帰還した領主の養女編⑦ 聖窟-SEIKUTSU-
奥様を見送ってから、村人に案内されて、怪我人を寝かせているという洞窟の奥の部屋に向かった。
領主邸から私達救援隊が来たと聞いた村の皆は喜んでくれて、私たちに笑顔を向けてくれる。
でも、やっぱり村が魔物に襲われたというのは辛いのだろう。顔には疲れが見えるし、元気がない。
洞窟内は、ちょくちょく日の光が入るような小さな窓があるけれども、全体的には暗いからそう思うのかな。
そんなことを考えながら、洞窟の様子を改めて見てみると、ちょっとこの洞窟の作りが気になった。
この洞窟、もともと自然にできたものを人が手を加えて大きくしている様子がある。そういえば、ブランさん、この場所のことを聖窟と呼んでいた。
どうしてセイクツって呼ばれてるんだろう? それにいつからあって、何のためにこんなに大きくしたのだろう……? 魔物に襲われるもっと前から手を加えてないと、人が住めるほどの大きな洞窟にはならないはずだ。
「リョウちゃん、こっちよ。この奥に怪我人がいるみたい」
「はい!」
おお、そうだった。急がないと。考えるのは後回し。今の私はナイチンゲール。人命救助のことだけを考えよう。
コウお母さんに呼ばれて、洞窟の奥に小走りで、簡単に布で仕切られているところの先へ進む。
魔物に怪我を負わされた村人が苦しいうめき声をあげているかもしれないと、覚悟を決めて中を覗いたけれども、思いのほかに普通だった。
確かに怪我人はいるようだけれど、まばらだし。
足とか腕とか怪我をしているふうな人はいるけれど、怪我で動けず寝たきりというような感じはない。
とりあえず、思ったよりもひどい状況ではなさそうだったので、胸をなでおろす。
ひどい怪我を負った人が少ないとは言っても、魔物に襲われた人達だ。
その傷口からばい菌が入って、怪我自体はひどくなくても、炎症を起こして深刻な状況になっている可能性だって低くないはず。
気を引き締めて治療に当たる。
コウお母さんが比較的重傷な患者さんを見てもらい、私が軽傷な患者さんを見ることになった。
村人の皆は、まだ軽い怪我ではあるけれど、こういう場面を見ると、自己治癒魔法の呪文をみんなに教えたくなる。
もし、呪文を唱えることができたら、すぐに治ってしまうんだから……。
たとえ教えることで、また違う危険が及んでしまう可能性があるとはわかってはいても……。
でも、どちらにしろ、呪文を教えても唱えられるところまで行くのには時間がかかる。すぐにパパッと治せない。
コウお母さんも、たまに落ち着いた時間を見つけては呪文を見ているが、まだ覚えられないと言っていた。
コウお母さんでもそうなのなら、おそらく文字を読むことすら難しい村の人達が呪文を覚えるのには、相当の月日が必要なはずだ。
私は考えをまとめて、今は目の前の治療に専念することにした。
脚を怪我している男性がいたので、怪我した状況を聞きながら患部を見る。魔物に足を引っ掻かれたらしい。
あれ? すでに薬のようなものが貼付されてる。緑色の薬。草をすりつぶしたようなものだ。少し手に取って、匂いを嗅ぐと独特な匂いを感じ、ヨモギという薬草だとわかった。
ヨモギは、切り傷などの止血などで、治療師がよく利用する薬草の一つだった。かくいう私もよくお世話になっている。それを貼付されてるってことは、この村には治療師がいるんだろうか。
それとも、村人の知恵的な?
いや、開拓村に、そんな村の知恵袋的な人が居るとは思えない。すくなくとも私の故郷ガリガリ村では皆無だった。
不思議に思いながらも、とりあえず貼付されているヨモギを丁寧に取り除いて、脚を清潔にし、コウお母さん特製の貼付薬を塗りたくる。すでに、脚の傷の止血は済んでいるので、炎症と抑える薬を塗った。
そして、ほかの患者さんの傷を見たけれど、やっぱりすでに応急処置をされていて、薬草を塗られている。
魔物に怪我を負わされた人がいるのに、その傷口からばい菌が入って、熱を持ったりと症状がひどくなっている人がいないのは、この薬草のおかげだ。
みんな薬草を使って、うまく傷口を殺菌できている。適切な応急処置って本当に大事。
これがなければ、例え傷口が小さくてもそこからばい菌が入って、危うい状況になっている人がいたっておかしくない。
誰だろう。開拓村に、治療の知識を持っている人がいるってことだよね。騎士のブランさんかな?
「すみません、この村には、治療師、といいますか、薬草の知識を持つ人がいるんですか?」
腕に深い傷を負ってしまった女性に薬を塗りながら、そう問いかける。
そばには心配そうに、傷を見てる男の子がいた。この女性の息子さんらしい。
「治療師はおりませんが……薬効のある草については知ってることが多く……」
と、少し言いにくそうに女性が答えた、私は首を傾げていると、隣にいた男の子が、ものすごい笑顔になった。
「僕たちには、ウヨーリ様がついて下さるんだ! ウヨーリ様が教えてくれたんだよ!」
男の子は興奮したような顔をしてそうおっしゃった。
私は思わず、女性の腕に塗ろうと思って、指に掬い上げていた塗り薬をぽとりと落としてしまった。
え? ウヨーリ?
「ああ、ダメよ、坊や。あのお方は、そうやすやすと口にしてはいけない方なのよ!」
「大丈夫だよ! 聖窟の中だもの。僕知ってるよ! ウヨーリ様は神聖すぎて、陽のあたるところでお名前を口にすると口がただれたりするんだって、でもこの聖窟なら陽が当たらないから大丈夫なんだよ」
「まったく、もうこの子は。すみません、治療師様。この子ったら、ウヨーリ様のお話をするのが好きなもので……あ、でも、伯爵様のところで仕えてらっしゃる治療師様にはあまり馴染みのないお話だったかしら?」
そう言って、困ったように笑った奥さんが、優しげな眼差しで、問いかける。
色々と面倒だったので、伯爵家の養女であることなどは話していないので、どうやら私のことは伯爵邸に務める治療師だと思っているみたいだ。まあ、実際にこうやって、治療をしてるのでそう思うのも無理はない。
それにしても、うん。それにしても、このなんというか、ウヨーリとかいうお話、私、気になるんだけども!
なにやらお話を伺う限り、村の中では、ウヨーリ様という方が、色々と野草のことやらを伝えてくださっているようだ。
そして、その方は神聖すぎて、名前を口にすると口がただれるとかで、外であまり名前を言ってはいけない方らしい。
へえーそんな方がいるんだーへー!
「……ワア、スゴイ人がいるモノデスネー」
どうにか声を絞り出してそれだけ言うと、男の子が目をキラキラさせて私を見た。
「えー! お姉ちゃん! ウヨーリ様のこと知らないのー!? 僕が教えてあげようかー!?」
子供が、ウヨーリとやらのことを知らない私を見つけて、ワクワクし始めた。ウヨーリの話をしたくてしょうがない様子だ。
「ワア、是非、キキタイデスー! もう少しお話聞かせてくれませんカァ?」
「いいよ!」
さっきまで自分のお母さんの傷を心配そうに見つめていた男の子は、途端に元気になって、笑顔を見せてくれる。
彼のお母さんの治療が一段落つくと、ワクワクした様子で、私の服を引っ張りながら、とある部屋に連れて行ってくれた。
中には、何か祭壇のようなものがあり、それを囲むように村人たちが手を組んで瞑想してるように目をつむっている。
「ここだよ!」
男の子がそう言うと、瞑想中だった村人たちが、驚いた顔で、私の姿を凝視した。
「こ、これ! このようなところに伯爵様の使者の方を連れてきては……!」
「いいんです。私がお願いして連れてきてもらったので」
そういながらズンズン前に進む。だって、奥になんかすごく気になるものが置いてある!
簡素な棚のようなものだけど、綺麗に飾り付けられている。……何かの祭壇のようなものに見える。
祭壇には、色々と文字が書かれている紙切れがいくつか、そして、たんぽぽの花が生けられていた。
祭壇に置かれていた紙に書かれている文字をみる。
これは……。この文章見たことある。
私が入学したての時にバッシュさんの手紙と一緒に、タゴサクさんが書いてよこしていたものだ。
私は、斜め線を入れて、もう送ってこないでください! と言って送り返していたはず……。それがなぜこんなところに……?
「金色に光る赤子……」
紙に書かれた文章を読んでいくと、その中に、タンポポから生まれた金色の赤子が、初めて大地に手をつけたところからヨモギが生えたという話が続いている。
ヨモギはなんと金色の赤子の手を模した形をしているのだとか。そして、そのあとに金色に赤子がさずけたヨモギの力……薬効なんかを書いている。止血や切り傷には、ヨモギを使えというようなことが書かれていた……。
違う紙も見てみる。同じように、薬草のことが書かれていた。ウヨーリなる金色の赤子はたくさんの薬草をこの世に生み出しているらしい。
薬草の話は、私がガリガリ村にいた時に、村人に話したことのある内容だ。怪我や風邪をひいた時に、対処する方法を知らなかったので、私が、薬草なんかを用意したりしていた事がある。
紙には、他にも、畑に関することや、家畜に関することなんかが書かれていた……。
どの知恵も、この金色の赤子が救いを求める人々に授けたらしい。
私は、思わず紙を持っている手が震えた。
タゴサク……アイツ……!









