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転生少女の履歴書  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ
第三部 転生少女の救済期
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起章 英雄に憧れていた女騎士

 なんだか、すごいことになった……。

 城の警護中、とは言っても特にやることもないので、同じ城勤めの騎士仲間といつもどおりくだらない話で暇を潰していたら、何か壁を破壊するかのような大きな衝撃音が響き渡った。

途端に騒ぎ出す周りの様子に狼狽えながらも、どうにか情報を集めてみたら、どうやら、大量の魔物が王都を襲っているらしい。信じられない。


 魔物が王都を襲うなんて出来事、初めて、のはず。

 少なくとも、私が城に仕えて3年間、そんなことおこったことはないし、学校で勉強した歴史の授業でも聞いたこともない。

 魔物は、魔法使い様の結界で封じられてるはずのものなのだから……。

 城には私たちみたいな護衛の騎士がたくさんいるけど、今まで危険なことなんて起こったことがなかった。だって全部魔法使い様がなんとかしてくださるし……。


 自分が駆けつけて魔物がどうにかできるとは思えなかったけど、魔物に襲われてるらしいところへの出撃命令が出たので、駆け足で向かう。


 走りながら、魔物についての記憶を思い出す。書物で勉強をしたことはあったけど、それ以上の情報はない。実際に魔物なんかにあったことなど、当然ない。

 魔法使い様が施してくれる結界で守られた国で、たまにそのほころびから抜け出る魔物がいるという話は聞くけど、そんなこと自体ほとんどない。少なくとも、私が生きてる25年の歳月の中ではそんなものはなかった。

 なのに、今、それが大量に攻めてきている。

 国の危機だ。そして、私は王国の騎士。走りながらそんな事を考えていると、息が上がってきたせいか、妙に気持ちが高揚して、城に務める前のことを思い出した。


 私は、本当は、それなりの商家の男に嫁ぐ予定だったのだ。でも、それがどうしても嫌で、親にわがままを言って、無理やり騎士の道に進ませてもらった。5人兄弟で唯一の娘ということで、親は私に甘い。

 騎士は私の小さい頃からの憧れだった。

 小さい頃から、物語に出てくる英雄達に憧れていたのだ。あんなふうになりたいと、そう思った。

でも、実際その道に進んで、その現状を見て、ただがっかりした。


 城勤めとは聞こえがいいけれど、毎日、同僚とくだらない話をすることぐらいしかやることがなかった。

 王国騎士なんて、大層な名前のくせに、やることなんてなにもない。かといって、それは名誉な仕事だし、商人である親がたくさんお金をつぎ込んで私に与えてくれた地位だ。それに、私も、もうこの安全な城勤めに慣れ親しんでしまい、それを蹴り倒す度胸もなくなっていた。


 ただ、毎日腐った仲間と暇をつぶすだけ……。


 けれど、今日は違う。いつもと違うのだ。

 やっと、自分の仕事ができる、そんな気がする。昔の情熱が沸き上がってくるのがわかった。

 昔憧れていたような強い騎士に。魔法使い様の助けになり、平民を守って。そして、物語に出てくるような英雄に……!


 魔物がいるところに到着すると、気味の悪いでかい羽の生えたガマガエルみたいなのがいた。カエルは苦手だ。しかもカエルの額のあたりに人間のような顔がついてるものだから、余計に気持ちが悪い。

 魔物の姿を確認しようとしたら、私以外の騎士の姿が目に入った。すでに怪我をしている。

 あの気味の悪い魔物に挑んだのだろうか。すごい。名誉の負傷だ。

 膝は震えるが、でもここで尻込みしたら、私は騎士失格だ。


 私は行く! なぜなら私は、王国騎士だ!


 腰に帯剣していた剣を引き抜いて、握る手に力を込める。

 やってやる! 私は! こういうのを待っていたのかもしれない!


 正直、腕に自信はない。騎士になれたのも大商人である父のお金とコネのおかげだ。でも、それでも、何か出来るんじゃないかと思って、足を踏み込んでまさに魔物に突撃しようと、した。


 しかし、気づけば目の前で、魔物がすでに剣で串刺しになっていた。


 ハッと息を飲んで、剣を構えたまま固まる。何が起こった?

 呆ける私の視界に、滑らかそうな服を緩く着こなす人影が見えた。

 焦点をそちらに合わせる。


 その方はつまらなそうな顔をして、首をかしげた。


「……なんで、魔物が。ああ、雨で結界がダメになったのか。面倒だな」

 そう言って、すでに動かなくなった魔物に向かって、何事か唱える。なんといっているのかわからない。おそらく呪文だ。

 するとその方が持っていたランプから炎が燃え上がって、魔物を包んだ。

 魔物は、静かに燃えていく。


 魔法使い様だ。しかもこの方は……次期国王と言われている、現在の王の弟であるヘンリー様だ。このような高貴な方が、なぜ……。


 私が、突然のことにぼうっとつったっていると、ヘンリー様が、私の方をみた。いや、どちらかといえば私の後ろを見た。


 そう思った瞬間、ヘンリー様は私に向かって石のようなものを投げる。そしてその石は、剣に形を変えて、私の頭のすぐ上を飛んで行き、すぐに形容しがたい気味の悪い鳴き声が聞こえてきた。

 慌てて後ろを振り向くと、そこには翼の生えた新たな魔物が、頭の部分に剣を刺されて呻いている。どうやらいつの間にか、魔物が私の背後にまで来ていたらしい。


 私が、ヒッと情けない声を上げている間に、ザスザスと新しい剣が刺さって、魔物は動けなくなった。そして、炎も飛んできて、燃えていく。

 あっという間だった。私は何もできなかった。


 なんだか、力をなくして、膝をついた。いや、違う、王族の魔法使い様であるヘンリー様を前にしているのだ。膝をついて当たり前だ。自然なことだ。

 そう、自然なことなのだ。

 でも、さっきまで魔物を前にして、震えていた膝の方が、まだ力があったような気がする。


「この分だと、他にも魔物がいそうだね」

 独り言なのか、ヘンリー様がそうおっしゃった。

 私は、ただ黙する。王族の魔法使い様にかける言葉などあるわけない。


「君たちは、騎士か。それなら、魔物の片付けでもしてもらおうかな。よろしくね」

 頭を下げている私の頭上で、そう声が聞こえてきた。どうにか短い返事をして、それを承知すると、ヘンリー様は去っていった。

 他の魔物の対処をしに行くのだろうか……。

 私はおもむろに起き上がって、周りを見渡す。いつの間にか魔物を燃やしていた火は消えて、灰のみが残っている。片付けなくては。他にもいた騎士たちも、片付けをするためなのか、ノロノロと動き始めた。

 そして、いまさら、右手に剣を握ったままなのに気づいた。


 私は一体、何をさっきまで思っていたのだろう。魔物を倒す? 英雄のように?

 馬鹿らしい。そんなの無理に決まっているじゃないか。私は、魔法使いじゃない。

 お飾りの剣を腰に納める。こんなものがいつ役に立つというのだろうか。まだ、箒の方が、有用に思えてくる。少なくとも、この魔物の灰を片付けるだけの仕事なら、剣よりも箒の方が使える。



 魔法使い様が倒した魔物の片付けをしていたら、いつの間にか、魔法使い様のおかげで、魔物の脅威を退けることができていた。やっぱり魔法使い様がいらっしゃれば、どうにかなる。

 王都にも降りて、魔物を魔法使い様が倒していく。私たちは相変わらず片付けだ。

 最後の猛攻を、学園で出迎えて防いだ時、魔法の使えない生徒たちがやる気を出していたのは驚いたけど、正直馬鹿らしいと思えた。


 私たちがやる気を出してどうなるっていうのだろうか。結局は魔法使い様がどうにかしてくださる。何をしても無意味だ。


 結界が壊れたのは、王都周辺だけじゃないとわかって、学園の生徒の一部が自領に帰ることになった。

 国から馬車と私たち騎士を貸し出すらしい。私も護衛の任務に当たることになっている。


 折角、安全な城勤めのはずだったのに、運がない。

 だけど、自領に帰る生徒は魔法使い様が多い。

 魔法使い様が一緒ならどうにかなるはず。

 ただ、ルビーフォルン、あそこは……。

 魔法使い様の生まれない呪われた地なんかに行ったら、おそらく生きて帰れない。

 そもそも、魔法使い様が一緒にいないのだから、領地に戻る道中に死ぬ可能性のほうが高い。あそこにだけは行きたくない。


「おい、アズール! こっちに来い!」

 私がぼーっと今後のことを考えていたら、隊長に呼ばれた。

 いつも呑んだくれの隊長だ。

 1年ぐらい前から、酒の値段が急激に下がって、誰でも安くて美味しい酒が手に入るようになってからは、隊長はいつも酒を持ち歩いている。


「よう大商人の娘!お前、計算が得意だろ。悪いがこの袋の中の貨幣を数えてくれ」


 そう言われて差し出された皮袋を受け取る。ずっしりと重たい。中身は金貨に、白金貨まである!


「こ、こ!これ、どうしたんでありますか!?こんな大金!」

 思わず声が上ずった。

「なんか、国からこれでマッチとかいうやつを買い取れって言われてんだ。そうだ、お前も来い。商人の娘なら、そういうの得意だろ」


「いや、私は、商いのことは全然わからないのでありますっ! そういうのは全部兄が学んでおりますので!」

 ビシっと敬礼をして答えたけれど、隊長は気にせず私を目線で促した。


「いいから来い!」

 上司に言われたら私が何を言っても無駄である。

 そのまますごすごとついていく。


 ていうか、『マッチ』というのはなんだろう?


 そんなことを思っていると、商談というか、その例のマッチを作っているという人に会う時間が訪れた。

 驚いたことに相手は、まだ成人もしていない少女だった。

 商人科所属の学園の生徒らしい。

 しかし子供らしからぬ大人びた顔で、さり気なく私たちの様子を観察しているように見える。なんだか、恐ろしい。


 隊長と少女のやりとりを聞いていると、どうやらマッチというのは、手軽に火を起こせる箱のことを指すらしい。学園の生徒達が、魔物を倒すのに使っていたふしぎな箱だ。

 この少女が、あんな魔法みたいな箱を作り出したというのだろうか? ………魔法使いでもないのに?


 しかも、驚いたことにこの少女、出身があの魔法に見放されたルビーフォルン出身で、そこの伯爵令嬢らしい。

 さっきからの子供らしからぬ態度と合わせて、ものすごく不気味だ。

 しかも、うちの隊長が、ルビーフォルンなんてもう滅んでるというようなことを言った瞬間、ものすごくこわい顔をした。

 うちの隊長、ホント、馬鹿だ。お酒を飲んで気が大きくなってるのかもしれないけど、なんでそういうこと言ってしまうんだ。

 そして、最後は、なんか隊長が丸め込まれた感じに終わって、金貨を持って行かれた。


 隊長は、「よーしうまくいったぞー。どうだ見たか。俺もやればできるもんだ。お前を連れてきたが、用無しだったな!」みたいなことを言ってガッハッハと笑っていたけど、あれはどう考えても、上手くいってない。金貨もってかれただけだ。


 そういえば……父から、レインフォレストとルビーフォルンが手を組んですごいことが起こりそうだという話を最近きいたことがある。

 王都に届くお酒は、レインフォレストの商会が運んでくるから、レインフォレスト産だと思われてるが、本当はルビーフォルン産だとも……。

 隊長が持っているお酒をちらりと見てみる。

 今や、お酒は身分に関わらず人々に浸透してきている。それが、ルビーフォルンで開発したものだとしたら……。

 恐ろしい。

 どうしてそんなことができる。だって、ルビーフォルンは、魔法使いの生まれない領地。滅びゆく未来しかないはず。


 けれども、酒に、今回のマッチ。この二つがあれば、魔法使い様がいないなりに豊かな領地となれたのかもしれない。


 でも……もう無理だ。結界が壊れたのだから。

 さすがに、魔法使い様の生まれない領地に魔物が襲ってくれば、終わりだろう。魔物に対抗できる手段がほとんどないのだから。


 ルビーフォルンがもう滅んでいるというようなことを言った隊長の言葉は、軽率だが正論だ。言わないにしろ、みんなそう思っている。

 でも、それでも、彼女は諦めていないような目をしていた。



 彼女は、その後、国から馬車を借りて学園を出た。自分で馬車の手綱を引いて。

 本来なら、国から騎士を配属させ護衛させる予定だったが、ルビーフォルンに配属された王国の騎士がことごとく逃げてしまったので、御者がいない状態だった。


 そのため彼女の知り合いらしい赤毛の女……いや、多分男と二人で、交互に手綱を引いて領地に戻るらしい。

 無謀だ。もう滅んでいるだろう領地のためにそんな無謀なことをする意味がどこにある。

 しかも、彼女は学園にいる同じルビーフォルンの生徒には、状況がわからず危険だからと学園に残らせているのだ。


 私はレインフォレスト領に向かう馬車の護衛役に配属された。学園から出た生徒たちの馬車は列を作って、道中を進む。レインフォレストとルビーフォルンは隣の領地だから、しばらくは同じ道をいくはずだ。


 私はレインフォレストへ向かう一団の一番後ろの馬車の護衛を引き受けた。

 ここからは、後ろを向けばルビーフォルンのあのリョウと言う少女が目に入る。

 自ら手綱を引く伯爵令嬢。荷物も馬車一台分と随分と身軽だ。いや、そうせざるを得なかったのだろう。はたから見れば、貴族の令嬢がこのようなことをするというのは、惨めに思うのに、やっぱり彼女の目には、諦めも、卑屈さも、惨めさも、何もない。


ただすごく綺麗で……何故か小さい頃に胸を躍らせた物語の英雄達のことを思い出していた。



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