる。


 だから無茶ができる。治癒魔法のことも、もちろんあるけれど、それ以上に私はただコウお母さんに甘えている。

 もっと悪く言えば、私は試しているのかもしれない。振り返ったら見守ってくれる存在がいるってことを感じたくて、試している。


 でも、だめだ、こんなことしちゃいけない。コウお母さんにあんな顔させちゃいけない。試す必要なんかない。

 だってそれは、私のコウお母さんに対する自分勝手な甘えで、わがままだもの。


 コウお母さんは馬から降りて、そのなんとも言えない顔で、腕を広げてこちらに来る。

 その胸に飛びつきたくて駆け出そうとした。でも、自分の服が、魔物の血で汚れていることに気づいて躊躇した、その一瞬。


「リョウ!」


 と切羽詰まったコウお母さんの声が聞こえた。

 視線を上げると、倒したはずの魔物の腕が上がっている。私にめがけてその鋭い爪が向かってきている。ちょうど、私の首を狙って……。

 首に攻撃を受けたら、呪文が、唱えられない、そんなこと考えて、そして衝撃が走った。


 私は、いつの間にかコウお母さんに抱えられながら吹っ飛んでいた。

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