呪文の謎編③ 子分には負けられない。それが親分。
眠い……。昨日から眠れてない。
昨夜は衝撃的なことがあった。
私が前世の記憶を引っ張り出して書いた短歌をロンネさんは読めそうといった。しかも改めてロンネさんに確認したら、読めそうなのは一つだけじゃなくて、3つほど指差して、これも読めそうという感じで教えてくれた。
それは、全て、教頭先生に聞いて、呪文だと言われたものだ。教頭自身は読めないけれど、読むことが出来ないからこそ、何かの呪文なんだろうと言われたもの。
私は呪文集を作ったとき、わかるものには、この呪文は精霊使いの呪文でこんな効果がある、といった簡単な注釈をつけていた。
ロンネさんが、読めそうといったものは、精霊使いの呪文なのか、魔術師の呪文なのかも分かっていない謎の呪文。
私が、前世の記憶を頼りに書き出した呪文で、この呪文を使ってる魔法使いは見たことがないし、授業でその呪文を使ってるっぽい生徒もいなかった。
ただ、話しによれば上位の難しい魔法は、適正があってもなかなか読めないと言うことだったから、そういう類のものだと思っていた。でも……。
昨日、あの後ロンネさんは読めそうと言っていたけれど、うんうん唸って、一文字一文字ゆっくり発音して、途中で『なんか読みづらくないですかー?』みたいなこと言って、途中で諦めて、結局最後までは読めなかった。でも、冒頭だけだったけれど、途中まではきちんと呪文を読んでいた。
ロンネさんは、「おかしいーなぁ文字覚えたんですけどー」と不満顔だけど、その読みにくそうにしている動作に私は見覚えがある。
シャルちゃんが、新しい精霊魔法の呪文を覚えようとしている時、同じように読みにくそうにしていた。自分と相性の悪い呪文は、全く読めないが、読めそうと感じた呪文は、毎日一生懸命読み続ければ最後まで読めるようになるし、暗記も出来るようになるらしい。
私が参加できない魔法の授業の大半は、この呪文の読み込みに費やされるのだ。
念のため、単にロンネさんが文字覚えたとか言ってるけど覚えてないだけという可能性も考えて、その短歌に使われている文字をいくつか書き出してみたら、ロンネさんは普通に読めた。
実はロンネさんが、魔法使いだったというレアケースかもしれないと思って、何か見えるかどうかを聞いた。
魔術師なら、空気中に漂っているらしい“魔力”が見えるし、精霊使いなら、精霊が見えるという話しだ。でもロンネさんにきいても、『そんなものみえるわけなくないですかー?』みたいなこと言っていたから、彼女はやっぱり魔法使いではない、はず。
もしかして、魔法が使えないと思っている私達にも使える魔法が、何かある、のかもしれない。だから、私が、この呪文を唱えれば……。
「おい、リョウ、なんか上の空って感じだけど、大丈夫か?」
「だいじょうぶー?」
湖のほとりに座って考えに没頭していたら、アランとチーラちゃんの顔が目の前にあった。ボーっとしているように見えた私を心配して、顔を覗き込んでいたようだ。
今日は、アランと妹のチーラちゃんも連れて、馬に乗って近くの小さな湖に来ていた。
滞在中、一緒に乗馬の練習をして、昨日一緒に馬で出かけようという約束をしてたから湖にきたわけだし、約束した時は楽しみにしていたんだけれど、今の私は正直それどころじゃない。
「すみません、ちょっと考え事があって……」
「考え事? あんまり思いつめるとよくないぞ。だから、気分転換にさ、俺と一緒に馬に乗らないか? 今はチーラがいるからアレだけど、屋敷に戻ってからとか……。俺、結構馬の扱いなれてきたし、あれだ……俺が、手綱を握るから、リョウは後ろか、前でもいいけど、座って、近くをぐるって回るとか……どう、思う? た、楽しそうだろ?」
運転免許をとったばかりで、誰かを乗せたくてうずうずしている様子のアランがそう言ってきてくれたけれど、今日はそれどころじゃないんだ。すまんね。今日、チーラちゃんを前に乗せていたじゃないか。それで満足して欲しい。
だって私、確認しなくちゃいけないことがある……!
「それより、アラン! これ……読めますか?」
私は、ポケットから折りたたんだ紙をひろげてアランに見せた。そこには昨日ロンネさんが読めそうとおっしゃった短歌が書かれている。
俺のフェラーリ(馬)に乗ってかない? と誘ったつもりが、よく分からない紙を見せ付けられて、びっくりしたような顔のアラン。悪いね。でも私フェラーリどころじゃないの。
アランは、フェラーリの誘いを流されて不満顔だけど、紙を受け取ってそこに書かれている短歌を見てくれた。
「……読めない。これ呪文だろ? 俺が読めそうにないってことは……精霊使いの呪文か何かか?」
やっぱり、読めないんだ……。
アランと湖に遊びに来る前に、レインフォレストで働く精霊使いのおじさんに読めるかどうか聞いたら、読めないと答えた。精霊使いのおじさんが『読めそうにない呪文みたいだから魔術師の呪文かな。アラン坊ちゃまに書いてもらったのかい?』と言って、この呪文を魔術師の呪文と断定していたけれど、やっぱり魔術師であるアランにもこの呪文は読めそうにないんだ……。
魔術師の呪文と、精霊使いの呪文はくっきり分かれている。精霊魔法の呪文を魔術師は読むことは絶対にできないし、精霊使いも魔術師の呪文を絶対に読むことは出来ない。
だから、つまり、そう、この呪文を、ロンネさんが読めそうで、魔術師や精霊使いが読めないということは、つまり、えっと……やっぱり私達、魔法を使えない人が、使える魔法がある……ということなのかもしれない。
それを国は……王族は、隠してるっていうこと?
どうして隠すんだろう。危険な呪文なんだろうか、それとも……一体この呪文にはどんな効果が? 使ったらどうなるの? もし私がこのままこの呪文を口に出したら……。
「アラン、もし目の前に知らない呪文があったとして、それが唱えられそうだとしたら、唱えてみますか?」
「まあ、唱えられそうなら、唱えてもいいんじゃないか」
「で、でも、どんな効果があるか分からないんですよ……。いきなり爆発とかしたりしたら……怖くないですか?」
「いや、別に。第一、呪文を唱えたらすぐ魔法が発動するわけじゃないし。呪文はただのきっかけだ。魔法を発動するには、魔力を操らないといけない。だから、呪文を唱えていきなり爆発したりとかはない」
そうか……。そういえばリッツ君たち精霊使いの皆も、魔法を発動する時は、呪文を唱えた後に、精霊に命令をするというようなことを言ってた。呪文を唱えたから問答無用で、その効果が発動するわけじゃない……ということか。
でも、今回ロンネさんが読めそうとおっしゃった呪文が、そういうたぐいの魔法ではない可能性だってある……。
怖い。
それに、私が、国が隠しているかもしれない秘密を暴くことは、必要なことなんだろうか? もともと魔法に、呪文に興味を持ったのは、呪文が短歌だったから。『救世の魔典』を見れば、前世の世界とのつながりが分かるかも知れないとか思ったり、魔法使いが少なくなっている現状をどうにかできるかもしれないと思って……。
そう、皆が魔法を使えるようになったら、世の中はすごく便利になって、開拓村みたいに、飢えで苦しむような村なんてなくなるんじゃないかって……。そしたらアレク親分も……。
けど、国が、何かしら秘密にしている事実を考えると、私は今見つけた呪文はあまり有益なものじゃないのかもしれない。国だって、魔法使い不足で困っているに違いないのに、それなのに、こうやって魔法の可能性を秘密にしているんだから。
知らない方がいいのかも。暴かない方が安全なのかも……。
そうは思う。でも。でもやっぱり私知りたい。それが有益かどうか、国がどうして秘密にしているのか、まずは私が知ってからでもいいじゃないか。わからないと何も決められない。
呪文、唱えてみようか……。何が起こるかわからないけれど。
怖い。でも、知りたい。けどやっぱり……。
「リョウさま元気ないのー? いたいところがあるのー?」
結構険しい顔をしていた私に、とうとうチーラちゃんにまで心配されてしまった。いかんいかん。こんな小さい子を心配させてはいかんよね。
アランも眉をひそめているし。子分を不安にさせるのも親分としては良くない。
「大丈夫。痛いところはないです。お腹がすいただけ。持ってきたお弁当を食べましょう!」
私は、出来る限り明るい声でそう言って立ち上がると、手綱を木にくくりつけて留め置いている馬のほうに脚を向けた。お馬さんにお弁当を背負ってもらってる。
お弁当を広げて、ランチといこうじゃないか!
「いや、リョウはここでチーラと待ってていいぞ。重いだろうし、俺が取ってくる」
なんと、子分が私に気を使ってそんなことをおっしゃり始めた。
どうしたんだ子分。
子分のアランは、命令すれば、いそいそと何かしらやってくれることはあったけれども、こう、自分から空気を読んで率先して行なうようなことはなかったはず……! いつの間にアランったらレディへの気遣いを覚えたのかしら。
「ありがとう、アラン」
私がそうお礼を言う頃には、既にアランは馬の方へと駆け出していた。
アランは、なんだかんだ行動力あるんだよなー。
乗馬にしたって、最初、馬を見るだけで唇青くさせて怖がってたくせに、ちゃんと練習して、今ではちゃんと乗馬できるようになったし。
コレばかりは無理だろうと思われたレディへの気遣いも、ちょっとずつ覚えていってるみたいだし……。
そうか、うん、そうだよね。子分には負けられない。
まずはやってみないと。唱えるだけなら、危険性は少ないと思われるし……うん。
唱えてみよう、例の、短歌を。









