帰省の旅編③ 楽しい魔法研究会
コウお母さんに治癒魔法のことを伝えて、気分がすっきりした私は、実際に魔法を見てもらおうと、馬車の中でこっそり治癒魔法を唱えることにした。
コウお母さんの目の前で、呪文を唱えると、魔物の戦闘で受けた切り傷がピリッとした痛みとともに一瞬で治る。
コウお母さんは、驚いた顔をして、さっきまで傷があったところを触ったり揉んだりして、確認していた。
「驚いた。一瞬で治るのね」
「はい。でも、治すとき、痛みを感じます。怪我が深刻であればあるほどに痛みは鋭くなるみたいです」
「それに、さっきリョウちゃんが唱えた呪文……なんとなく聞き取れそうな感じだったわ。いつも魔法使いが呪文を唱えるときは、なにを言っているのか、全然理解できないのだけど……。さっきの呪文は、聞き取れそうだった」
「たぶんそれは、コウお母さんも、頑張ればその呪文を覚えられるということだと思います」
私がそう言うと、コウお母さんは、すこしビクっと体を揺らして、動きをとめた。
驚いているのだと思う。
コウお母さんは実際に魔法を目の当たりにして、どういう反応を返すのだろう。
私はすこし緊張した。
「ふふ、おかしい。魔法が使えるなんて。アレクが知ったら、卒倒しちゃうんじゃないかしら。あんなに魔法を毛嫌いしていたのに、自分達も実は魔法使いだった、だなんてね」
そう少し寂しそうにコウお母さんは、笑った。
「ごめんなさい、コウお母さん、その、私が……」
魔法のことを結局、自分一人で抱えきれなくて、コウお母さんに伝えてしまった。コウお母さんに甘えて、伝えてしまったけれど、やっぱり負担にはなると、思う。
「なーに謝ってるのよう。リョウちゃんは何も悪いことなんかしてない。強いて言うなら、アタシにいうのが遅すぎよ。リョウちゃんは、なんでも、一人で抱えちゃうところあるわよね……。もう少し、頼って欲しいぐらいよ」
「……うん」
また泣きそうになって、どうにか相槌だけ打つと、コウお母さんの腕にしがみついて、こぼれそうな涙を押し付けた。
おかしい。コウお母さんと出会ってから、私はすごく泣き虫になってしまったような気がする。
前世の私はほとんど泣いた記憶がないし、ガリガリ村で売られた時も、山賊、というか親分にさらわれた時も、泣かなかったのに……。
もう、これ以上ないくらい、わたしは コウお母さんを頼りにしまくっている。もう13歳なのに……! これは、完全にファザ……マザコン道まっしぐらだ。
このままじゃダメだとも思うけれども、でも、コウお母さんが甘やかすからしょうがない!
それにこの国で成人と言われてるのは15歳なんだし、うん、それまでは、まだギリギリ……。
私は、永遠のマザコン疑惑に一生懸命言い訳をしていると、コウお母さんがこちらに顔を向けた。
「リョウちゃんが見つけた呪文はこれだけなの?」
「いいえ、もっとあります。まだどういう効果なのかわからない呪文もあるので、えっと、ちょっと待っていてくださいね」
そう言って、カバンからゴソゴソと一つの冊子を取り出した。私の手作り呪文書である。
「ここの紙に書かれているのが、私たちでも使えそうな魔法です」
私はそう言って、紙束をコウお母さんに渡した。
「これが呪文? ……なんだか、読めそうだけど、うーん、でも実際読もうと思うと読めないわね。変な感じだわ。それに呪文によって、読みやすさに差がある気がする」
とおっしゃってくれたので、興味がわいた。人による読みやすさの差によって、魔法の効果に何かしら関連はあるような気がする。
「ど、どれが読みやすそうで、どれが読みにくそうですか!?」
私は思わずその話題に飛びついて、コウお母さんから聞いたことをメモに書き込んだ。そのあとも、コウお母さんが呪文を見たときの感じ方とか聞いたりして……。
やっぱり一人じゃなくて、他の人の見方を取り入れるだけで、全然違う。まったく新しい気づきがある。
それに、やっぱり、コウお母さんに打ち明けたことで、気分が楽になって、純粋に魔法のことを知りたいという気持ちがまた強くなってきた。……楽しい。
それからもコウお母さんに呪文の感じ方や、読みやすさなどについて色々と質問をした。
もしかしたら、コウお母さんも呪文を覚えることができたら、魔法が使えるかも知れない。
ただ、呪文を覚えようと紙に書かれた短歌を見つめる作業はかなり神経を使うらしく、馬車で移動中ということもあって、集中して取り組むためにはもう少し環境が整ってからになりそうである。
昔アランから聞いたことがあるのだけど、魔法使いが一つの呪文を覚えるのに、相性が良くても半年から1年かかるらしい。
それからの私は久しぶりにすっきりとした気分で、魔法を探求する日々。
コウお母さんも一緒の研究員になってくれて、もう嬉しくってむしろ楽しい。
赤い煙が上がれば、いつも通り魔物討伐に赴くけれど、普段は馬車の中で、こっそりと呪文の研究だ。
私は、私が使える魔法が、体に作用する魔法であると仮定して、なんとなくあたりをつけていた魔法の効果があったので、それを試すことにした。
攻撃力とかあげる系の魔法。ありそうだなと前から思っていた。
こう、筋肉がムキムキになる感じ、かな……。でも、マジでムキムキになりすぎて、この女の子らしいこのかわいらしいプロポーションが崩れるかもしれないと思うと怖いけど……。
まあでも筋肉質な体もしなやかな感じでいかもしれない。
コウお母さんとか筋肉、好きだし。
よし!
私は、力が強くなるようなイメージをまず頭のなかで考える。
呪文は唱えただけじゃ意味がない。体が光るだけ。
こうしたい、というような祈りのようなものが必要な気がする。そしてそれは特別口には出さなくていい。
傷があれば、それを認識すれば、自然と傷は嫌だと思うから魔法が発動する。逆に言えば認識してない状態、こうしたいとか思わない状態だと、どの呪文もただぼんやり体が光って見えて、暖かく感じる魔法だ。
私は、いま手に持っているクルミを握りつぶすことを考えながら、呪文を唱え続ける。
いくつか唱えていたのだけど、
「アハレトモ イフベキヒトハ オモホエデ ミノイタヅラニ ナリヌベキカナ」
という短歌を唱えた時に、なんだか、気分が高揚してきた。
なんか、このクルミ、握り潰せそうな気がする!
私は、ちょっと力を入れるとクルミの殻がバッキバッキと割れた。なんだかたのしくなって、他のクルミも握りつぶしてみたり、左手にクルミを置いて、右手で握りこぶしを作って叩きつけたら、クルミが割れた!
すごい!
たのしい!
「ちょっと! リョウちゃん! なにやってるのよ!」
コウお母さんの焦った声が聞こえてきた。え? と思って、コウお母さんの顔を見たら、青い顔をしながら、私の手元を見ている。
ん? どうしたんだろう?
私は手元に視線を戻すと、バラバラに散らばったクルミの殻と、血だらけの自分の手が目に入った。あれ? これ、指とかおれてない?
でも全然痛くない、むしろ楽しいし……と考えていたら、今まで私の周りをおおっていた光るオーラが消えて、それと同時に手に激痛が走った。
「いった!」
慌てて、治癒魔法を唱える。
これもまた痛い!
折れた指が気になったけれど、治癒魔法のおかげで、特に変な形になることなく綺麗に治癒した。
こ、骨折も治るんだー! すごーい!
と、新しい発見をしたことで気分を紛らわせようとしたけれど、コウお母さんがゆるさなかった。
「リョウちゃん! なにやってるのよ! いきなり!」
「す、すみません。な、なんかよくわからないんですけど、興奮しちゃって……!」
「もう、いくら魔法があるからって、自分の体を傷つけるみたいなこんなことしちゃダメよ! そのうち手首足首ぐるぐる巻きにして動けないようにするわよ!?」
すみません、それだけはご勘弁を……!
「き、傷つけるつもりはなかったんです! なんか、力が出るような呪文をがあるんじゃって思って試したら、クルミが粉々に割れて、たのしくなって、そしたら、こんなことに!」
「リョウちゃん……」
じとっと私を睨むコウお母さん。
はい、すみません。本当にこれは不可抗力で、ほんと、すみません。
平謝まりして、どうにかこうにか事なきを得た。
そして、今度魔法の実験をするときはその趣旨と実験内容を報告の上、実行することが義務付けられました。はいすみません。
「あ、そうだ! コウお母さん! さっきの呪文なんですけれど、力を向上するようなイメージで唱えたんですが、どちらかというと、筋力がアップするというよりも、気分を高揚させる系の呪文だと思うんです。興奮状態にすることで、もともとの潜在能力を引き出し、結果として力が向上する、そういう類のものかと思うんです」
「さっき叱られたばかりで、よくどうどうとまた呪文の話ができるわね、リョウちゃん。まあ、ちゃんと報告しようと思ってくれてるのはいいけれど」
と言って、困ったように笑うコウお母さん。
ふへへ。すいやせん。
「へへ、なんか、コウお母さんも一緒だと思うと、なんか、楽しくって」
だって、今までは、ひとりで、呪文のことを考えてて、胸が詰まりそうだった。でも今はコウお母さんが一緒。一人でも、理解してくれる人が居ると思うと、こんなに楽しい。
「それで、その呪文がどうかしたの? また唱えるつもりなの?」
「いいえ。気分を高揚させる呪文があるということは、逆に、冷静にさせるような呪文もあると思うんで、ちょっとそのイメージで今から呪文を唱えたいんですが、実験してもいいですか?」
「そう、それなら危険なことも起こりにくそうだし、いいわよ。ちゃんと言ってくれたしね。アタシが見ててあげる」
「ありがとうございます!」
優しいコウお母さんに見守られながら、リストの呪文を上から唱える。
「イマコムト イヒシバカリニ ナガツキノ アリアケノツキヲ マチイデツルカナ」
この呪文を唱えた時に、変化があった。私の体を包んでいたオーラが頭の方に集まってきてる気がする。そして、それに合わせて、心が落ち着いてきて……というか、眠い。
まぶたが重たくなって、体の力が抜ける。力が抜けたおかげで、体勢が崩れて、コウお母さんに寄りかかる。そして「リョウちゃーん!」というコウお母さんの必死な声が、聞こえた、気がした。
ゴトゴトと馬車の揺れて、目を覚ました。
あれ? わたし?
昼寝しちゃったのかな。
ん?
いや、違う。確か呪文の実験中だった!
思い出して、コウお母さんに寄りかかっていた体をガバッと体を起こす。
「リョウちゃん起きたの? 身体なんともない?」
「あ……はい。えっと、わたし……?」
「途中で、いきなり倒れたのよ。なんかあったのかと思ったのだけど、眠ってるだけだったから、そのまま寝かせてたの。ああ、でも起きてくれて安心した。声をかけても起きる様子なかったし、ちょっと心配したわ」
「すみません、たびたび、ご心配をおかけしてしまって……」
という私のおでこをコツンと手の甲で軽く叩いて、コウお母さんが安心したような顔で見てくる。
「ほんとよ。でも今回は事前に呪文のこと言ってくれたから、いくらかは安心できたわ」
なんだか胸がきゅっと、詰まった。
今更ながら、こうやって、心配してくれる人が側にいることが嬉しくて、なんかちょっと照れてきた。
思わず下を向いて、慌てて、呪文の話を戻すことにした。
「多分ですけど、えっと、あの呪文。心を落ち着かせるというか、落ち着かせすぎて、眠りを誘う系のようですね。もしかしたら。呪文を唱える時のイメージで、ある程度調整することもできるのかもしれませんが」
ほかの人を眠らせるとかなら、なんか使いやすそうな呪文だけど、自分眠らせるって使い道があんまり。いや、眠れない夜とかには大活躍だとは思うけれども。
まあ、いいか。とりあえず一気に二つの呪文の効果がわかった。この調子で、バンバン実験しちゃおう。
そのあとも、色々と実験してみたけれど、その日は、新しい呪文の発見はなかった。回復魔法といえば防御力アップ! と思ったけれど、そのイメージで唱えると、気分が高揚する呪文が発動する。どうやら、気分を高揚させた状態で、筋肉に力を入れるとカッチカチに硬くなるので、これで防御力アップということみたい。
なんか私が想像していたのと違うけれど……まあいいか。
でもこの気分を高揚させる呪文、使うと体に負担がかかるみたいで、効果が切れたタイミングでいつも体が痛い。筋肉痛というか、負担かけすぎて筋肉が傷んでしまうみたいだった。だから、この魔法を使ったあとは治癒魔法必須である。









