小間使い編④-貴族のお坊ちゃま-
屋敷で挨拶を済ませた私は、部屋まで案内してくれたあのメイドさんにぼろ雑巾をつまむような感じでつれだされ、薬湯に入れられ、体をごしごし布で拭かれ、髪の毛もきれいにしてもらった上で、後ろに1本に縛り、新しい服を着させてもらった。
服は、黒の長袖のワンピースに、白いエプロンを腰にかけている感じの格好だ。すごい、メイドっぽい。
他のメイドさんと同じデザインなので、使用人の制服みたいなものなのかもしれない。
靴はなんかふにゃふにゃの革靴だ。私お手製のわらじはどこかに消えてしまった。
ていうか、よく私みたいな小さい子用のメイド服があったものだ。
そして、ひととおり私が、体を清潔にすると、やっと私を洗濯していたあのメイドさんと目が合った。
「私は、アイリーン奥様のお世話をしているステラです。あなたはアラン坊ちゃまとカイン坊ちゃまの小間使いになると聞いております。お二人とも現在、家庭教師のかたと勉強中ですが、しばらくすると時間が空きますのでそのときに紹介いたします。よろしいですね?」
「は、はい。わかりました」
無表情で淡々と話すものだから、なんか気後れしてしまう。上流階級のメイドって怖い。
「あとは、まあ、坊ちゃまの小間使いですと無理かもしれませんが、洋服を汚さないように。私汚いものを見るのが嫌いなのです」
なるほど、今まで目を合わせてくれなかったのは、格好の問題だったか。
アイリーンさんもきれいだったが、ステラさんも美しい。色素の薄い金髪に鼻がすっと通って、彫刻みたいな美しさだ。淡々としていて顔も無表情なので、彫刻という表現がぴったりとくる。
屋敷に入ってから、他にも使用人を見ていたが、みなさんなかなかの美形だった。貴族に仕えるメイドの選考基準に美しさという項目があるに違いない。
それからしばらくステラさんと屋敷の地図を見ながら、使用人の洗濯もの置き場、体を洗うときの注意点、用を足すときどうするか、使用人の住まいはここです、など小間使い生活に必要な情報を教えてくれた。
ステラさんの講義が一区切りつくと、そろそろ時間ですといって、私を連れて部屋を出た。
とうとう、坊ちゃまとのご対面ということです。
前情報によると、坊ちゃまは2人いて、1人は8歳のカイン坊ちゃん、もう1人は私と同じ5歳のアラン坊ちゃん。
5歳のほうが魔法使いで手の付けられないわがまま小僧で調子にのっているらしい。
前情報からしていい予感はしないが、その小僧の小間使いになったわけなので、与えられた役割にはこたえようと思う。
そしてステラさんはある扉の前で立ち止まった。
心なしかステラさんの顔色は悪い。
そして、何か決意を固めた様子で、ノックをする。
「ステラです。坊ちゃま。本日、クロード様がお連れになった新しい小間使いをつれてきました」
すると、扉の向うから子どもの声で「わかった、はいっていい」というえらそうな声が聞こえた。
するとなぜか、ステラさんは、私に扉を開けるよう促す。
え、ここは、ステラさんが部屋に入って後から私が入る流れじゃないの? いいの?
疑問に思いながら、私はステラさんが、促すまま扉を開けた。
開けた扉から部屋の中を見たが、誰もいない。私は失礼しますといいながら、もっと中を見ようと、一歩二歩と部屋の中に入った。
バッシャーーン
突然だった。
最初何が起こったかわからなかった。
自分の姿をみるとおろしたてのエプロンが泥水で汚れている。
髪もビッショビショだ。
後ろですばやく扉が閉められた感じがしたが、おそらくステラさんが、泥水から自分を守るために閉めたのだろう。そのまま去っていく足音まで聞こえるので、私はもう放置されたらしい。
どうにか状況を把握すると、左側から、子どもの高笑いが聞こえてきた。
「アーハハハハハハッ。見たか! カイン兄様! あいつの顔!」
「アラン・・・・・・! もうこういうのはだめだよ」
左側を向くと、うんこ座りをしながら、大爆笑している黒髪のガキと、その子と私を交互に見ながら、おろおろしている赤茶色の髪の男の子がいた。
まあ、確認するまでもなく、この黒髪が5歳のアラン坊ちゃまで、赤茶色の子がカイン坊ちゃまなんだろう。
アランはクロードさんと同じ黒髪、黄緑の瞳をしていたが、髪をおかっぱぐらいに伸ばして、たぶん性格の悪さが顔に出てしまったのだろう、整っているが意地悪そうな顔だ。
片方のカインは、瞳の色は黄緑色で、兄弟なのでどことなく似ているのだが、弟と違って、丸っこい目が優しそうな面立ちさせている。
「おい! なんだよ! ジロジロみるな!」
アランが早速生意気にも吠え付いてきた。
うむ、ヤンキー座りが様になっている。悪そうなやつらはみんな友達なんだろう、うん。
「先ほど紹介に与りましたリョウと申します。本日からカイン様とアラン様の小間使いになりました。どうぞよろしくおねがいいたします」
私はずぶぬれのまま、何もなかったかのように挨拶をした。