魔物襲来編⑥ ごめんね
「リョウさん!」
慌てて駆け寄ってきたサロメ嬢が、私の肩に手を置く。
「お腹の、傷を見せて……。し、止血すればどうにかなるかも、しれないわ!」
いつも余裕のあるサロメ嬢にしては必死な声だ。震えている。
騎士科の生徒として、練習で怪我を作ることも多いから、私の傷が通常ならばヤバイってことがわかってるんだと思う。
どうしよう。なんて言おう。
サロメ嬢が心配の声をかけてくれたあたりで、既に治癒魔法が完了して、私の体はピンピンだった。
多少の疲れた感はあるけれど、すでに全然元気である。
どうやって、すでに傷が癒えたことをごまかそうか……。
いや、このメンバーなら、別に誤魔化さなくても良いんじゃないかな……。治癒魔法のこと、言ってもいいんじゃないかな?
でも、普通の人が魔法を使えるかもしれないっていう事実は、この国を揺るがす事実だと思う。それをみんな冷静に受け止めてくれるだろうか。
それに王族が隠したがってることでもある。魔法の副作用だってあるかもしれないし……。
それをみんなに共有することって、みんなに責任を負わせることになるんじゃ……。
「リョウ! 止血しよう、早く!」
そう言って、アランが、顔を青白くさせながら、私の服をむしり取ろうとしてきた。
ちょ、やめて! この! このエッチ!
服を掴むアランを思い切りつき飛ばす。
「もう! 大丈夫です! 傷はありません!」
「そ、そんなわけないじゃない! 制服に穴だって空いてるし、血だらけなのよ!? いいから傷を見せなさいよ!」
カテリーナ嬢が私の制服の穴を指しながらそう言ってきた。
みんな私を見てる。私のことを心配してくれてる。
心配をかけてしまったこと、申し訳なく思うけど。
治癒魔法のことをみんなに知ってもらいたいという気持ちと、知らせずにこのままでいたいという気持ちがせめぎ合ってる。
治癒魔法の存在を発見したときは、素直に新しい発見に驚いたし、嬉しかった。
でも、日が経つにつれて、物凄く怖くて、なんだか重たいものを背負ってしまったような感覚もある。
それぐらい今まで魔法が使えなかった人が、魔法を使えるかもしれないということは、正直私の身に余るぐらいの重大なこと。
みんなにこの話をしたら、今までどおりでいてくれるだろうか……。
私が、みんなにも知ってほしいと思っている気持ちの中に、ただ重すぎる秘密をみんなと共有して、自分の身を軽くしたいというずるい気持ちがないと言える?
「しょうがないですね」
私はそう言って、服にできた穴を力いっぱい引っ張って、服を裂いた。
脇腹を見せる。血で濡れて赤い。
さっき私が流した血だ。でも、もう傷はふさがってる。
「血だらけに見えますけど、全部あの魔物の血ですよ。返り血です」
そう言って、多分止血用に出してくれたらしいハンカチをサロメ嬢から受け取る。
血を拭き取ると、傷一つない私の脇腹が見えた。
……治癒魔法すごい。
「服はダメにしてしまいましたけど、こう、お腹をくねらせて、体には当たらないように、していたんです!」
そう言って、元気よく立ち上がる。ほら、無傷でしょー! っていうアピールのために。
「信じられない。ほ、本当に?」
「で、でも確かに、傷、ないわ」
サロメ嬢とカテリーナ嬢が驚いた顔で私を見る。
「リョウ様! ご無事で! ご無事だったんですね!」
横からシャルロットちゃんが体当たりのようにぶつかって抱きついてきた。
思いのほか威力が高かったので、一瞬体がよろめいたけれども、どうにかこらえて、シャルちゃんを受け入れる。
ものすっごい体当たりだね、シャルちゃん。
私は傷が既に完治してるからいいけれども、病み上がりの方はもっと労ろうね。
「よかった……! リョウ様、よかった……!」
シャルちゃんは私にしがみつくようにして泣いていた。
ごめん……心配、いっぱいかけちゃったね。
「シャルちゃん、さっきはありがとうございました。すごい魔法でしたね。あの魔物が一瞬で溶けるようにいなくなりました」
そう言いながら、さっきまで魔物がいた場所をみると、魔物の残骸らしき黒い水たまりのようなものが出来ていた。
「ぐすっ、魔物って……もう、死んでるようなものみたいなので、ぐすっ、触れることができれば、腐らせるこ、と、ぐすっ、できるみたい、です。それよりも、リョウ様が無事でよがっだ!」
そう言ってシャルちゃんが号泣している。
魔物は既に死んでいるようなもの? でも確かに不死身っぽい丈夫さはある。
アランたちの魔法の効きは悪いみたいだったけど、シャルちゃんの魔法はずいぶん効いたな……。
「シャルちゃん、泣かないで。私、なんともないんですから」
泣いてるシャルちゃんを励ますように肩に手を置いてそう言うと、視界の端に鋭利な縦ロールが揺れた。
「それよ、それ! リョウさん! わたくしは、納得いかないわ! 無傷だなんて、ありえないもの!」
カテリーナ嬢がプンスカ怒ってる。隣でサロメ嬢もうんうん頷いている。
「納得いかないって言われても、実際、傷がないですし。目の錯覚か何かでそう見えただけですよ」
私がそう言うと、カテリーナ嬢はぐぬぬとでもいいそうな顔で黙った。
「カテリーナ様、大丈夫ですよ! 私わかります! リョウ様は元気です! 死の精霊が全然いないですから!」
シャルちゃんのその言葉を受けて、カテリーナ嬢は私の顔を私の脇腹をしばらく交互に見つめてから、フーと息を吐く。
「まあ、確かに実際傷がないんだものね。わたくしがとやかくいったところで、リョウさんの言うとおり、目の錯覚、なのかしら……」
そう言って、首をかしげたカテリーナ嬢の瞳には追求の色は見えない。どうにかみんなをごまかせそうだ。
だって、実際傷がないのを見たら、錯覚だとしか思うしかないしね。
「すごく、ハラハラしたけど、みんなが無事ならよかった。シャルも保健室から連れ出せたわけだし、そろそろ講堂に戻ろう」
「確かに、そうね。また違う魔物でも来たら厄介だわ」
リッツ君の提案に乗る形で、私の話は終わり。
みんな帰還モード。よっし、どうにか乗り切れた。多少の疑惑は残ってるだろうけれども、深く追求されなくて済んだ。
それより、急ごう。急いで。講堂に行こう。
これ以上、魔物がうじゃうじゃいるかもしれない学園内の庭になんか一秒たりともいたくない。
前に進んでいくみんなの後を追うようについていこうとしたけれど、隣にいるアランが動かないで私を見ている。
「リョウ、俺は、目の前で見たんだぞ。リョウに角が突き刺さるのを……! リョウが、だって、俺の前に来たから! 角が刺さってないなんて、そんなことあるわけない!」
あの時、アランを庇う形で前に出た。
私に角が突き刺さる現場を目の当たりにしていたアランは、みんなと同じようにごまかされてはくれないみたい。
「でも、そんなこと言われても、実際傷は、ないんですよ?」
私は悟られないように、そう言って、できる限り余裕そうな笑みを浮かべる。
「リョウが、何を隠してるのか知らないけど……」
そう言って、アランは私の方に近づいて、そのまま手を伸ばして、私の背中に腕を回した。
ちょうど抱かれるような形になって、アランの肩に自分の顔が当たる。
気付かなかった。アランは、私よりも背丈が伸びてたのか。
入学したときは同じぐらいだったのに。
「無茶、するなよ。お願いだから。俺を庇ったりなんかするなよ! 俺、リョウに何かあったら辛い。大事なんだ!」
そう言って、私の背に回したアランの手に力が入る。その手がまだ震えていて、申し訳なく思った。
アラン、私もね。同じ気持ちだよ。
アランやみんなが傷をつけられたり、辛い思いをするのは見たくないんだよ。
自分を大切にして欲しいって、小間使いの時に、カイン様にも言われたね。
私、あの時よりも、自分を大切にしてるよ。
さっきは自分でも驚くぐらいすごい無茶をしたと思う。
でも、多分、同じようなことがあれば、やっぱり同じようにするよ。そうしてしまうと思う。
治癒魔法なんて見つけちゃったから、自分の傷はいくらでも癒せるって思うと余計に……。
だから、ごめんね、アラン。無茶をしないで欲しいっていうお願いには応えられない。
私はアランに何も応えられない代わりに、ゆっくりとアランの背に手を回した。
これで少しでもアランの震えが止まればいい。少しでも安心してほしい。
アラン、わがままな親分で、ごめんね。
連続更新3日目最終日でした!
次回はまた来週の水曜日か木曜日か金曜日あたりで考えてます。
トーマス先生が登場する予定です。
そして、人気投票のご参加、本当にありがとうございます!
感想などもたくさん頂けて、とても励みになりました!
人気投票は4/5まで投票受け付けていますので、まだまだ間に合いますよ!
さっきカレンダー見て気がついたのですが
去年の4/2に小説家になろうさんで第一話を投稿していたみたいで、
なんと今日でちょうど一年でした。
一周年記念日に更新できてよかった……!
いつも読んでくださって、ありがとうございます!
まじありがとうございますエクストリーム感謝って感じです!
今後もどうぞよろしくお願いします。









