転章Ⅲ シャルロット=クルルの話
グエンナーシス領の外れにある村に私は生まれた。
開拓村と呼ばれる最近出来たばかりの村。
私たちの村は、畑で主に麦を育てるように言われていたのだけど、なかなかうまくいかなくて、いつも領主様が供給してくれる食物を頼りに暮らしてた。
私には、周りの人には見えないものが、小さい頃から見えていた。
後からそれは精霊だと知るのだけど、村にいた頃は知らなくて、でも周りの友達や両親に何か見えることをいうと、気味が悪いと言われるので、見えても見えないふりをしていた。
そうやって、のんびり暮らしていたのだけど、ある時いつも食料を配給してくれる領主様のお使いの方がパタリとこなくなった。
最初はいつか来るだろうと、村の大人達も思っていたのだけど待てど暮らせど、こなくなった。
その時、多分私たちの村は見捨てられていたのだろうけれど、そんなこと思いもしなかったから、村の人たちは、きっと使いの人が迷子かなにかになってしまったんだろうと、のんびり思っていた。
でも、配給もなく暮らしていけるはずもなく、村は飢えていった。
お墓も増えた。体の弱い子は生きていけなかった
そして、村には私にしか見えない黒い何かが、溢れかえっていた。
羽虫に似ていて、黒い光をゆらゆらと光らせているような、そんなよくわからない何かだった。
その黒い何かは、村の弱い人にたかっていた。満足に食べるものもない村の人たちに、黒い何かが集まっていない人なんか一人もいなかった。私も含めて……。
いつか作物が実るだろうと、村の人が畑に水をやっているけれど、その畑は実らないって、私にはわかった。その畑はもう死んでる。だって、黒い何かが、そこら中にいるんだもの。
このままでは村が全滅するというところになって、代表者が領主様のところに相談しにいこうという話になった。
今思えば、もっとはやくそうすればよかったのに、いつも受け身な私たちにはその発想すらなかった。
そして、まだ体力のある村の若い人を使いに出して、しばらくすると、村の代表者が一人の魔法使いを連れてきた。
その魔法使いから、もう食料の配達はしないので、畑を耕し、糧にするように言われた。
けど、畑は、偉い人たちが言うように、耕しても、種を植えてもうまく実らなくてそんなことは無理なような気がした。それに黒い何かだって、その畑には住んでいる。
その頃の私は漠然と気づいていた。この黒い何かは死に近いものに集っているということに。だから黒い何かがたかっている死んだような畑に、作物なんか育たないと思った。
村の大人達も無理だろうと思ったみたいで、やってきてくれた魔法使いに畑で作物が実らないことを訴えると、魔法使いは何かを唱えてくれた。すると、芽すら出ていなかった畑から作物が成長して、大きな麦畑になった。
村の人たちは、喜んで魔法使いの方にお礼をいった。
食料の支給がなくなったとしても、畑がちゃんと実るなら大丈夫、そう思っていたから。
私も作物が実るところを見て喜んだ。
でも、改めて畑を見渡して絶望した。
だって、黒い何かは、まだ畑の周りに集っていて……。
「魔法使い様! だめです。まだ、黒い何かが畑にいるんです。この畑は死んでるんです!」
その言葉がきっかけだった。魔法使いに私には何かが、つまり精霊が見れることが分かって、私は魔法使いだと認められた。
私が、魔法使いだということが分かって、村は貴族の直轄地に。村の人は私には感謝してくれたけど、中には私を責める人もいて、あまり喜べなかった。
それに、口では感謝してくれてはいるけれど、みんな心の中では、私のことを責めているような気もして……。
『魔法使いだったのに、どうして黙っていたの! あなたが隠していなかったら、あの子は死ななくて済んだのに!』
去年、風邪で子供を亡くした女の人にそう言われたその言葉が離れなくて。他の人もそういう風に思っているんじゃないかって……。
私は、年齢的にすぐに学校に行かなくちゃいけなかったみたいだから、村を出て、領主様に挨拶をすると慌ただしく王都に向かった
その間、文字の読み書きだったり、マナーだったり、色んなものを教えてもらったけれど、そんなのいきなり言われても何もわからなくて……。
王都についたら、私の住んでいるグエンナーシス領の一番偉い人の娘様と挨拶をした。カテリーナ様という方で、短い挨拶だけで一言二言しかお話ししなかったけれどとても綺麗で、ちょっと怖い方だった。
ものすごく冷たい声で、『わたくしの領地の魔法使いとして恥ずかしくないように振るまいなさい』」と言われた。
噂で聞いたけれど、魔法の腕も、頭も良くて、周りにも自分にも厳しいかたなのだと聞いた。魔法使いとはこうあるべきもの、という理想に近い女の子で、強くてすごくかっこいいと思った。
けれど、私はカテリーナ様が思う理想の魔法使いとは程遠くて、しかも腐死精霊使いで、彼女の期待には応えられなかった。
私だって、かっこいい女の子になりたい。私がもっとしっかりしていたら
自分が魔法使いだってわかっていたら、村の子達だって、死なずにすんだかもしれないのに。
ううん、どちらにしろ私はいらない腐死精霊使い。誰かを助けることなんかできるわけない。
それに、学校に入学した私は授業にすらついていけない。
文字だってまだ完璧に覚えてなくて、でも、そんなこともわからないのは私ぐらいで……。
そんな時に声をかけてくれたのが、リョウ様だった。
優しくって、頭が良くって、綺麗で、強い。私の憧れを全部集めたような女の子だった。
リョウ様は私と同じで、開拓村出身だって言っていたのに、文字の読み書きも完璧にできるし、マナーだって、仕草だって洗練されてる。しかも聞いた話によると、開拓村で魔法の力を借りずに畑を耕したり、道具を作ったりしていたとか……。
すぐに大好きになった。あんな風になりたいって。リョウ様と一緒にいると、新しいことばかりで、いつもすごく、すごく楽しくて……!
少し棘のあったカテリーナ様とも、打ち解けるきっかけを作ってくれた。
それに、なんの使い道もないと思っていた私の、魔法の力を必要だって言ってくれた。すごい力だって、言ってくれた。
私……リョウ様が大好き。
そういえば、アラン様もリョウ様が好きみたいで、何かにつけて一緒にいようとする。
でも、アラン様には悪いけれど、正直リョウ様には不釣り合い、な気がする。リョウ様はすごいんだもの。ほんとうにすごい人じゃないと……例えばヘンリー様ぐらいじゃないと、リョウ様の隣は似合わないと思う。
例えば、もし、リョウ様がヘンリー様と一緒になったら、リョウ様は王妃様になるはず。……あ、でも、魔法使いではないから側室とかになるのかな。それはいやだな。
でも、もし正妃になれたら、ううん、リョウ様ならきっとなれる。そしたらこの国の王妃はリョウ様になる。
それってすごい素敵。
そうなったら、私、リョウ様……王妃様のために、どんなことでもできるのに。
だってリョウ様の近くにいたいもの。そのためならどんなことでも頑張れる。
だって、近くにいたら、リョウ様みたいに強くなれる気がするから。
私は、強くなりたい。リョウ様みたいになりたい。
私はもう嫌なの。自分が弱いことで、誰かが傷ついたりすることが、どうしても嫌なの。
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今日は気分が悪くて、学校の医務室で少し寝させてもらっていた。
眠ってる間、昔のことを夢で見てたみたい。少し懐かしい感じがした。
窓の外を見ると、すこしだけオレンジ色の空で、もうすぐ日が沈む時間なんだなって、ぼんやり思って目をこする。
傍にあるテーブルを見ると手紙が置いてあった。リョウ様からだった。私のことを心配してくれてる内容のことが書かれていた。
今日は、久しぶりの晴れ間だから、今頃はドッジボールをしているのかもしれない。
私も、体調が良ければ参加できたのに。
―――コンコン
保健室の扉にノックの音が響いた。
でも、今保健室には私しかいないみたいで、誰も扉の方に行く気配がない。
これって、私が扉を開けに行ったの方がいいのかな?
私は、仕切りのようになっているカーテンを除けて、扉の方を見た。
保健室なのだから、ノックしないで、勝手に入ればいいのになって、考えていたらまたコンコンとノックの音がした。
「あ、あの、入っても大丈夫、だと思いますよ?」
そう声をかけたけど、扉の向こうからは何の音もしなくなった。
そして首をすこしひねって、扉をマジマジと見た時に、気付いた。
扉の方に、黒い精霊が……下級の腐死精霊が集まり始めている。
これって……?
私がどういうことだろうと考えようとした時、
―――ガンガンガンガン
と、部屋ごと揺らす勢いで扉を激しく叩く音が響き渡った。