帰還した領主の養女編① カイン様とお別れ
しばらく馬を走らせて、やっと見慣れたルビーフォルン邸が見えてきた。
結局ルビーフォルンに入ってから魔物の姿は見ていない。
想像以上に魔物の被害は少ないのかもしれない。もちろん、道中、泥にまみれた畑などを見ているので、大雨による影響は全くの無傷ではないけれども。最悪の事態は避けられそうだと感じた。
カイン様に道中、ルビーフォルン邸についたらどうされるのかお伺いしたところ、一度馬を交換して、すぐにレインフォレストに馬を走らせて帰ると言っていた。
本当は一晩だけでも泊まって体を休めて欲しかったけれど、早くレインフォレストに戻りたいというカイン様の気持ちを考えると強く勧めることはできなかった。
うちの屋敷で一番立派な馬をカイン様にお渡しするとカイン様に誓った。
アズールさんもカイン様と一緒にレインフォレストに向かうのかと思ったけれど、ルビーフォルンに残りたいという希望だったので、このまま一緒。そういえば、アズールさんて、マッチを所望していた偉そうな王国騎士の隣にいた人だ。もしかしたら、ここで作ったマッチをお城に持って帰るつもりなのかもしれない。ここまでついてきてくれたことは誠に感謝しかないので、あの時は城の奴らなんかに良いマッチはやらないよ!っていう気分だったけど、アズールさんが望めば最高品質のマッチをお渡しする所存である。
ルビーフォルン邸についてみると、みんなにとっては突然の帰郷だったので、出迎えの人数は少なかったけれども、何人かは、慌ただしく出迎えてくれた。
そしておもむろに地面に頭をこすりつけ始め、いつもの挨拶を始めた。
やめて。今日はカイン様もいるんだから、マジやめて。
隣にいるカイン様を見れば、若干引いている。どんなことにもフォローする心を忘れないあの神フォロリストのカイン様が、である。
私がやらせてるわけじゃないんだからね! 勝手にやってるんだからね! むしろ止めてるんだからね!
私が「カイン様、これは違います! 私がやらせているわけではありませんから!」と必死に弁解すると、曖昧に微笑んで頷いてくれた。信じてくださっただろうか、私心配。
ひれ伏している人の中に馴染み深いハゲ頭がいたので、声をかける。
「タゴサクさん、バッシュ様はいらっしゃいますか?」
「はっ! 中におります。今は少し取り込み中でございまして……リョウ様のご帰郷だというのに、出迎えることができずに申し訳ございません。どうぞご容赦くださいませ」
「いや、別にそんな、容赦って……。バッシュ様の方が立場が上なんですから、容赦とか必要ありませんからね」
マジ、今カイン様いるんだから、変なこと言わないでね。ほんと、空気読んでね。
タゴサクさんに冷静に諭してみたけれど、さすがリョウ様慈悲深いみたいなことをいって、懐かしいタゴサイックスマイルを見せてくれるだけだった。
その顔を見ていると、無性に腹立たしく感じるので、私の慈悲深さは、タゴサク氏に関してだけそんなに深くなさそうである。
「あれ、タゴサクさんじゃん! おでこに泥つけて何してんだ?」
そこに、シュウ兄ちゃんが気軽な感じで話しかけると、タゴサクさんはちょっと彼を見たあとに、「誰かと思えば、シュウの生意気小僧じゃないか。こんなところで何をしてる!?」と驚いた顔をした。
シュウ兄ちゃんって、やっぱ他の村の人から見ても生意気小僧だったのか……。
「へへ、まあちょっとな。妹のピンチに駆けつけたってところだ!」
と言って、シュウ兄ちゃんは親指を立てたけれど、どちらかというと、兄のピンチに私が立ち会った感じだからね。まさか血のつながった兄と人身紹介所で会い、購入することになるとは思うまい。
とりあえず、早く状況をしりたいので、バッシュさんと会うためそそくさと中にはいらせてもらった。
コウお母さんや、アズールさん、シュウ兄ちゃんはもちろん、カイン様も一緒である。カイン様はバッシュさんに挨拶をしてから、旅立つ予定だ。
客室に案内され、しばらくすると、バタバタと足音がして、慌ただしくバッシュさんが部屋に入ってきた。
「リョウ君! ああ、それにコーキもよく帰ってきてくれた! 助かる!」
そう言った、バッシュさんは嬉しそうだったけれども、顔色はあんまり宜しくなく、疲れが見えている。
ルビーフォルンに入ってからは魔物が出なかったから、ちょっと楽観視していたけれども、そこまで甘くないのかもしれない。
「バッシュ様、領地の様子を……! いや、その前に、こちらにいるレインフォレスト出身のカイン様に帰りの馬を差し上げたいのですがよろしいでしょうか? ここまで送ってくださったのです」
領地のことを聞く前に、カイン様を帰して差し上げないと、と思って話を変える。
優しいフォロリストのカイン様がルビーフォルンの窮状を知ってしまえば、レインフォレストに帰りづらくなってしまうかもしれない。
いや、本当は残ってくれたら嬉しいけど……でも、ルビーフォルン大変っすわー。まじ、やばいっすわー、優秀な人が欲しいっすわー、みたいな事アピールして、チラチラするなんてなんかずるいような気がして……。いや、ほんと、めっちゃチラチラしたいんだけども……大変なのはどの領地も一緒のはずだ。
「おお、そうでしたか! よくここまで来てくださった! もしよろしければ、ひと晩休まれては? 見たところお疲れのようだ」
バッシュさんが、人好きのする和やかな笑みを浮かべて提案するけれど、カイン様は首を横に振った。
「ありがとうございます。しかし、せっかくのお誘いですが、一刻も早く領地へいって、家族を守らなければなりませんので、早々に出発したいと思っています」
「そうか。……残念だが、それがいいでしょう。ここまでリョウ君を送ってくれたこと、感謝します」
バッシュさんが、伯爵様っぽい感じでねぎらいの言葉をかけると、使用人に命じてこの屋敷で一番いい馬と、食料などの用意をするようにと伝えた。
バッシュさんの心遣いにカイン様はお礼と、早々にお暇する失礼をお許し下さいみたいな騎士っぽいことをいって部屋を去っていくので、私も最後の挨拶がしたくて一緒に一度部屋を出た。
「カイン様、本当にありがとうございました。いつか必ずお礼をさせてください」
「気にしなくて、大丈夫。これは自分がしたかったからしただけだし、無事にリョウを送ることができて良かった。アランにもいい報告ができる」
相変わらずの優しい貴公子具合だ。
ここまでの道中、正直辛いこともあった。ルビーフォルンに入るまでは、本当に魔物が多くて、最悪な想像ばかりしてしまっていた。でも、そんな時でもカイン様は、いつもの穏やかな笑顔を向けてくれて、安心することができた。
本当は、カイン様だって、家族や領地のことが心配で仕方がないはずなのに……。
「カイン様、その、ご無事で」
「うん。道中そこまで、魔物に遭遇することもなかったし、馬上の一人旅なら、万が一、魔物に遭遇してもどうにでもなる。最悪逃げればいいしね」
おっしゃるとおり、カイン様なら大丈夫だろう。強いし、だからといって強さにおごらず無理だと思ったら、無茶をしないで迂回するような判断もできる。今日まで送ってもらった中でもそういう判断の良さが見え隠れしていた。
それに、ルビーフォルン領内に限れば、魔物はほとんどいない。
「カイン様、アランやアイリーン様達、レインフォレストの皆様をよろしくお願いします」
「任せて」
そう言って、カイン様はいつものまわりを安心させてくれるような優しい微笑みを浮かべて去っていった。









