魔物襲来編⑫ 校長先生のお話
王都の様子を見に行くと、降りてすぐはほとんど無傷で、魔物に襲われてたのなんか嘘みたいにいつもどおりだった。
とは言っても全くの無傷というわけではない。学園から少し離れた居住区に行くと崩れた壁や、穴の空いた屋根の家なんかも見えてきた。
心配だった私が経営していた酒場は、一店舗だけ、一部の壁が崩れていた。でも、怪我人がいなかったのでそこだけは、安心した。
王都の人と一緒にがれきの片付けや、コウお母さんと一緒に怪我人の治療を手伝いながらしばらく過ごす。
アランを連れてきて良かった。アランの土魔法で、崩れた家屋は、すぐに元通り。アラン魔法使い流石である。
しばらく王都で泊りながら手伝いをしていたら、学園から招集がかかった。
今後の予定や、各領地の様子がわかったので、生徒を全員集合させて話があるらしい。
私はアランと一緒に、再び学園にもどると、カテリーナ嬢やサロメ嬢、シャルちゃんやリッツ君が既に講堂に揃っていた。
「リョウさん、久しぶりね! あら、なんか小汚くなったのではなくて?」
久しぶりに出会ってそうそうカテリーナ嬢が失礼なことを言い始めた。
王都で結構忙しくしてたんだから、着るものがちょっと汚れるのはしょうがないじゃないか! 一応これでも綺麗な方の制服を着てきたよ! ていうか、そういうカテリーナ様だって!
「カテリーナ様も、いつも鋭く光っていた縦ロールがなよってしてますよ」
「しょうがないじゃない! 学園の片付けとか修復とか結構大変だったのよ!」
「私もです! ……でも、元気そうでよかった」
私がそう言うと、お互い笑顔で抱き合った。サロメ嬢とシャルちゃんも近くにいたので、お互い笑顔で久しぶりに出会えたことを喜び合う。
「シャルちゃん、そういえば、ご家族は大丈夫でしたか?」
「実は、家が崩れてしまって……でも、大丈夫です。お父さんもお母さんも、ちょっと怪我をしてしまいましたが、無事です。家も、魔術師の方が直してくれるみたいで、今は順番待ち中です」
そう言って、笑ってくれたけれど、ちょっと顔が疲れてる感じがする。やっぱりいろいろ大変だったよね。でも、無事で良かった。
「落ち着いたら、ご両親のお見舞いに行きますね」
「ふふ、大丈夫ですよ、そんなに気を使わないでください。今では普通に動けるぐらいなんですから。それにしても、なんだかこうやって皆さんが揃うのって久しぶりに感じますね」
確かに!
会えなかったのは、数日なのに、なんだかすごく懐かしい感じがしてしまう。
「あ、校長先生がきたよ! そろそろ今日招集した理由が分かる」
リッツ君がそう教えてくれて、久しぶりの再会を喜び合っていた私たちは、講堂の壇上に注目した。
周りの子たちも、校長先生の登場に気づいてざわざわとし始める。
よく見ると、講堂の中は、私達生徒だけじゃなくて、城の鎧を身につけた騎士風の人たちが配置されていた。
なんだろう。なんだか見張られてるみたいで嫌な雰囲気だな。
「みなさん。よく集まってくれました。そして先日の学園の危機には、みんなで立ち向かってくれて、本当に嬉しかった。こうやって、無事に顔を合わせることができたのも、みんなの頑張りのおかげだと思っています。本当にありがとう」
そう言って、校長先生は頭を下げた。
影の薄い感じの校長だったのだけど、魔物の襲撃が来たときは、きちんと指揮を取ろうとしたり、怯えた生徒たちのフォローを率先して行っていた。
どちらかというと、戦友のように思う気持ちもあって、そんな校長が頭を下げたのを見ると、なんか、『ええんやで! 私と君の仲じゃないか!』と言いたくなってくる。
まあ、実際そこまでの仲ではないのだけれども。けれども校長の謝辞に驚いたのは私だけじゃないみたいで、講堂にいる生徒も少しざわついた。
「そして、ここから本題に入る。領地の情報も集まり、城からの要望もまとまった。私は君たちの今後について今から大事な話をする」
校長先生は、そう前置きをおいて、今現在国が置かれている状況を話し始めた。
国の状況は、おもったよりも深刻らしい。
結界が壊れたのは、やっぱり王都周辺の森だけじゃなかった。
王都周辺は、魔法使いの人口密度が多いので、比較的被害を少なくできたけれど、ほかの領地ではそうはいかない。
それぞれの領地に、大小あれど、魔物の被害が出ているらしく、城に対して、救援を求める声がたくさん届いているとか。
つまり、魔物を倒すため、もしくは壊されたものを元に戻すため、結界を修復するために魔法使いをよこして欲しいということだ。
城はその要望に対して、できる限り応えていきたいが、派遣できる魔法使いが用意できそうにないという現状らしい。
「生徒の中には、領地に戻ってきて欲しいと言われている者もいるかもしれない。特に魔法使いの生徒は、そう言われている生徒が多いことだろう。また、そういった話はなくても領地の現状を確認するため戻りたいという生徒もいるだろうと思う。そのため、長期休みまではまだ期間があったが、本日から新年度が始まるまでを休校とする。もちろん、寮自体そのまま使える。領地は危険だから戻ってくるなと言われている生徒もいるだろうと思うので、そういった生徒はこのまま寮の部屋に暮らしてくれて構わない。また、城からは、もし領地に戻る予定の生徒がいれば、道中魔物が出る可能性があるとし、わずかな護衛や馬車を用意してくれるそうだ」
そう言った、校長先生の顔が突然渋くなる
そこで、さっきからずっと校長の声を届けていた風の魔法の感じが変わった。少しばかり耳鳴りもする。
「使用されてる魔法が、変わった? 声が、僕たち生徒にしか届かないようになってる……」
リッツ君がそうこぼす声が聞こえた。そしてすぐ後に、直接耳に響くような校長の声が聞こえてきた。
「私は、正直、国の対応……いや、王族の対応には失望した。領地に派遣する魔法使いの余裕がないとは言っているが、国は王都にいるほとんどの魔法使いを、まだ魔物の脅威に晒されているかもしれない領地に派遣する気がない。城や王都の防衛に必要だと言って、手放す気がないのだ。王は、しなければならない役割を放棄している。城にいる騎士は腐敗し、領地に戻る生徒には騎士の護衛を付けるとは言っているが、各領地を巡る危険な旅路に自ら参加しようとする騎士は少ない。ついてきてくれる城の護衛も僅かなものだろう。それでも、ここにいる生徒達は、領地にもどらなければならない者もいると思う。領地の無事を祈りながら、道中襲われるかもしれない魔物の恐怖に耐えて進む旅は、決して楽じゃないだろう。だが、私は確信している。先日の魔物の脅威を退けることができたこの学校の生徒ならば、必ずや魔物の脅威にいまだおびえている人々の救いになる。魔法が使えるものも、使えないものも関係ない。君たちは、皆、それだけの力を秘めている」
講堂中の生徒が校長の言葉にしんと静まり返った。私も思わず息を止めていた。あの、ちょっと頼りなかった校長が、なんかすごくかっこいいことをいってきた……。
しかし、校長先生の演説の後に、様子が変なことに気づいた城の騎士が数人がかりで、校長を押さえつけに来た。
生徒たちも思わず立ち上がって、無礼な騎士に飛びかからんばかりだったけれど、それを校長自身が止めた。
「私のことはいい。これからのことはトーマス教頭先生に任せてある。彼の指示に従いなさい」
校長はそう言うと、騎士に拘束された状態で、講堂から出て行った。
校長先生……。あれって、お城の人に怒られたり、罪に問われたりするんじゃないだろうか。
名前もちょっとおぼろげなぐらいなのに……。たしかボルジアナ校長、だった、ような。
そんな印象も髪の毛も薄い校長がなんでそんないきなりかっこいいことしてくるんだ。
「先ほど校長先生が説明したとおりだ。領地に行くものは、声を掛けるように。城の者に伝えて、馬車や騎士を手配してもらう。では解散だ。あ、それとリョウ=ルビーフォルン、後で私のところに来るように。城のものから話があるようだ」
校長の代わりに舞台に上がった教頭がそう言うと、お久しぶりの学園集会は終了した。
そして、なんか私呼びつけられた。
いや、呼びつけられるような気はしていたけれど。多分、マッチのことだよね。
正式にお披露目発表する前に、使いまくってしまった。緊急事態だったから仕方が無かったとはいえ、マッチの存在を知られたのだから、城から何かしら言われるかなとは思っていた。
一旦、全校集会は解散。生徒たちは、校長先生のことを話したり、これからのことを友人達と相談し始めたりと、ざわざわ騒がしくなっていく。
とりあえず、私は呼び出しくらったので、いかないと。
重いため息をつくと、隣からアランの声が聞こえてきた。
「呼び出されてたな……一人で大丈夫か?」
「大丈夫ですよ」
そう言って、できる限り笑顔でアランの顔を見る。
気づけば、シャルちゃんやカテリーナ嬢達も、私のことを心配そうに見てくれていた。
……ありがとうみんな。
「多分、マッチのことです。どんな話になるか、わかりませんが……うまいこといかせますから」
そう言って改めて笑顔でみんなの顔を見た。
そうだ、大丈夫。はじめての大きな商談、多分そういう感じの話だ。
私はみんなと別れて、教頭先生のところへ向かうと、そのままお城の騎士達と一緒に講堂を出た。