魔物襲来編② 学園の生徒たち
手の上に吐き出された血を見て、なんとなく魔法のことを理解した。
多分、私が使える魔法というのは、自分の体に影響を及ぼすものだ。もしかしたら、他の人の体の治癒とかもできるのかもしれないけれど、今のところ私にできるのは自分の体だけ。人体に影響を与える、そういう魔法だ。
呪文と、私がこうしたいと『意識』したことがきちんと合致すれば、魔法は発動する。さっきの解毒魔法みたいに。
私は、魔法のおかげで悪いものが抜けて頭がすっきりとしてきた。
うん。そうだ。大丈夫。
コウお母さんは強いもの。魔物なんかに負けない。
それに、王都にはお城の騎士や魔法使いが向かうって最初の連絡で言ってた。魔物も学園や城に集中してるという話だもの。王都のことはお城の人達に任せる。
それに、どちらにしろ、ここでうだうだ悩んでも私が王都に行くこと自体ができないと思う。魔物が集まってる学園の外に出ることは難しいはずだ。
今はシャルちゃんを探さないと。
シャルちゃんは、魔法使いだけど、でも、その前に一人の女の子だ。
気が弱いように見えるけれど、私よりも芯がしっかりしてるところもあって、それにとっても優しい女の子。
それに、シャルちゃんは意外と寂しがり屋だ。
魔物と遭遇したら、きっとシャルちゃんは怖い思いをする。
私の力で魔物を倒すことはできなくても、一緒にいてあげたい。
私はやるべきことを見つけて、振り返ると、ちょっと離れたところにアランがいた。顔が真っ青だ。
「リ、リョウ、お前、血……! び、病気だったのか!?」
「違います。……口の中をちょっと切っただけで、吐き出したらすっきりしてむしろ元気です」
私はハンカチをとりだして、手に付いた血を拭いた。まあ、確かにいきなり知り合いが吐血したら驚くよね。
魔法で治すんだから、できればこう、シャワシャワーみたいな感じでいい感じで解毒してくれたらいいのに。
病気じゃないって本当かよ、とでもいいそうな疑わしい目で私を見ているアランに、声をかけた。
「それよりも、アラン、講堂にシャルちゃんがいないんです。だから、私、探しに行きます。多分、まだ保健室にいるはず……」
「え、シャルロットが?」
アランはそう言って、講堂の中を見渡した。
私も一緒にもう一度確認するけれど、やっぱりシャルちゃんの姿は見えない。
「アランに、リョウ! 大変だ! シャルがいないんだ! まだ保健室かも!」
講堂でシャルちゃんを探していたらしいリッツ君が、息を切らせてこっちにきた。
「リッツ! 今ちょうど、俺たちもシャルロットの話をしてたんだ」
「リッツ君、多分シャルちゃんはまだ保健室にいると思います。私、今からそこに向かうつもりです。リッツ君は……」
「もちろん、行くに決まってるよ!」
リッツ大先生の即答ぶり。
大先生が一緒に来てくれたら、万が一魔物に襲われた時も安心できるけれど……。
「い、いいんですか? 講堂から外は、魔物と遭遇する可能性があります」
リッツ君が一緒に来てくれたら私も嬉しい。頼りになる。
私だけだと、シャルちゃんのところにたどり着くことさえできない可能性だってあるんだから。でも、それってリッツ君も危険なことに巻き込むような感じになる……。
「そんなの分かってるよ、でもだからこそ行かないと。僕にとってもシャルは大事な友達だ」
あたりまえだろとでも言いたげなリッツ君の即決具合に、わざわざ聞いてしまった自分が恥ずかしい!
そうだよね、シャルちゃんのためなら心は一つ! ありがとうリッツ君!
「ありがとうございます!」
「おい、もちろん、おれも行くからな!」
アランは、当然ついてくると思ってたよ。子分だからね。二人も魔法使いがいれば、魔物に襲いかかって来られてもなんとかなるかも。
私達は、大きく頷くと、講堂の出口に向かった。
治療科の女の先生は今は治療に専念していて、駈け出す私たちに気づかないでいる。
でも、出口には門番のように騎士科の先生が佇んでいた。
「おい、君たち、どこに行くつもりだ! 講堂の中にいなさい。外には魔物がいるんだ」
がっしりとした体格の先生は岩のようにどっしりと扉の前にいる。
友達探しに行くんで、通してください! といっても通じるような感じじゃなさそうだ。
でも、ここを通らないと、外には出れない。
「先生、友達がまだ講堂の外にいるんです。探しに行かせてください」
リッツ君が、懇願するような声で先生に詰め寄った。
「外は他の先生方が、対処している。ここを通すわけには……」
「先ほど、カートン先生が傷を負って運ばれたのはご存知ですよね? 魔物は大量にこちらに来てます。残りの先生方で対処できますか? 私は、違いますが……ここにいるアランやリッツ君は魔法使いです。魔物にも対処できます」
「だ、だが。もし万が一、危険を冒して、魔法使いの生徒達に何かがあれば……。やはり、だめだ。魔法使い様と言っても、まだ生徒だ、仮令二人いたとしても……」
「なら、3人なら、いかがかしら」
渋る先生の声を遮るように、ツンと強気な声が降ってきた。
声のした方を振り返ると、銀髪の縦ロールを揺らして、挑戦的な目でこちらを見ているカテリーナ嬢がいた。もちろん、その隣にはサロメ嬢もいる。
「カテリーナさん……」
私が思わずそうつぶやくと、彼女は、不敵な笑みで私をみてから、騎士科の先生に挑戦的な視線を送った。
「先生、3人ならいかが? しかも3人目は、グエンナーシス伯爵家のわたくし。そこらへんの魔法使いと比べたら、規格外でしてよ!」
そう言って、今にも高笑いしそうな勢いで、胸を反らした。
隣のアランが、「規格外って、俺の方が、魔法の授業の成績はいいだろ」と恨めしく言っている。
「グエンナーシス伯の……だが、魔物と対峙するのは、初めてだろう? 私の判断では……」
「行かせましょう」
神妙な面持ちの校長先生が体格のいい先生の言葉を遮った。私たちの騒ぎを聞きつけたのか、ゆっくりとこちらに歩いてきている。
「全ての責任は、校長である私が取る。どちらにしろ、城の援護がいつ来るかわからない以上、このままでは、学園は魔物の脅威で壊滅する。私たちは、小さな魔法使いにも、すがるしかない」
そう言うと、私たち、一人一人の顔をみて、頷いている。
「確か探しに行く友達は、精霊使いのシャルロット嬢だったね。彼女も立派な魔法使いだ。このまま見捨てるわけにはいかない」
「当然です。シャルは、精霊使いである前に僕たちの友達なんです!」
校長先生の言葉に、リッツ君が答えた。
なんて頼もしいんだろう。素朴系男の子だと思っていたのに、こんなに男らしい子だったとは。
今度からリッツ閣下とお呼びすることも辞さない。
扉の門番的な先生は、校長先生がそうおっしゃるならと言って、場所を譲ってくれた。
そして、騎士科の生徒であるサロメ嬢とは知り合いらしく、頼んだぞといって、肩に手を置く。
カテリーナやサロメが来てくれることは、普通に頼もしいし嬉しい。でも、やっぱり危険なことに巻き込んでしまったような気もする。なんだかちょっと申し訳ない。
「あの、カテリーナさんに、サロメさん。来てくださるって言ってくれたこと、すごく嬉しいです。でも、あの、すごく危険だと思います……いいんですか?」
「ふん! 危険だとおっしゃるなら、あなたが講堂に待機してなさい。だいたいシャルロットはグエンナーシス領の者。私が面倒をみなければならないわ」
そう言って、ふん、と顔を反らした。
隣のサロメ嬢は、顔をそらしたカテリーナ嬢を見てから少し笑って、私の方をみる。
「リョウさん、シャルロットさんは私達にとっても友達よ。それに、リョウさんが行くのに、私たちがいかないわけにはいかないわ。あなたは、気づいていないと思うけど、私たちにはあなたに大きな恩があるのよ。その恩に比べたら、あなたと一緒に、危険を冒すことなんてなんともないわ」
大きな恩……? なんだろう……。
でも、二人の顔を見ると、私たちと一緒に行くこと以外は考えてないって顔してる。
ありがとう……。
私達のやりとりを見ていた周りの生徒達がざわざわとしてきた。
「わ、私も、戦う!」
「俺も、怖くなんかない!」
という声も聞こえてくるものだから、驚きながら周りのみんなの顔をみる。
いつの間にか、ドッジボールでよく集まるドッジプレイヤーの生徒達があつまっていた。
さっき、城からの報告が来た時は不安そうな顔をしていたのに、今は若干顔を強ばらせながらも、力強い目をして私達を見ている。
そして彼らのその声は、他の講堂にいる生徒にまで届いたみたいで、講堂中の生徒がこっちに集中している。そして、他の生徒達も、怖くないとか、魔物なんかに負けるかーみたいなことを言い始めた。
なんか、みんな、ものすっごいやる気だ。
すごく嬉しい。
すごく嬉しいけれども、保健室行くのにあんまり、人数がいすぎてもなぁ。
私は、どうしようかと思って、学園の長、校長先生を見る。
「みんな……! ありがとう、そこまで学園のことを、思ってくれて……!」
校長先生が、泣き始めていた。
だめだ、感極まっている校長先生にリーダーシップを期待できない。
「人数がいすぎても足手まといよ! 他の生徒は、この泣いてる校長の指示にしたがっていなさい。保健室に向かうのは私たちで十分なんだから!」
カテリーナ嬢が、きっぱりはっきりと言ってくれて、生徒たちもそれに従ってくれた。
校長先生もうんうんと頷いている。
さすがグエンナーシス伯爵家のご令嬢。縦ロールなだけはある。
私たちは、先生や他の生徒達に見送られながら、講堂を出発した。