呪文の謎編⑧ 紙作りの実地研修
次の日、セキさんやリュウキさんと一緒に近くの農村に赴いて、彼ら二人の魔法使いの土木工事魔法を確認し、問題ないと判断して水田化計画を進めることになった。あわせて、私も水田栽培の方法を紙に書き、それを文字が書ける人達を雇って書き写してもらった。
うん、いい感じだ。順調である。
ついでに、こっちの方も順調ならいいんだけど……、と思いながら、お手製の呪文書を見つめる。
一度呪文を唱えてから、特に何か爆発のようなものが起こらないとわかって、コウお母さんがいない隙をついて、口ずさんでみているんだけど……。じんわりと温かくなる以外の効果が発動したことがない。
まさか、まじでじんわり温かくなるだけの魔法なのだろうか……。あまりにも使えない魔法だから国が秘密にしているのかも……いや、それはないか。ていうか、それはないと思いたい。
やっぱり、図書館で厳重管理されている『救世の魔典』を盗み見ないといけないのかな。『救世の魔典』を見ればこのじんわり温かくなる系の魔法の本当の効果がわかるのだろうか。
いや、アランの話だと、魔典にはこういう効果がありますとかそういう説明のようなものはなくて呪文しか書いてないらしいけれど……。でも、見てみないことには。しかし、どちらにしろそれが見れないから自作の呪文集を作ったわけだし……うーん。ままならぬものです。
まあ、でも、今のところ魔法の究明は私にとって急ぎってほどではない。まあ、個人的には魔法とか使ってみたいけど。魔法少女とかになりたいけど。
やることやっているとあっという間にルビーフォルン滞在期間は終了し、学園に帰ることになった。
万が一水田化計画に何か問題があればすぐに手紙で知らせてもらうようにバッシュさんにはお願いし、出立した。
タゴサクさんは落ち着いているし、水田化計画が進んだし、腐死精霊使いも増えて酒造に関しては順調、ガラテアさんともなんか打ち解けたっぽい雰囲気で、今年の出立はいい感じである。基本的にいつもタゴサクさんのせいでちょっと一抹の不安を抱えたからね、うん。
学園に戻ったら戻ったで、居酒屋事業を本格的に進めていかなきゃだし、なかなか多忙だ。クロードさんの計画だと、今頃は王都へのお酒の流通が活発になってるはず。メイドインルビーフォルンのお酒が、王都にお酒ブームを巻き起こす。そしたら来年ぐらいは、ルビーフォルンの私の部屋の絨毯が毛皮のふかふか絨毯になってるかも、ふふ。
学園についてからは、学業に専念しつつも、今までお酒の販売で溜めていた貯金を使って、とうとう商会を立ち上げた。『リョウ・ルビーフォルン商会』。もっとオシャレな名前をつけようとは思ったんだけど、思いつかなかったし、他の商会も結構自分の名前をつけたりすること多かったから。
まだまだ小さな商会だけれども、ゆくゆくは大きな商会にしていきたいな。お酒の事業がうまくいけば、商爵ゲットはかたい。
4年生になって、商人科の授業もすこしばかり専門性を帯びてきた。ただ、貨幣作りの実地演習やら、紙作りの実地演習やらが行なわれるみたいだけど、なんとこれが成績上位5人ぐらいしか参加できないらしい。昨年の私は、お酒事業で忙しく余り真面目な生徒じゃなかったけれども、4年生の私は学業にせいを出す所存である。
ていうか、クワマルさんが神殺しの短剣を作ったのは貨幣作りの実地演習の時だってきいてたんだけど、それってつまり、成績上位数名しか参加できない実地演習に参加したってこと? クワマルさんの癖に、成績が良かったのか。なんだか解せん。
学業に専念しつつも、でもせっかく商会を立ち上げたわけなので、商売にも口をはさみつつの放課後。でも、お酒の事業は、わが商会の幹部であり、新婚カップルであるメリスさんにジョシュアさんがしっかりしているので、多少目を離しても問題なさそう。
商会のことはジョシュアさんにお任せして、真面目に授業を聞いている優秀な生徒であることをところどころアピールした私は、最初の実地演習である紙作り講座に参加することを許された。
初めての実地演習である。胸が高鳴る。
指導教員は、商人科のバロン先生。1年生のときの法力流しのイベントで引率の先生としてお世話になった濃い顔立ちの揉み上げの先生だ。
この国の製紙技術って結構すごくて前から気になってた。てっきり魔法使い魔法で作ってるもんだと思ってたんだけど、私達商人科の実地演習があるということは、まさか人の手で作られていたのか……!
どんな職人技が見れるのだろうとドッキドキな気持ちで、工場にお邪魔すると。
なんとアラン達がいた。アランと、カテリーナとリッツ君とあと学校で見たことがある生徒達がわんさか……みんな魔法使いの子達だ。
彼らは、真剣な顔で紙作り中の職人の様子を見ている。あれ? ていうか紙作りしてるのって……。
訝しげな表情に気づいたバロン先生が、解説を始めた。
「紙作りの実地演習は、魔法科の生徒と合同だ。紙自体は魔法で作るからね。私達は、出来上がった紙を束ねるお仕事だ」
え? やっぱり紙って魔法で作ってるの? ていうか、束ねるお仕事って……それわざわざ実地演習する意味、ある?
そんなことを思いながらも演習に真剣な魔法使いの生徒達を眺める。商人科の生徒が来ていることにまだ気づいていない。私は黙って魔法使いの皆さんのお仕事具合を見ることにした。
しかも丁度子分アランの演習らしい。アランは、たくさん用意された木材に手を伸ばして、呪文を唱えると、木材がチリチリと姿を変えて、薄っぺらい大きな紙が出来上がった。
わー、魔法ってすごい! これが、職人技かー!
そして出来上がった大きな紙にカテリーナ嬢が近づくと、呪文を唱えてその紙を綺麗に、おそらく風的な何かで裁断した。
わー、魔法ってすごい! 職人技だね!
って、違う、私が想像してたのと違う。職人技じゃない。魔法使いによるただのファンタスティック!
出来上がったA4サイズぐらいの紙を、私達商人科の生徒が入って、集めた。
こんなので、わざわざ実地演習とか……すごく楽しみにしてたのに。他の演習は大丈夫なのかな……。
「いたっ!」
あー切っちゃった。ちょっとイライラしながら、乱暴に紙を束ねていたら、紙で手の指を少し切ってしまった。
コレは失態。落ち着け私。紙で切った傷って地味に痛いんだよねー。
私は深呼吸して心を落ち着かせると、束ねた紙の束をバロン先生に渡した。
まあ、最初の演習なんだから、こんなもんか。コレぐらいならわざわざ成績上位者じゃなくていいのに。
でも、そういえばだけど、紙を魔法で作ってるってことは……。
紙は、魔術師の呪文一つで、消えてしまうって、ことか。
つまり紙で出来てる製品、本とかも、魔法使いの制御下にあるのかな?
確か、アラン達に聞いた話だと、魔法解除の呪文は他の呪文と違って特殊で、範囲が広いって聞いたことがある。基本的には、魔法は魔法使いの視界の範囲内のところしか発動しないらしいのだけど、解除の呪文は、色々条件を満たせば目に見えない遠くにある物に対しても発動することができるらしい。
なら、もし、万が一、万が一国にとって良くないことが書かれている本があると知れたら……遠くにいながらもすぐに消えてしまうということだろうか。
なんというか、魔法使い達は、魔法が使えない人達のことを警戒しすぎなんじゃないかな。武力だけじゃなく、知識まで、そこまでして抑えなければならないものだろうか……。
とりあえず、私が前作った呪文集は、別のもの……自分で作った紙とかに、書き写した方がいいかもしれない。









