呪文の謎編⑫ ようこそ、実験室へ!
「アラン、ごめんね。ほんのちょっと針で刺すだけですだから。最初はちょっと痛いかも知れないけど、一瞬だけですから」
「な、なあ! リョウ! なんで目隠しする必要があるんだ!?」
「それが言えないから、目隠ししてもらってるんですよ、アラン。あ、それと後で、耳栓もしますからね」
「ええ!? なんでだよ!? ていうか、何で俺、お前の部屋で、こんなことされなきゃいけないんだ!?」
「や、やだ、アランが言ったんじゃないですか。私のためなら傷ついてもいいって。だから、ちょっとだけ傷ついてもらうだけです。でもちょっとだけですからすぐに傷もふさがりますよ」
「いや、俺が言ったのは、こういう物理的な意味で傷ついてもいいって言ったわけじゃないぞ!?」
「しーー! アラン、あまり大きい声を出さないでください。ここは、女子寮の中なんですよ! バレたら大変です! 一応防音設備を整えてはいますけれど、完璧じゃないんですから!」
私は、巧みな言葉でアランを誘い出し、我が実験室、じゃなかった寮の自室に連れ込んでいた。マッチ棒作りなんかも自分の部屋で行なっていたため、私の部屋はすごい改良されている。
多少の爆発ぐらいでは動じないぐらいの強度にするため、鉄板を貼り付けているし、もちろん防音機能もついている。
そして、特製のイスにアランを座らせて、いざ、呪文の実験をと言うところで、想像以上にアランが慌て始めたのだ。
「そんなこと言ったって、なんだよこのイス! 足とか手首とかなんかベルトみたいなもので押さえられてて……怖いだろ!」
まあ、意気地のない子分! ちょっとだけ、ちょっとだけ針で刺すだけだよ! 注射みたいなもの!
大体私が『アラン、お願いがあるんですけど。この前、私のためなら傷ついてもいいっていってくれましたよね? すごく嬉しかったです。だから、あの、傷つけちゃうかもしれないけど、私、アランと試したいことがあって……今から私の部屋に来て欲しい』ってお願いした時は、何か覚悟を固めたような顔をしておもむろに頷いたじゃないか! その時の覚悟はどうしたの!
「手足を固定したのはアランが悪いんですよ。いざ部屋に来てもらって針を取り出したら、アランが暴れるから。だいたい傷つけるかもしれないけどって私、ちゃんと前置きしてたじゃないですか。それでもついてきてくれたのはアランなんですから、なんていうか、覚悟してくださいよ!」
「だって、こんなだとは思ってなかった!」
「じゃあ、なんだと思ったんですか?」
「何って! べ、別に、何も……何も思ってない!」
そう言って、より一層慌てふためく意気地なし子分が顔を赤くさせている。
うーん、どうしたものか、この子分、まんまと我が実験室、じゃなかったお部屋についてきたと思ったのに、この有様。
私はじとーっとあわあわしてるアランを見つめる。
アランはしばらくして首をうなだれた。
「……わかったよ! 大人しくするから、手足を固定させるのだけはやめろ!」
えー本当に大人しくしてくれるのー?
まあ、でも、縛られてるアランかわいそうだし、解放してあげよう。ここまでやっておいてなんだけど、別に無理強いしたくないし……。やっぱり、人体実験は、やめよう。
「やっぱり、やめましょう。ちょっと頭に血が上って、強行突破しようと思っちゃいましたけど……嫌なら、もう大丈夫です」
私がアランの拘束を解きながらそう言うと、解放された手で、目隠しを少しあげたアランが拗ねたような顔をした。
「べつに。チクッてするぐらいならいい。……さっきまでのはちょっとびっくりしただけだ。けど、なんのためにそんなことするんだ?」
それは、ごめん、まだ言えない。出来れば、まだ、誰にも知られたくない。
「それが言えないから、こうやってこそこそしてるんですよ、アラン」
「俺にも言えないのか?」
「アランにも、まだ、言えません。いつか、機会があれば」
そういう私に、アランが不満げな顔を向けてくる。しかしどんなに不満げな顔向けてきても私はここは譲らんぞ、と言う気持ちで笑顔で見つめ返していると、彼は観念したように、ため息をついた。
「……いつか話してくれる気があるならいい。耳栓、すればいいんだろ?」
アランが、どうやら協力してくれる気になったらしい。ホントすまないね。
まあ、でも子分なんだから、もうちょっとすんなり親分の言うこと聞いてくれると親分嬉しいな……なんて親分思ってないよ!
私はアランに耳栓を渡して、装着させると、アランの目隠しを再度付け直す。
うん、これでよし。
いつ痛みが襲うのか分からなくて、ちょっと顔を強張らせてるアランが可哀想だなと思いながらも、私は、針でチクっとアランの指先を刺す。針を刺した痛みに一瞬アランがびくついた。ごめんよ、アラン。痛いのはコレで終わりのはずだから。
私はアランが少しでも安心できるように、もう痛いの終わりだよって伝わるように、手をポンポンたたいてあげた。するとアランの表情も、ちょっと和らいだように見える。ご苦労様、アラン。
そして私は、針を刺したアランの指先に視線を戻す。傷から血が流れていた。
私は、用意していた呪文を順番どおりに口ずさむ。
・・・・・・
いくつか呪文を口ずさんだけれど、ああ、やっぱり駄目だ。カエルとやってるときと変わらない。アランの傷が魔法で治る気配がない。結構時間もたって、自然と血も止まってきたし、今日の実験はコレで終了したほうがいいかもしれない。
うーん、なんでうまくいかないんだろう。呪文を唱えた時に、見える魔力のようオーラは自分の周りにしか見えないんだよね。それが問題、なのだと思う。アランのほうにも、オーラを纏わせれば、傷の治療が出来るようになるのかもしれない。
ただ、そう思って、自分の指先に纏ってるオーラをアランの傷口に当ててみても何の変化もなかった。自分が纏ってるオーラを相手にくっつけても、なんか、こう違うって言う感じがする。オーラ自体をアランに纏わせる必要があるのだと思う。こう、アラン全体を覆うように。
だいたい、自分の傷を治すときもこの魔力のオーラが傷のところに集まってきて、それを認識すると勝手に治療されるって言う感じだし。
でも、どうやって、アランに、オーラ的なものを纏わせればいいんだろう。そういう呪文が別にあったりするのかな? それとも、やっぱり他人の傷を治癒する魔法は、ないのかな……。
一度治癒魔法のことは置いといて、ほかの効果の呪文について考えたほうがいいかもしれない。なにか条件が揃えば、治癒魔法みたいに発動するのかも。
あ、そろそろ、アランを解放してあげなきゃ。カエルの実験結果と変わりはなかったけれど、でも人に試せたことで色々気づくものもあった。
アランには感謝しないと。
「終わりましたよ。目隠しとりますね」
目隠しをとると、「あ、もう終わったのか?」と言って、あくびをしたアランが自分で耳栓も外した。
「アラン、ありがとう。すごく助かりました」
「ならいいけど、俺以外の奴に絶対こんな変なこと頼むなよ!」
うん、もちろんそのつもりだよ。子分だからこそお願いできたんだからさ。
「分かってますよ。それより、今日、これからどうします? コウお母さんのところにアランも行くんですか?」
「うーん、行きたいけど。今日もまた雨だろ。この前も服濡らしたから、あんまり外でたくないんだよなぁ」
そう言って、アランは、窓の外に視線を向ける。私も一緒に窓の外を見ると、結構大降りの雨が降ってた。
本当に、最近、雨が多い。王都だけじゃなくて、この国中が最近大雨に見舞われているらしい。
この前の長期休みで、バッシュさんが言ってた今年は大雨の年なのかもしれないという読みは大当たりのようだ。
ルビーフォルンの人達、大丈夫かな……。
一応この前バッシュさんからもらった手紙には、なんとか大丈夫そうという話はあった。
他の領地の人は、畑が駄目になっても、魔法ですぐ立て直せるだろうけれど、うちの領地はそうは行かないからな……。雨対策がうまく働いてくれればいんだけど。こんなに雨が降るとなると、全く被害がないというのは難しいかもしれない……。
結局私もその日、コウお母さんの家に行くことは断念することにした。