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Story1 - 3

「んぁ?知ってるって……何を?」


「……父から教えて貰いました。アールシュトファー家の使用人が、あなたを探していると。」


「……っ!!」


アールシュトファー家……私の……。


唐突な告白に浮付いていた心が一気に冷え、思わず息を呑んだ。

ぶるぶると震えた手からフォークが滑り、テーブルに落ちたがらんという音がリビングにいやに響く。

叶うならもう二度と関わりたくなかったそれ。今度は私が狼狽ろうばいする番だった。


使用人たちが私を探している。何故?だって、だって……違う。私は、出して貰ったんだもの。メイドに、年老いたメイドに。

もしかして、夕方の視線も……?


「今は背が伸びて食生活も正し体型が変わったとはいえ、これから先逃げ切れるとは言い切れません。警戒するにこしたことはないでしょう。」

「………………」


恐怖に声も出ない。

きっと、恐怖に晒されきった子羊の感覚とは、こういうものなのだ。

安全な柵の中で過ごす子羊を捜す狼。歯を剥き出し、ぎらついた瞳をぎょろりと動かして捜すが、羊は見つからない。【安全な柵】の中にいるからだ。


―――しかし安全すぎて、そこ以外逃げ込め傷つかずに身を潜められる場所がなくなる……―――――


気付いた瞬間、背筋に氷を当てられたときのように身震いする。絶望に似た感情が、胸の奥に侵食するように広がった。

何もかもがどうでもよくなったような虚無感が、思考いっぱいに蔓延る。

もういいだろう、十分だろう?十分どころか十二分だろう?十三年。十三年、あそこでずっとずっと我慢してきたんだ。

何も知らないときは良かった。世間知らずなまま、何も悩まずにいられたから。でも、今は違う。

私は……外を、大空の下を羽ばたく鳥の感覚を、あの窓の外の子供達の見た光景を知っているんだ。誰に気兼ねする必要もない。

だから、もう解放して。私を自由に―――。

手は勝手に動いて、フォークを拾い口の中にご飯を押し込む。まるで自分のものではないかのように。

かちゃかちゃと鳴る金属音をどこか遠くに聞いていると、視界の外にいた委員長が立ち上がる。

……食べ終わったようだ。私のほうが先に食べ始めたのに。彼女が早いのか、私のほうが遅いのか。

皿の上の食べ物が減っていく。味は感じない。……さっきはあんなにしょっぱかったのにおかしいな、野菜の味も肉の味もしない。

委員長が私の横で何か言っているが、全然頭に入ってこない。どうにか唇の動きで読み取る。

私がしっかり読み取ったと理解したのか、彼女は自分の部屋へと入っていってしまった。

私はそのままいつのまにか何もなくなっていたお皿の上にフォークを置くと、痺れて冷たくなった足を引き摺り自室に入った。


□ ■ □ ■ □ ■


制服から寝間着に着替えベッドに寝転がる私は、きっと……言い表せない複雑な顔をしていると思う。

アールシュトファー家のことは一旦置いて、友人達を思い浮かべる。


まずは私の親友、ラゼッタ・ソルフェリノ。この学院で最初にできた友達で、なんの知識もない私に字やいろいろなことを教えてくれた子。

出逢いは学院に来た時にぶつかって、だった気がする。

ラゼッタは落ち着いた性格で、いつも冷静。そのときそのときで的確な判断ができる、頼れるお姉さん的存在。

彼女は小さい頃兄弟にいじめられていたと聞いた。面白半分に頭を浴槽に突っ込まれて死にそうになってからは、水が大の苦手らしい。

だからプールも駄目。見るだけでも怖気がするらしく、昨年は教室で待っていた。


次は、アリエッタ・セルケイト。一年前に同じクラスになって知り合った。

いつもは無表情に近いが、たまにニコニコしてくれるときがある。今大学二年生のアルターレさんというかっこいいお兄さんがいる。

過去に声が鬱陶しいという意味不明な理由で両親に虐待されていたみたい。それがトラウマで、声が出せなくなってしまった。お兄さんも喋れなくなったけど、今は治ったって。

会話するために常時紙やペンを持ち歩いている。漢字を使うのがめんどくさいのか全部平仮名。テストとかでは使ってるのにな。

寮の部屋はラゼッタと一緒。いいなぁ。


次、ルタス・リートリン。彼も昨年同じクラスになって友達になった。同い年で初めての男の子の友達。

明るくて、ちょっと勉強が苦手。何故か私達三人衆といつもいてくれる。他の子とお話したいだろうに、なんでだろう。

幼い頃誘拐され、長い時間刃物を突きつけられた過去がある。それが原因で刃物・先端恐怖症。日誌を書いていたときに言ってたのもそれ。

さっき話題にでたジルト君と同室。


ああ、もう一人。まれにしか会わないから忘れていた。

セシル・レットアンダー。彼女は一つ下の中学三年生なのだが、私を何故か姉様と呼んで慕ってくれている。

普通に呼んでほしいとお願いしてるのだが、首を縦に振らないのだ。困ってしまう。


それと……ジョープ院長と、ライラ副院長。彼ら夫婦が、私を学院に招き入れてくれた。

院長は屋敷にいたとき私のお世話してくれていたジュリナの息子さん。ジュリナが私を自分の息子に預けたみたい。

寛容に受け入れて衣食住を揃えてくれた二人には、とても感謝している。

あそこから出ていっぱいのものを見、経験した。

光を一身に受けた大地、沢山の人間、ふかふかのベッド・お布団に暖かくて種類のある美味しいご飯、それから……【友達】。

学院に来てからすぐにやったことは、教室で授業を受け人々と触れ合うことではなく、まず食生活を整え知識をつけ人混みになれることだった。

一年前に転校生として三年Ⅳ組に入ったときはどうなるかどきどきもんだったが、案外皆優しくてホッとした記憶がある。アリエッタやルタスとも出会えたしね。

皆の顔を思い浮かべて嬉しさでニヤニヤしていると、ふとあの日のことも蘇ってくる。


お兄様の遠出を知った日からすぐ、私の前にいきなり現れたジュリナ。

彼女は足首の枷の鎖を金鎚で砕くと、私の細い手首を引っ掴んで部屋から引っ張り出した。

そのまま屋敷の中を走らされ、騒ぐ使用人やメイド達の中を掻き分けて凄い速さで駆け抜けていったっけ。

あれはもう、半ば引き摺られてたね。当時は全然疑問に思わなかったけど、七十歳近くのジュリナがあんな速さで走れるなんて……今思うと、ちょっと不思議。

屋敷の外に出るとあらかじめ用意していたのか馬車が置いてあった。それに無理矢理押し込められると同時に馬が走り出し、いろんな所にぶつかって痛かった。

暫く走ると大きい建物が見えて、それがこの学院。

幸いにも偶然外にいたライラさんに私とジョープさんへの伝言を押し付けると、ジュリナは頭を下げながら別れを告げてどこかに行ってしまった。

……それからは、私も分からない。ジュリナが無事でいるのかも、お兄様が今何をしているのかも。

今の私でも分かるのは、先程聞いたアールシュトファー家が【ミュル・フォン・アールシュトファー】を探している、ということ。

でも『今の私』は【セレナーデ・フライハイト】だし、仮に正体がばれても、大丈夫だという自身がある。

だって私にはラゼッタ達がいるしそれに、さっきヴィオラが言ってたもんね。


―――いざとなったら、私達を頼ってください。絶対にあなたの力になります。


昔はお兄様とジュリナしか味方はいなかった。でも今は同じ境遇に立ち、辛い経験をしたことのある沢山の【仲間】がいる。

恵まれた交友関係に、じわりと目尻に涙が浮かぶ。

時計を見ると、短針は10を過ぎていた。

ジルト君と初めて顔合わせする明日に備えて、目を閉じ眠ることにした。



第一章 了

なんという登場人物紹介

【追記】

双子のリリア&リリスと、バネット・アイマールを消しました。

出番もないので。

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