by Yulia - 2
しかし結局逃げることはできなくて、今教室の扉の前にいる。
転校生という形で入学したが、はたして周りは受け入れてくれるのだろうか。記憶の片隅で「親無し」と罵る声が浮かび上がった。
複雑な気分で教室に入り自己紹介を終えたのだが。
HRが終わって先生が出て行った途端、クラスメイト達は満面の笑顔でアタシの席の周りに集まり話しかけてきた。
目を丸くさせて固まるアタシに勝手に自己紹介をしていき、その日はなんというか……思い出したくない。
でも、嬉しかった。
親がいない子供なんてこの学院には山ほどいる。自分だけではないのだと、刺々しい態度であっても内心そう思った。
そして十三歳になった、ついこの間のことだった。珍しい髪の毛の色をした女に出会ったのは。
そいつはアタシが近寄るなと言っているのに無理矢理抱きついて名前と歳まで聞いてきた。
なのに自分は何も言わないなんて。……いや、アタシが勝手に逃げたんだけども。……だって、恥ずかしかったのだ。
こんな気持ちになるのは初めてだった。普段あまり他人に興味を持たないアタシが、あいつの名前を知りたい、なんて……。
断じて違うが、恋でもしているような気分だった。実際は、恋に似て非なるもの。
ぐるぐると思考をループさせて廊下を歩いていると、肩に何かがぶつかった。かしゃんと音をたてて落ちたフルフレームメガネに、相手が誰かなんて大体予想がつく。
「危ないですね、ちゃんと前を見て歩いてください」
ぶつかった相手は、あの日院長や副院長と一緒にいたヴィオラ。
アタシは、こいつが大嫌いだった。放っておけばいいのに、アタシにわざわざ説教なんてして。
アタシのほうが年下だってことは分かってるけど、あんな高圧的な態度で説教されても頭にくる。
幸いなのは、学年も寮の部屋も違うことか。そのおかげでなかなか遭遇することはない。
ヴィオラは落ちた眼鏡を掬うように拾って目に掛けると、アタシのほうに振り返った。
なんだよ、落ちたもん拾ったなら早く行けよ―――そんな思いで目の前の女を睨みつけるが、ヴィオラはたいして気にした様子もない。
と思った矢先、ヴィオラは眉間に皺を作って眼鏡の奥の鋭い瞳をスッと細めた。
「なんですか、その服装は。前にちゃんと制服を着るようにと注意したはずですが」
「はん、誰がアンタみたいな眼鏡女の言うことなんて聞くかよ!」
「…………」
地味女はアタシの挑発にピクリとも眉を動かさず、ただアタシを眺めているだけ。
気に入らない、気に入らない!だからこいつなんて大嫌いなんだ!
全てを見透かしてくるような、強制的に素っ裸にされたような感覚に陥る眼差し。
院長譲りのマリンブルーの瞳がアタシの狼のような色合いの灰の瞳と搗ち合う。
お互い睨みあい、一歩も譲らぬ攻防を廊下のど真ん中で繰り広げる。こういうのを、なんて言うんだっけな。
たしか……犬猿の―――、
「あ、委員長!」
突如割り込んできた大声に、アタシ達の攻防は終わりを告げる。
どでかい声を出し紙の束をばさばさと振って駆け寄ってきたのは、地味女のクラスメイトなのだろう。さしずめ副委員長、といったところか?
地味女は糞真面目に渡された計画書に目を通すと、制服のポッケからペンを取り出しサインした。
この時期は最も学院の行事が多い。コイツも忙しいんだろう。っは、ざまぁみろだ。
今のアタシの表情は、きっとどんな野郎よりも醜い面をしている自覚がある。
だって嫌いな奴が目の前にいるなんて、嫌だろ?無理矢理笑顔作るのか?アタシがそんな面倒くさいことするとでも?
そもそもなんにでも、誰にでも笑顔で対応する奴なんてアタシは嫌いだ。付き合えない。
まるで自分の意思がないように見えてしまう。本人にはその気がなくても。
だから、アタシは「嫌だ」とはっきり言えるやつがいい。そのほうが楽だ。わざわざ相手の意図を読んだり、やきもきせずに済む。
嫌いだから嫌いだと言う。隠さない。例えそれで相手が傷ついたとしても、そんなの知ったこっちゃあない。
アタシは、『アタシ』だから。
でも。アイツだけは……アイツだけは……本当に、無理だ。
セレナの友達?とかと一緒にいた時に会ったあの、グリシャ・べレスフォード、とかいうやつ。
ヴィオラなんて目じゃない。べレスフォードに比べればアイツなんて屁でもない。
ねっとりとしたしつこく付き纏う視線が気持ち悪い。獲物を狩る肉食動物のようだ。
べレスフォードのぎらぎらと輝く目は一心にセレナに向けられていた。
―――コイツは、危険だ!
本能が訴えている。華奢で折れそうな身体に比べてその目は、その表情は、普通の高校生がするようなものではなかった。
気持ち悪い。怖気がする。血が下がって頭がグラグラした。
唯一見えているべレスフォードの左目は、未だセレナをじっと見詰めている。
ただ微笑んでいるだけなのに、口が裂けている化け物を連想する。
後ろに控えている他の奴らは気付いていないだろうが―――、?いや、腕を組んでいる水色の女が藍の目を眇めてセレナの隣に踊り出た。
水色の女とべレスフォードの身長は推定同じくらい。それゆえに目線は真っ直ぐ交差し、傍から見れば目で会話をしているようだった。
女男に目と鼻の先に立たれてすっかり怯えきってしまっているセレナを横目で見て、再び目の前の光景に戻す。
水色の女は、その鋭い眼光でべレスフォードを諌める様にじっと見詰めていた。
ふと、女が息を吸い込んだ。
「このまま黙っててどうするのよ。―――それで、あなたはなんなの?」
突き刺すような声音。
べレスフォードは女に向かって睨みつけるように目を細めた。
そして。
「ボク?ボクは、グリシャ・べレスフォード。キミ達と同じ十五歳で……ミュル、キミの婚約者さ」
と言い、セレナを抱き締めたのだ。
―――――っ、は?
顎が外れたのかと錯覚するほど大口を開けてポカンと二人を凝視する。
……アタシだけが状況を理解できていないのだろうか。
横を見てみると、ノートを落とした金髪の女が目を見開きながらわなわなと震えていた。
フードを目深に被った男は、その隣の紅い髪の男と二人とを交互に見て意味が分からないというように首を傾げている。
そしてこの中で一番背の高い頭にピンを何本もつけた男は、小さく何事かを呟いていた。
……ミュルって、なんだ?
このまま黙って云々のところが分かりにくかったようなのでちょっと加えました。




