帰省の旅編④ 領主の子供たち
学園から自領へと向かう学園勢。旅の間、魔物もちょくちょく道中襲ってきた。こんなに魔物が跋扈してる世の中とか辛い。
それに合わせて、領地へ帰る生徒の一団もどんどん枝分かれしていく。
というか、すでにこの前ヤマト領とクルブルス領の生徒の集団が別の道に行ってしまったので、集団下校のメンバーは、カテリーナ達のグエンナーシス領の団体、アランのレインフォレスト領の団体、そして私とコウお母さんの小隊しかいなくなった。
ちょっとずつ減っていく集団下校メンバーを思うとちょっと寂しい。
でも、寂しがってる暇もないのでこのままどんどん先へ進みたい気持ちではあるけれども、連日働かせ続けているお馬さんの疲れがピークに達しそうだったので、通り道近くの村周辺でテントを張り、休むことになった。
私はテントを用意しながら、村の様子を見渡す。この村はクルブルス領の端っこにある開拓村のようだった。
近くの魔の森では結界の綻びがなかったようで、運良く魔物の被害はないみたいだけれども、畑が雨にやられてダメになっていた。
最初、この村に来たとき、村人がもう生気のない顔をしていた。そりゃそうだ。領主に納める作物だけじゃなく、このままだと自分の食べる分も用意できそうにないんだから。
それで、現在、その痛ましい姿を見た心優しい集団下校メンバーの中にいる魔法使いの生徒が、土を整地したり、畑の植物を魔法を使って成長させてくれていた。
魔法使いのファンタスティックを前にして、元気のなかった村の人々が、嬉しそうにはしゃいでいる。
魔法すごい。
……本当に、運がいい。この村は。
「リョウ! 村の人が、全員は無理だけど、村の家屋で寝泊りしてもいいって言ってくれたんだが、どうする?」
コウお母さんと一緒にテントを張ってるところに、アランがやってきた。
村の家屋を学園勢に提供してくれるようだ。おそらく、魔法使いのファンタスティック能力に対する謝礼みたいなものだろう。
「私はいいです。もうテントも張っちゃいましたし。魔法使いの方がしてくれた魔法に対するお礼だと思うので、アラン達でお借りしてください。魔物との戦いでは魔法は大活躍でした。これからも必要な力です。きちんとした寝床で寝たほうが、疲れも取れていいと思いますよ」
私はそう言って、笑顔でアランに返したけれど、アランはちょっと眉をひそめた。
「……リョウ、なんかちょっと元気がないな。いや、こんな状況で、元気があるほうが難しいとは思うけど……何かあるなら相談しろよ。ちょっとぐらいなら、役立つかもしれない」
「え、元気、ないですか……?」
顔に手を当ててみる。笑顔を作ったつもりだったんだけど。
そんなに元気がなさそうだっただろうか。
でも、さっき、魔法使いの魔法で、畑を蘇らせていた光景を目の当たりにして、ルビーフォルンの村々のことを考えてしまった。
ルビーフォルンには、ほとんど魔法使いがいない。あんなふうに、奇跡のような力で、一瞬で災厄をなかったことになんてできない。
そう思うと、胸が痛んだ。
でも、ルビーフォルンには、以前バッシュさんに相談されて、大雨対策を施している、はず。きっと、それが最悪の事態だけはしのいでくれていると、そう思いたい。
「リョウ、向こうの方に綺麗な花畑があったんだ。……そこに行かないか?」
アランが、子分のくせにちょっと大人びた顔でそう言った。
どうやら気を病んでいる親分にお花を見せて、元気づけようという子分の気遣いのようだ。
さすが子分歴が長いだけあって、親分の扱いが上手くなってきてるじゃないか。親分はお花とか結構好きだよ。
私は、頷いてアランの提案に乗ることにした。
アランのエスコートで、森の方に向かって歩くと、アランがいうお花畑についた。想像したよりも広い。
たんぽぽにシロツメ草といった背の低い花が、一面に広がっている。比較的背の高いお花も咲いていたようだけど、多分大雨の影響でひしゃげてしまったようだ。でも端の方を見ると、背の高い花もいくつか生き残っていた。大木の近くの花は、枝が雨をしのいでくれたおかげで生き残っているらしい。
「きれい、ですね」
そう言って、膝を折ると、たんぽぽの花を触って柔らかい花びらの感触を楽しむ。
うん。ちょっと、和んできたぞ。
あとで、シャルちゃん達も連れてきてあげよう。
「アラン、ありがとうございます。よく見つけましたね。こんなところ。おかげで少し気分が和らぎました」
そう言って、笑顔を向けると、子分は照れた様子で口をもごもごさせ、「じ、実はカイン兄様が、見つけてくれたんだ」と焦ったように早口で答えた。
なるほど、流石カイン様。
実は、カイン様はレインフォレスト行きの馬車の護衛として一緒に来てくれている。本来は城に残るはずだったのを無理を言って旅についてきたというお噂だ。
魔物が出てくるような旅の道中でも綺麗な花畑を見つけ出すカイン様。
女子が喜びそうなレジャースポット探索にもぬかりが無い。フォロリストの鏡である。
「カイン兄様が言ってた。女の人は花が好きなんだって。それで花を見ると元気になることもあるからって……」
カイン様の受け売りらしいけれど、それでも親分のことを元気づけるために、アランが、ここに連れてきてくれたんだと思うと、ちょっと嬉しい。私はなかなかいい子分を持ったかもしれない。
「アラン、実は、私、さっき、ルビーフォルンのことを、考えてました。あの領地には、植物系の魔法を使えるのが、セキ様っていう精霊使い一人だけなんです。それで……。あんなふうに、畑を一瞬で、蘇らせるような奇跡が、あの地ではそうそう起こらないのだろうと思うと、自分がものすごく無力に感じて……」
私があの領地に戻って、一体何ができるのだろうかと、ちょっとだけ、思ってしまった。
「リョウは、無力なんかじゃない」
鋭いアランの声に驚いて、顔を上げる。
「リョウは、いつも……小さい時から、俺ができなかったことを容易くやってのけてた。学校の奴らだって、リョウのことを頼りにしてる。……きっとルビーフォルンはリョウの帰りを待ってる」
「アラン……」
真剣な顔のアランだった。私がしばらく目を瞬かせると、アランは、唇をかんで下を向いた。
いきなりテンションが下がった様子の子分をみていると、なんだか言いにくそうな感じで口を開いた。
「本当に、そう思ってる。リョウはすごいって。だから、リョウをルビーフォルンに行くのを快く見送ってやりたい。けど、俺……」
そこまで言うと一度口をつぐんでから、意を決したように、口を再び開けた。
「わかってるけど! でも、リョウは、その、俺にとってすごく大切だから、だからやっぱり行ってほしくない、という気持ちもある。俺は、レインフォレストに、リョウはルビーフォルンに向かわなくちゃいけないって、わかってる、のに。……おれ、それでも、離れたくない。……もうリョウに何かあるんじゃないかって、怯えて過ごすのは嫌なんだ」
突然のアランの言葉に驚いて、しばらく呆然とした。
アラン……!
そこまで真剣に親分の身の安全を考えてくれていたなんて……!
熱い義侠心のようなものに胸が熱くなるような気がする。
アランというやつは、ここぞという時に、親分心をくすぐることをいってくるところがある。
確かに、魔法が使えない私だもの。魔法使いであるアランから見たら、心もとなく思うところがあるのかもしれない。
でも、大丈夫だよ、アラン、親分を信じて。親分結構タフネスだよ。
「アラン、心配してくれてありがとう。それに無力じゃないって言ってくれて嬉しかった。でも私は行かなくちゃ。アランがレインフォレストのことを大切に思うように、私にもルビーフォルンには思い入れがある。辛い目にあってるかもしれないのなら、やっぱり駆けつけたい。大切な人がいっぱいいるから」
私が、そう、答えを返すと、アランは、少し悲しそうな顔をしたけれど、すぐに不格好な笑顔を作った。
「悪い。分かってる。さっきのは、俺のわがままなんだ。……リョウなら、そう答えるって分かってた」
そう言いながらも、ちょっと寂しそうだ。
子分の熱い義侠心に応えてあげられなくてごめん。
「そういえば、私たち、さりげなく付き合いも長いですね。私の子分になって、ちょっと離れていた時期もありましたけど、8年ぐらい、ですか……」
そう言いながら出会った時のクソガキアランを思い出した。
クソガキだったアランが、ここまで成長したのかと思うと、なんだか感慨深い。子分の鏡である。
そろそろ暖簾分けの検討時期だろうか……。
「でも、その、俺の気持ち……そのさっき言ったこととかで、分かってると思うけど……その……ちょっと、か、考えて欲しい」
ん?
え? 何を考えるの?
いや、さっき断ったじゃん。私ルビーフォルンに帰りますって言って、アランもわかってたって答えてたじゃん。何? さっきまでの私たちの義侠心溢れる熱い会話忘れたの? 大丈夫? なんか私考えることなんてある?
子分が顔を赤くさせながら、何事かをうにょうにょ言ってるのを見ながら、私が何を考えればいいのかを考えていると、少し離れたところから、ヒソヒソという感じで女の子の声が聞こえてきた。
「え、まさか、あれで告白した気になってるんじゃない?」
「まさか、だって、リョウさん、全然気づいてないわよ?」
「カテリーナ様にサロメ様! 声を抑えてください! バレちゃいますよ!」
「シャルロットこそ声が大きくてよ!」
聞き覚えのある声が聞こえて、そっちに目を向ける。
大木の下にある背の高い花の中から聞こえてきた。
その方向に歩いていき、声の出所を見下ろす。
「三人ともここで何をしてるんですか?」
カテリーナ嬢とサロメ嬢とシャルちゃんが、背の高い花の中でうつ伏せで寝そべるような形で、こっちを向いていた。丁度花で隠れていて、今まで気付かなかった。
お互い目をぱちくりさせて見つめ合う。
「地面に寝そべってるなんて、服が汚れますよ……?」
淑女にあるまじき行為よ? と思いながらそう言うと、カテリーナ嬢が、顔を赤くさせて、勢いよく立ち上がった。
「こ、この服は汚れても良い用の服なので問題ありませんわ!」
そう言って、花びらやら葉っぱやらを髪や服につけたカテリーナ嬢は腰に手を置いて主張した。
「そうよ、リョウさん。だいたいもともと長旅で、服なんかもうよれよれよ。今更取り繕ってもしょうがないわ」
そう言って、服についたくさや花びらなんかを落としながら、サロメ嬢も立ち上がる。
シャルちゃんも、服の汚れを払いながら、「リョウ様、すみません、隠れて聞き耳をたててるような感じになってしまって……」と言って申し訳なさそうな笑顔を作る。
「もう、なんで隠れてたんですか? 言ってくれればいいのに」
「だって、せっかく……ねえ?」
と言いながらサロメ嬢が意味ありげな視線を私の後方に向けた。
後ろを振り返ると、アランが頭を抱えて座り込んでいた。
どうしたんだ、アラン。
「アラン、どうしたんですか? お腹でも痛いんですか?」
私がそう声をかけると、キッとこちらを睨んで、勢いよく立ち上がると、カテリーナ達の前にやってきた。
「お、お前ら、趣味が悪いぞ!」
「先にここにいたのは私達ですのよ。そしたら、だらしない顔した貴方が、嬉しそうにリョウさんを連れてきたから、気をきかせて差し上げたというのに……失礼ねぇ」
久しぶりにカテリーナ嬢が意地悪そうな顔をして、縦ロールのドリルを鋭くさせた。
「そうよ、アラン様、プフ、気をきかせただけなの。決して、面白いものが見れるんじゃないかって思って隠れたわけじゃないのよ」
サロメ嬢がニマニマとそう言うと、アランは、恨みがましく睨みつける。
「もう! カテリーナ様もサロメ様も意地悪ですよ。アラン様はただでさえ、ヘンリー様とリョウ様との噂で思うところがあるんですから。そりゃあ、どう考えてもヘンリー様は素敵なので、比べてしまうと正直アラン様は、ちょっと……ってところがありますけど、それでも無謀にも頑張ろうとしているんですから!」
なにやら、シャルちゃんが必死になにかの弁明をしてるようだけど、その言葉にアランは励まされるどころか余計に肩を落としたように見える。
というか、さっきからなんの話をしてるんだ皆。
私の前で私にはわからない話をするなんてっ! 皆だけ盛り上がって、自分ひとり盛り上がれないとかキツイんだからね!
でも、さっきの会話の内容から察するに……ま、まさか、私とアランの関係を勘ぐっている……?
いや……さすがにそれはないか。
日頃の私とアランとの親分子分の関係を知っていれば疑いようのないものだもの。
「ま、からかうのはこれぐらいにして、リョウさん」
さっきまでニマニマ笑っていたサロメ嬢が真面目な顔でそう言って、私に向き直った。
「私もね、どっちかというと、リョウさんがルビーフォルンに戻るのは反対なのよ。やっぱり、危険だもの。ここまでの道中、魔物が結構結界から出てきているってことがわかったわ。あまり言いたくないけれど、そう考えると、ほとんど魔法使いのいないルビーフォルンは……厳しいと、思う」
サロメ嬢が言いたいことは、わかる。
『厳しい』という表現を使って、少しだけオブラートに包んでくれたけれど、多分、本音をいえば、もうルビーフォルンは助からないと思っているのかもしれない。
あの時、マッチのことで話し合った王国の騎士の偉い人にも言われた。
おそらく、ほかの生徒達は誰も私に何も言わなけれど、きっと誰もがそう思ってる。
「学園を出発するとき、一度断られたけど、私は少し自領に戻るのが遅くなったとしても、貴女をルビーフォルンの屋敷まで送ってもいいと思っているわ。……こんなことを言うなんて、伯爵家の娘としては最悪かもしれない。でも私は、伯爵家の娘でもあるけれど、リョウさんの友人だとも、思っているわ」
カテリーナ嬢がそう言い切ると、シャルちゃんが、目を潤ませて何度も頷いていた。
子分に、友人に、私は色々と恵まれているみたい。
みんな、ありがとう。
でも、やっぱり、断るよ。
「ありがとう。私も、みんなのこと、大事な友達だと思ってます。だから、だからこそ、甘えられないです」
そこまで言うと、サロメさんが何か言おうと口を開きかけたので、笑顔でそれを制して、言葉を続ける。
「それに、私、実は、ルビーフォルンのこと、そんなに悲観していないんです。大雨が降る前に、領地に大雨対策をしてもらうように伯爵様にお願いしていました。その対策が上手く行っていれば……そこまで甚大な被害はないと、信じています」
そう言って、もうこの気持ちはテコでも動かないよ! という意志を込めてみんなを見つめ返す。
私の強い意志を汲み取ってくれたのか、カテリーナ嬢が、大きなため息をひとつ落として、顔を上げた。
「……リョウさんの気持ち、わかったわ。もう言わない。お互い、頑張りましょう」
そう言って、笑顔でカテリーナが手を差し出してきたので、それを力強く握り返した。