魔物襲来編⑬ マッチ作りの少女
私は、王国の騎士2名の後についていって、とある部屋に入らされた。
私が座った反対側に、なんか偉そうな髭面の騎士とおどおどしてる若い騎士が着席して、教頭先生は私の隣に着席。
一体何言われるんだろうなぁと思っていると、騎士の人は早速話を切り出した。
「君にはこれのことをききたい。このマッチという道具は君が用意したもので間違いないか?」
偉そうな髭面が、手元にマッチ箱を持ちながらそう言った。
威圧的な態度で、こんな子供が用意したとは思えないというような顔をして、明らかに見下している。
嫌な感じである。
「……そうです。私が用意して、魔物の脅威に対抗するために皆さんに提供しました」
「本当にか? こんな、魔法使いでもない、子供が……? 嘘はいってないだろうな?」
態度だけじゃなくて、とうとう言葉でも私を疑い始めた。
なんていうか、想像していたよりも斜め上を行く不快さでびっくり。こんな人が、お城の騎士のお偉い人なのか……。
「私から皆さんにお渡ししたのは嘘ではありません」
感情を乗せるとどうしても、荒っぽく答えてしまいそうだったので、淡々と答えるように努める。
「ふん……嘘を言うとためにならんぞ?」
「嘘ではありません」
「ふん、可愛げのないガキだ。まあ、いい。お前が用意したというのなら、城のためにもっと用意しろ。魔物の脅威から城を守るために使う」
え? どういうことだろう?
城のために? 別に城のために使ってもいいけど、全部城のためじゃないよね?
むしろ、王都の魔物は、もう片付けたんだから、ほかの領地の人たちに託すべきなのでは?
「城には強力な魔法使い様もいらっしゃいますし、今の時点で、それほどマッチが必要とは思えないのですが……」
「いいからお前はつべこべ言わずに用意をすればいい。きちんと買い取るんだから文句を言うな!」
そう言って、髭面はテーブルの上に大きな革袋を置いた。ジャラっと聞こえる音から察するにお金だ。相当ありそう。
いやでも、それより何より、この髭面、私のこと、お前って呼んだ……! ちょ、乱暴過ぎない!? なんで、この髭面にお前呼ばわりされなくちゃいけないんだ!
それに、城にマッチをよこせって……城を経由してほかの領地の人にも振り分けてくれるということ……?
「用意したマッチは他の領地にも振り分けてくださるということですか?」
「まあ、多少は分けるだろう。だが何よりも城の防衛が優先だ。当たり前のことだ」
髭面が、相変わらず偉そうな顔で、そんなことを言った。
なんとなくわかった。こいつは嫌なやつだけど、だからこそ、わかりやすい。
マッチを城で生産したとして、他の領地に振り分けるつもりがほとんどないんだ。
だいたい城でマッチを作ったとして、ほかの領地に届けるためには、誰かが危険な長旅をしなくてはいけない。
城に残ってぬくぬくしようとしている騎士達がその仕事を受け持ってくれるだろうか。
国は、城と王都の自衛のことしか考えてない。考える余裕がないのかもしれないけれど、それでもひどすぎる。
でも、ここでマッチ作りを拒否したら、後々面倒そうではある。このマッチを用意しろ的な命令は上からの命令だもの。
あまりことは荒立てず、城で使うだろう必要最小限の数を用意して、そそくさとルビーフォルンに帰るというやり方がスマートなのかもしれない。
私は、一言許可をもらって、革袋の中身を見させてもらった。金貨に、白金貨まで入っている。想像以上にたくさんある。
この金額と引換って、どれくらいのマッチをほしがってるんだろうか……。
「ちなみにどれくらいの数をご所望なのでしょうか?」
「たくさんだ!」
「たくさん? 私もマッチを提供した後に、自分の領地に向かいたいので、そのような曖昧な指示では困ります」
「いや、お前は、領地に帰らなくていい。城でマッチを作れ。人手も貸そう」
それって、私は領地に帰らずに、ただ城の人のためにマッチをつくり続けろってこと?
そんな、無意味なこと……。
「そのようなことはできません。だいたいたくさんマッチを城に所持して何に使うのですか? マッチは、外に出るもの、火がすぐに消えてしまうような環境下で魔物に立ち向かうものが持って、始めてその真価を発揮します。燭台の灯った城の防衛にマッチがそんなにたくさん必要だとは思いません。ランプに火を灯して風が当たらない場所にいればいいじゃないですか」
私が思わず、語気を荒げて、怨念を込めて言うと、ちょっと髭面がビクッとして、目をそらした。
「何をそんなに怖い顔をするのだ。わざわざ領地までの危険な旅をしなくていいのだ。それにお前はたしかルビーフォルン出身だろう? 魔法使いの生まれない領地になど戻ったら死ぬだけだ。行かずに済んで逆に運がいいじゃないか。
他の領地からは光の精霊使い様によって、救援の連絡を受けているが、ルビーフォルンは何の連絡もない。もう滅んでるかもな、ハハ」
え? ……何がおかしくて今笑ったのかよくわからないんだけど。
ルビーフォルンから連絡がないのは、心配だけど、多分、光の精霊を扱える魔法使いがいないだけだと思う、多分。
大丈夫。ルビーフォルンは、大丈夫だもん。
それよりもこいつ。本当に嫌だ。
「ルビーフォルンの人は、皆さんが思っているよりも逞しいです。無事でいてくれてます。私は一刻も早く領地の無事を確かめたいので、城に残ることはできません」
「なんだお前は、変わった奴め。それなら、そうだ、作り方を書いて残していけ。城の誰かに教えるんだ。それでいい」
絶対にやだ! どんな使われ方されるかわからないし。
それに、マッチは、配合をひとつ間違えれば火薬にもなりうる。
そんなものをこいつらに託したくない。
「残念ながら、それもできません」
「なんだと!? 国に逆らうつもりか!?」
「逆らうつもりなんて、ありませんよ。ただ、私がマッチを用意して提供したのは事実ですが、作り方を知ってるわけではありません。ルビーフォルンで密かに研究していたものなのです。それを伯爵様から融通してくれていただけ。だから、私が城にこもって作ることもレシピを提供することもできかねます」
私が、笑顔でいけしゃあしゃあといってのけると、髭面は顔を赤くさせた。
「なんだそれは! ふざけてるのか! 自分で作れないなら最初からそういえばいいものを!」
「勝手に勘違いされたのはそちらだと思いますけど。それに……こんな子供にそんな大層なモノを作る技術があると本気でお思いになったのですか?」
最初に、この小娘が? みたいな侮った目で見てたのはそちらじゃないか。
「無礼だぞ、小娘! 王のために尽くす気持ちがないのか!」
正直、あんまりないんだけど。むしろ学園でみんなで力を合わせて、魔物を引き寄せたりしたわけだし、もう十分に貢献したと思うんだけど。
「……尽くす気持ちはありますよ。もちろんです。マッチだって、提供したいです。ですから、これはどうでしょう? 私は準備が出来次第ルビーフォルンに戻ります。騎士様達も一緒に同行してください。マッチの作り方を伺って、城に帰ればいいのです。皆様がルビーフォルンまでの危険な旅路と、ルビーフォルンでの生活に耐えられればですけれど」
私が、すごくいい提案でしょう? とばかりに満面の笑みを浮かべると、騎士はぐぬぬと口を悔しそうにしかめた。
そして、隣に座る若そうな騎士に顔を向けた。
「よし、お前行ってこい。この小娘に同行し、ルビーフォルンからマッチの技術をもらってくるのだ」
それまで黙っていた若そうな騎士はいきなりそんな話を振られて、明らかに狼狽えた。
「ええ! そんな、いきなり、隊長ひどいですよ。そんな危険なこと……!」
どうやら若い騎士も嫌らしい。ルビーフォルンってどんだけ嫌われてるんだって話だけども。
まあ、いいや。それも想定内だ。
「騎士様」
私はそう呼びかけて、今日一番のとびきりの笑顔を見せた。可憐な少女らしい微笑み。コウお母さんと一緒に研究に研究を重ねて作った私が最も美しく見える微笑みである。
その顔で、髭面を見つめる。
私のとびきりの微笑みを見て、髭面の顔つきが少し変わった。おお、こいつなかなか可愛いじゃないかって気がついたような顔。
「すみません、騎士様。わざわざお城にお勤めの方を呼び寄せるようなことは申し訳ないですね。ルビーフォルンにつきましたら、伯爵様に事情をお話して、お城にマッチを届けるようにいたします」
まあ、マッチを提供するのは城だけじゃないけど、ほかの領地にも提供するけど。むしろ城行きのマッチなんて、出来が悪いやつとか流そうかなってぐらいだけど。
そんなことを内心思っていることなんて、悟られぬよう、引き続き可憐な少女らしい可愛らしい微笑みで、髭面を見つめる。
あたかも、国のために私頑張りたいのっていう献身的な乙女な感じで。
そんな私の殊勝な態度に一転気分を良くしたらしい髭面は、にやけた顔をして、頷いた。
「そうだな。それがいい。ルビーフォルンについたら、即刻マッチを作って、城に送るように。うむ」
はいはい、じゃあそれで、解散!
これ以上こんな奴と同じ部屋の空気を吸いとうない!
あ、でも、一番大切なことを言っとかないと。
「あ、マッチの買取料金は前払いでお願いしますね」
ふふ、とダメ押しにおちゃめな笑顔を作って、テーブルから金貨の入った革袋をふんだくると、とめる暇も与えず、そそくさとその場を退席した。
そそくさと退出したことが功をそうしたのか、特に止める声も聞こえなかった。
ただの口約束なのに、こんな大金を与えるとはお城というのは太っ腹である。それとも、あの髭面がよく理解してないだけなのかもしれない。
王族や魔法使い様に物を捧げるのは当然の極みであり、光栄なことであり、義務であると信じ込んでいて、そうしないなんてことを考えてないのかもしれない。
あの髭面のヒゲはいつか燃やそうと脳内ブラックリストに髭面の顔を焼き付けていたけれど、そう思うとなんだかかわいそうな人かも。
まあ、ブラックリストにはいれとくけど。
「リョウ君、だいじょうぶか?」
私と一緒に部屋を退席した七三の魔法使いが心配げに声をかけてくれた。
「大丈夫に見えます? 最悪な気分ですよ」
そう言って、歩きながら肩を竦めると、七三はすまないと小さく謝った。
「別に、いいですよ。教頭先生のせいではありませんから。それに、マッチの作り方をしらないといった私の話に突っ込まないでくださってありがとうございました」
「当然だ。城のやり方は私も気に入らない」
教頭先生の言葉に、ちょっとだけ驚いて、改めて先生の顔を見る。
……本当になんか雰囲気、変わったね。
「教頭先生、手持ちのマッチは大丈夫ですか? 実は材料がもう手元にはないので、すぐに作ることはできないんですけど、足りそうです?」
私は立ち止まって、手持ちのマッチ箱の数を確認するためカバンの中身を見る。
「私は大丈夫だ。それに、私は、国からこのまま学園の防衛を言いつかっている……正直、もう魔物と戦闘になることはないだろうと思うから私が持っていても意味がないだろう。できることといったら、あの校長が大きな罪を城に着せられないように手回しするぐらいだ。だから、領地に戻る予定の火魔法が得意な生徒に、マッチもいくつか渡すつもりだ」
「そう、ですか……」
いや、教頭先生落ち着きすぎじゃない? 精神安定剤のマッチが少なくなって、大丈夫なの?
私が、この人実は七三教頭の偽物なんじゃあ? と思って疑ってみていると、おもむろに七三が、マッチを3箱取り出して、私に渡してきた。
「ルビーフォルンにもどるなら、マッチを持って行きなさい。ルビーフォルンにはグローリアがいる。彼女にこれを渡すのだ」
グローリア……?
グローリアってたしか……バッシュさんの奥様のことだ! ルビーフォルンの数少ない魔法使いのお一人。病気がちでほとんどお目にかかれないけれど。
「しちさ……トーマス先生、奥様とお知り合いなんですか? それになんでマッチを?」
「グローリアは私の妹だ。そして、優秀な火魔法使いでもある」
へぇ、グローリア奥様って火魔法使いだったんだ。知らなかった……って、ええ!?
七三の妹さんだったの!? ということは、私は、つまり、名目上は私はグローリアさんの養女なわけだから、
もしかして、トーマス教頭って私の……!
「先生って、私のおじ様だったのですか!?」
「まあ、そういうことだな」
やだ、私ったら、知らなかったとはいえ親戚とマッチの闇取引をしていたのか。
「それよりもマッチを必ずグローリアに渡して欲しい。彼女の力はきっと領地を助けるだろう」
「ありがとうございます。でも、マッチは私の分も多少は残ってますし、材料はルビーフォルンでたくさん取り寄せているはずですから、いくらでも作れます。だから、大丈夫です、トーマス、えーっとおじさま?」
いや、なんか自分で言っておいて、なんだけど今更おじさまって、なんかやりづらいんだけども!
「今までどおり先生でいい。調子が狂う」
ですよね! 私も同じ気持ちです!
「だが、このマッチはグローリアに必ず届けて欲しい」
そう言うと、トーマス教頭は強引に私にマッチを一箱握らせた。
なんだろ、何かあるのかな?
まあ、そこまで言うなら、わざわざ突き返さないけど。
私は「わかりました」といって、マッチ箱をカバンに入れた。