帰還した領主の養女編⑩ ギザギザハートの転生少女
「コ、コウお母さん」
私が恐る恐るそう声をかけると、低い声がおりてきた。
「何やってるの……一人で、こんな、危険なこと!」
やっぱりものすごく、怒っていた。
「で、でも、魔物は、倒しましたし、それに、無傷です!」
「無傷なんかじゃないわよ! 心配しすぎて、アタシの寿命が100年も縮んだわよ!」
「いや、ほら、心配無用って言いますか、だって治癒魔法だって、あるし、私は平気です!」
私はそう言って、無傷であることを示すように笑顔を向けた。
でも、コウお母さんの般若のような顔は変わらない。
「今回は、たまたまうまくいったけど、毎回必ずうまくいくとは限らない。リョウちゃんが思っているほど、その治癒魔法っていうのは万能じゃないわ。呪文を唱えないと使えないんでしょ? もし、魔物との戦闘中で、喉をやられたら? 声を出せなくなったら? 気を失ったらどうなるの?」
それは……それは確かにそうだけど。魔法は万能のようで万能じゃない。
わかっているけれど、でも、わかった上できちんと行動しているつもりだし、実際うまくいった。
確かにちょっと危険なことのように見えたかもしれないけれど、魔法があるし、そこまで無茶なことをしたとは、思ってない。
だからそんな恐い顔しなくたって、いいじゃないか……。魔物だって、倒したんだし、ちょっとぐらい褒めてくれたって……。
私、そんなに怒られるようなこと、してない。
「それはわかっています。それをわかった上で行動しているので、絶対に声を出せない状態になる気はありませんし、気を失うつもりもないですから! それに、結果を見れば、無傷で魔物を倒せたんです! これでいいじゃないですか!」
私は、コウお母さんの目を見ながら、そう伝えたけれど、コウお母さんの目は険しい。
「今回のはただ運が良かっただけよ。いつまでもこんなことを続けていれば、いつか、取り返しのつかないことが起こる」
違う、運だけじゃない。私には、魔法もあるし、勝算だって十分あった。出来ると思ったからやった。取り返しのつかないことにはならない。だって、私には魔法がある。
コウお母さんだって、知ってくれているはずなのに! 私が、治癒魔法を使えるって知ってくれているはずじゃないか。
それとも信じてくれてない? 私がやったことは手品か何かだと思っているのだろうか……。
「……じゃあ、どうすればよかったんですか? 魔物は倒して、誰も怪我人はいない。私も無傷。最高の結果じゃないですか」
「結果がどうこうじゃない。それに他にもやり方は色々あったはず。村人たちと一緒に火で囲ったり、武器を投げつけでもしたら、動きを鈍らせることだってできた。周りには、大人がたくさんがいたし、一旦は追い払って、グローリアちゃんが帰ってくるのを待ったって良かった。あんな無茶しなくても良かったのよ」
「でも、私がああしなかったら、怪我人が出る可能性が高くなるじゃないですか! 私一人でうまくやれたし、私一人なら、傷だって治せる! わざわざ怪我人を増やすことなんかないです!」
「……リョウちゃんはまるで、自分から危険に顔を突っ込んでいくところがある。悪い癖よ。そんなことしなくていいの」
確かに、心配させたことは申し訳ないけど、でも、結果を見ればベストだったじゃないか。
そんなに、怒らなくたっていいじゃないか。
自分から危険に顔を突っ込んでるつもりなんかない。ただ、私には魔法があるから……。
だから、私は、みんなのことや、コウお母さんのことを考えて……頑張ったのに……。
私はしばらくコウお母さんとにらみ合って、そして目線を下に向けた。
「……無事に魔物を倒しました。もうそれでいいじゃないですか」
そうつぶやいて、首と片足を切断されても尚動こうとしている魔物を見下ろしながら、マッチを擦る。
魔物の処理のために火を毛皮に移すと、ゆっくりと魔物は燃えていった。
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そのあとは、コウお母さんと私二人、ほぼ無言で聖窟に戻った。
聖窟に戻ってからは、怪我した人の治療をして過ごしていると、怪我をして戻ってきた男の人の意識が戻ったので、村で何が起きたのか、何をみたのか、その時の状況を伺った。
伺った話によると、いつもの見回りで村の様子を見に行ったら、畑に見慣れない大きな魔物を見つけて、急いで聖窟に知らせに来たらしい。
まさか魔物に後ろをつけられていたとは思わなかったようだ。
そして、なんと驚くべきことに、村で見かけた大きな魔物はあの一体だけじゃなくて、三体は目にしたとのこと。
あの手ごわそうな魔物があと二体も近くに、村にいるのか……。
グローリアさんの結界修復の経過が気になる。
もしかしたら、結界周辺で魔物を退治しながら修復している影響で魔物が追い立てられて、ここまで下りてきてしまったのかもしれないし、グローリア奥様が、魔物に襲われてしまって……という最悪な事態だって考えられる。
「とりあえず、村の様子を見に行くべきです。あの大きな魔物があと二体も近くにいる可能性があります。この聖窟には、怪我人や女性に子供だっていますし、襲われるのを待つよりも、こちらから状況を確認して、可能なら魔物を倒すという流れのほうがいいと思います。それに、今回目にしたもの以外で、もっとたくさん魔物が村に下りてきてるかもしれないですし……」
「うむ、確かに、村の様子は見に行く必要がありますな」
私の提案に村にもともといた騎士職のブランさんが賛同してくれた。
話し合いの場にいたほかの村人やコウお母さん、アズールさんも頷いているのを確認しながら、村に向かうメンバーを考える。
何かあった時のために、聖窟には十分な数の男手が必要だ。あんまり外に連れ出すわけにもいかない。
それに魔物にも気づかれやすくなるし、あまりぞろぞろと大人数で村に向かいたくない。
私は村に行くつもりだから、一緒に行動する人が多ければ多いほど、正直、魔法が使いにくくなるから私としてもやりづらいし。
村の様子を見るだけなら、少人数のほうがいい。もちろん倒せそうなら魔物を倒すつもりだけど、パーティーメンバーの数が多ければいいというわけじゃない。
少数精鋭であるべきだ。
それなら、私とコウお母さんだけ……いや、コウお母さんがいると、あんまり無茶できないっていうか、また怒られるかも……。
でも、コウお母さんは魔法のことを知っているし、いてくれると心強いし……って、私ってやつはこのマザコンめ! ついさっき喧嘩して微妙な空気になったばかりだっていうのに!
それに、さっき目覚めたばかりの村人の治療も引き続きしなくてはいけないだろうし、万が一のためにも、コウお母さんの治療の技術は、ここに必要だ。
それなら、いっそ村には、私一人で行ったほうが……。
「リョウちゃん、一人で行くつもりじゃないわよね?」
私がパーティーメンバーを考えていると、そう鋭い声でコウお母さんが問いかけてきた。
思わず、ドキッとして、「え、えっと……」と言って、『いやそんなことあるわけないじゃないですかぁ』と言う言葉を続けてしまいそうだったけれども、やっぱりもう一度考えたときに、一人の方が効率がいいような気がした。
だって、私には魔法があるし、コウお母さん以外の人がいると、魔法が使いにくい。
それに、一人でもだいたいの魔物を倒せる自信もある。さっきだって、一人で倒すことができたのだから。
私はコウお母さんの鋭い視線を見返した。
「……一人の方が、いいです。聖窟にも、護衛は必要ですし、コウお母さんの治療の技術も必要です。私一人の方が、効率がいい。魔物の数が多くて、無理だと判断したら引き返しますし」
「だめよ!」
「でも!」
「アタシもいくわ。でも、アタシだけだとリョウちゃんは無茶するから、他にも馬に乗れる剣士……アズールちゃんも連れて行く。そこは譲れない。それができないなら、リョウちゃんはお留守番」
コウお母さんはそう言って、厳しい顔を私に向けてきた。
どうして……。
コウお母さんは私の事情をもう、知ってくれてるじゃないか。私には、魔法がある。
普通の人よりも、戦える自信もあるし、何があっても大抵のことは自分のチカラでやれる。むしろ他に人がいたほうが、魔法が使いにくくなるからやりづらい。
どうして分かってくれないんだろう。
「……コウ母さんは私の、『事情』を知ってくれてるじゃないですか。私なら、何があっても絶対大丈夫です」
「世の中に、絶対大丈夫なんてことはない」
そういったコウお母さんの顔が真剣だったから、私は渋々頷いた。
……でも、納得はいかない。
コウお母さんが、私を心配してくれることはわかる。わかるけど、でも、今は緊急事態だ。何が起こるかわからないし、多少はリスクを冒してでも頑張らないといけないと思う。
私は自分が負う分のリスクは、魔法が使える分、乗り越えていける。
コウお母さんだって、わかってくれているはずなのに。実際に魔法を見せたんだから。
それとも、コウお母さんはやっぱりちゃんと理解してなかったんだろうか。私が伝えた魔法のことを嘘か何かだと思って、本気にしてくれてないんじゃないだろうか。
なんか、モヤモヤする。コウお母さんが私のことを、信じてくれてないような感じがして……。
でもだからといって悩んでいる時間もない。
ブランさんもついて行くという話も出たけれど、そうすると聖窟を指揮できる人がいなくなるという話をして、結局、私とコウお母さんとアズールさんの3人で村の様子を馬に乗って見に行くことになった。
急がなくてはいけないので、簡単に準備だけ済ませて早速出発した。
私とコウお母さん、それにアズールさんと馬に乗っての三人旅が始まったわけだけれども、あれから私とコウお母さんはなんだかギクシャクしていて、どことなく空気が重い。
アズールさんが心なしか居づらそうにしている。
私だって、本当は、こんな空気にしたくない。でも、コウお母さんが、なんだかとっても頑固なんだもん。
私が恨めしい目でコウお母さんを見ていると、その視線に気付いたコウお母さんが私を見た。
「どうしたの?」
いつもの調子のようにも聞こえるけれども、なんとなく今までの流れでその声にもトゲがあるような気がしなくもないような気がしてきた。
「一人でも平気なのにって、思っただけです。コウお母さんはやっぱりあそこで、怪我人の治療をするべきです」
なんだかふてくされたような響きになってしまった私の言葉を聞いたコウお母さんは呆れたように息を吐いた。
「まーだそんなこと言ってるの? ほんと、リョウちゃんって、おバカさんねぇ」
お、おバカさん!?
そ、そんなこと、おバカさんだなんて、今まで言われたことないんだけれども! 前世の時ですら言われたことないんだけども!
思わず口が尖る。
「コウお母さんのわからず屋!」
フン! って顔を逸らすと、アズールさんがなんだか微笑ましいものを見るような目で私を見ていた。
「な、なんですか?」
「いやー、なんだかコーキさんの前だと、年相応に見えるリョウ殿が、なんだか可愛らしくて」と言って、柔和な笑顔を見せてくれた。
た、確かに、さっきもフンって顔を逸らしたあたりとか、自分でも子供っぽいかも……と思ったけれども、やめて! そんな顔で見ないで! なんか恥ずかしい! 私は、真剣なんだからー!
「アズールさんも意地悪です!」
悔し紛れにそれだけ言うと二人より早めに馬を動かして先頭に躍り出た。
後ろからなんだか生暖かい視線を感じなくもないけれども、気づかないふりをする。
ふーんだ。
もうすぐスルスル村跡地にたどり着くはず。今はコウお母さんとのことはとりあえず置いておいて、村の様子を見に行く目的を果たすことに全力を注いで気を紛らわそう。