魔物襲来編⑤ 魔法の剣が効かない魔物
魔法の剣が効かない魔物がいるから、王都では、魔法で剣を作らずに、普通に鉄を使って、剣を作っているところがある。クワマルさんはそう言っていた。
あの魔物に無数に刺さった剣は、アランがつくった魔法の剣だ。それが効いてない。つまり、あれは、魔法の剣が効かない魔物。
そして、そういう魔物は、他の魔法の効きも悪いのかもしれない。
私は、スカートの下に忍ばせていたクワマルの兄貴からもらった神殺しの短剣を握り締めた。
無骨な短剣だ。柄も短いし。これをあの魔物に当てるには、かなり近づかないといけない。
魔物は、助走をつけてこちらに来ていた。またカテリーナ嬢の風魔法で体制を崩すかと思ったが、大きく跳躍して、魔法を避ける。
このままだとこっちにくる!
咄嗟に、近くにいたシャルちゃんを押し倒して、その隣のリッツ君を蹴り飛ばす。
視界の端にサロメ嬢がカテリーナ嬢を守るように押し倒すのが見えた。
魔物は、剣を手に持って飛んできた。突然の魔物の攻勢に出遅れた私たちに、剣が届く可能性がある。例えば伏せているサロメ嬢達に剣を投げたら……?
お願いだから、魔物の剣の矛先は全て私に向いて欲しい!
私は、一人立って、魔物を見据える。私が一番狙いやすそうに見えるように。
私はいくら傷ついても、治癒の魔法があるもの、私に当てて!
喉をやられないように、そこにクワマル印の短剣を盾のように構えて、魔物を迎え撃つ。
魔物と目があった。
攻撃の当てやすそうな私に剣の矛先が向かってきている。
とりあえず、致命傷だけ受けないようにすればいいんだ!
みんなが怪我したら、私癒せない。そのまま私だけに向かってきて!
祈るように身構えたけれど、予想していた斬撃は、私におりてこなかった。
攻撃の矛先が他の誰かに変わったわけじゃない。
目の前で魔物がもっていた剣が崩れた。
「あの剣は……ハァ、俺が作った剣。さっき解除の呪文で消した。ハァ、それよりも、なんでお前は避けようとしないんだよ!」
アランの声を聞いて理解した。どうやらアランが魔法で崩してくれたみたいだ。
あの跳躍の勢いで、私達の横を通り過ぎて少し先まで進んでいた魔物は、振り返って立ち止まる。武器を失って心なしか残念そうに呻いた。
でも、あの魔物の武器は剣だけじゃない。
頭に一本の角が生えてる。
魔物は自分の頭の角を誇るように何度か上下に動かすと、こちらを見据えて突進してきた。
私たちはまだ体勢を整えていない。
立ち上がっているのは、私とアラン。
でも、そのアランが突然座りこんだ。土関係の魔法でも使うのかと思ったけれど、そんな様子じゃない。
息が、荒い。
そういえばアランは、今日どれくらい魔法を使った? 魔法は使うと体力を消耗すると聞いている。
魔物は、体勢を低くして、あきらかにアランに向かっている。
だめ、絶対に、だめ!
ドン! と想像よりも大きな音が聞こえてきた。
魔物は、ひょろそうな体つきだから、そんなに衝撃はないんじゃないかって思ったんだけど。
私は足腰踏ん張らせて、魔物の頭を抱えた。体が魔物の衝撃でズズと後ろに少し下がる。
そして、魔物の角は、私の脇腹の辺りを貫いていた。
アランに当たる前に、私が突っ込んでいったからだ。
魔物が、変な動きをする前に、しっかり魔物の頭を抱える。
そして、魔物は抵抗するように両腕を上げてきたので、ナイフで、まず右腕の腱を、そして、素早く左の腕の腱を切った。
本当は、切り落としたり出来たら良かったんだけど。
腕の力を素早く削ぐことを優先したかったから、腕を切り落とすまではいけなかった。
それに、意外と硬い。いのししを捌いてきた私の捌き力でもっても、切り落とすというのはなかなか難しい。
ヒョロイ腕なのに……。
腱を切られた魔物の腕はだらんと下がる。
やっぱり神殺しの短剣ならこの魔物を傷つけることができるんだ。
でも、下半身は馬の魔物。まだ足腰がしっかりしてる魔物が私の体に角を突き刺す力に衰えはない。
どうにか、魔物の力に抗いながら、魔物の細い首に神殺しの短剣を突き刺した。
魔物は、突然の痛みに、呻いて首を振り始めた。
必死に、頭を抱く力を強くして、動きを封じる。
鈍い痛みが、体中に走る。
でも押す力が弱まってきた。
このまま首を……切り落としてやる!
動きの速い魔物に、こんな至近距離でナイフをさせるチャンスなんて、そんなにない。
お腹、痛いけど、このチャンスにかけないと。首をこのまま切断しないと……!
でも、どんどん短剣を突き刺す私の腕に力が入らなくなってきた。
「リ、リョウ! そんな、お前……」
アランが立ち上がっている気配を感じた。震える声でそう言っている声が聞こえる。
頑張らないと、でも、手に力が入らない。
お腹を貫かれてる影響か、思うように動けなくなってきてる。
私はすがりつく思いで、アランにお願いした。
「アラン、お願い、力を……! 貸して! この短剣でこいつの首を切り落として……!」
「それより、リョウ、お前、なんで、魔物から、離れろよ、血が……!」
そんなこと言ってないで、早くして、アラン! そう思って、後ろを振り返って様子をみると、青白い顔をして私の体から突き出た魔物の角を見ているアランがいた。
……アランは、動いてくれそうにない。
もっと後ろで、サロメ嬢が呆然とした顔をして、こっちを見ている。
サロメ嬢なら……剣の扱いも慣れてるはず……。
彼女と視線を合わせた。彼女は、私が言いたいことを理解してくれたようで、泣きそうな顔でこっちに向かってきてくれた。
よかった。これで、こいつの首を落とせる。もう少しだけの辛抱だ。
そしたら、治癒の呪文を唱えれば……いい。きっと治る。
あ、でもこれで治らなかったら、悲惨だな……。
あと、この魔物って、首落としたら動かなくなるってことでいいよね?
首なしの状態で暴れられる可能性も……魔物って不死身だからなぁ。
そんなことを思いながら、こっちに駆け寄るサロメ嬢を見ていると、私の左隣で、何か呪文を唱える声が聞こえてきた。
左側を見ると、いつの間にかシャルちゃんが、いて、魔物の肩の部分に爪を立てて強く握っていた。そして今まで見たことないような顔をして泣いている。
「よくも! よくもリョウ様を! 死にぞこないのくせに! 腐って失せろ!」
シャルちゃんから発せられたとは思えない暴言が聞こえてきたかと思ったら、シャルちゃんが爪を立てていた部分から、魔物が黒ずんで、どろどろと溶けるようにゆっくりと崩れていく。
腹に抱えた魔物の頭から「ハフゥ」というため息みたいな声が聞こえたかと思うと、急に魔物の力がなくなって、ぐったりとした。
シャ、シャルちゃん、すごい。
私は、魔物を抑えていた左腕を離すと、魔物の角をそのまま腹から引き抜いた。
思ったよりも大量の血が自分から出てるみたいで、服が赤く染まる。
血を流しすぎて、声が出なくなる前に、呪文を唱えないと……。
「死ね! 死ね! 腐って死ね!」というシャルちゃんの怒声が響く中、私はこっそり呪文を唱えた。
いっっっっっっったい!
呪文を唱え終わると同時に、またオーラが見えて、傷のあたりに集中している。いつもどおりだ。いつもどおり傷を癒すときはものすごく痛い!
ていうか、角を刺された時よりも数倍いたい! あの時は興奮して、痛みが緩和できてたからかな。
これ、治癒魔法、覚悟してないと心臓麻痺とかで、逆に死んじゃう可能性まである!
強烈な痛みで立ってられなくなった私は、お腹を抱えて、座り込んだ。