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Story5 - 3

セレナーデは、視界が光が散ったように明るくなるのを感じた。ユリアに向き直り、その手をガッと掴んだ。

ユリアは目を輝かせるセレナーデを見ると、困惑したようなぽかんとした表情になる。


「ありがとう!」

「はっ?」

「私、やっと答えが出たの。ユリア、本当にありがとう」

「な……なんのことか分かんねえけど、まあいいや」


ユリアは強く握られた手を力任せに振りほどき立ち上がった。

日向の部分にひょっこりと飛び出た灰色の髪の毛が、夕日に照らされきらきらと光る。

フェンスから覗く空は、淡く優しい春のように美しい光景を見せてくれた。

一度深呼吸して背伸びをしたユリアは、すらっと伸びた脚を動かし屋上の出入り口へと向かう。

セレナーデは慌てて立ち上がり彼女の後を追った。


一階まで下りきると、廊下に幾つかの影が伸びているのが見えた。

角を曲がると、アリエッタと春休みから会っていない彼女の兄アルターレ、いつものメンバー達がいた。

セレナーデはまだ寮に帰っていなかったのかと首を傾げたが、特に気にすることなく近づく。


「皆、まだ帰ってなかったんだ」


軽く声をかけると話し込んでいた五人は驚いたような表情でこちらを向いた。

それはセレナーデに向けられたものではなく、少し後ろにいたユリアに向けられたもの。

集中的に視線を受けたユリアは、居心地が悪そうに俯く。セレナーデはまだユリアのことを誰にも話していなかったことに今気付き紹介しようと口を開いたときだった。

ぺたりと上履きが床を踏む音が聞こえた。勿論セレナーデ達は特に動いていない。

後ろでユリアが歯軋りをする音が、やけに大きく聞こえた。ユリアは目の前の人影を眉根を寄せ嫌悪の表情で睨んでいる。

セレナーデは訝しげに彼女の視線の先を辿った。すると、二人の男子生徒がこちらを―――セレナーデを見ていることに気付いた。

一人の男子生徒の後ろに、背中までの青紫色の髪の毛をサイドで結んだ気の弱そうな男の子が張り付いている。

もう一人は、栗色の髪の毛で右目を隠した男にも女にも見える顔立ちの、線の細い男の子。

右目を隠した少年は、にっこりと微笑んで口を開いた。


「こんにちは」


女性とも男性ともつかないような、中性的な声が廊下に響いた。

ごく一般的な挨拶はこの場の全員に向けられたものかと思ったが、しかし彼の瞳はセレナーデだけに向けられている。

どことなく恐ろしく見えるその少年に、セレナーデは頭を振ることでその印象を打ち消した。

引きそうになった足を根性で踏みとどめ、愛想笑いを浮かべる。

少年は気をよくしたのか更に深く笑みを作り、セレナーデの目の前に姿勢よく立つ。

視界の端に視認できていたユリアが眉と眦を吊り上げ、忌み嫌うものを避けるように後ずさった。

彼女はこの少年に会ったことがあるのだろうか。獣のような感を持つ彼女がこれほどまでに嫌う人物なのであれば、この少年はあまり信用のできない人なのでは―――、セレナーデが少年から視線を外しもんもんと考えていたとき。



「久しぶりだね、セレナーデ・フライハイト―――ふふ、いや……ミュル・フォン・アールシュトファーさん?」


「―――――、」


は、と誰かが息を吸い込んだ。アリエッタが目を見開きノートを取り落とす。

セレナーデの唇が戦慄く。目の前の少年は、変わらず穢れを知らない純粋な幼子のような笑みを浮かべている。

少年の後ろにくっついていた男子生徒は、この重い空気に耐えかねたというように俯いている。

先程作った愛想笑いは疾うに崩れ、ただ愕然と目の前の人物を凝視した。

―――どうして。どうして、その名を。

ミュル・フォン・アールシュトファーの存在を知っているのはセレナーデの知る限りアールシュトファー家の人間、そしてジョープとライラとヴィオラ、それからこの場にいるラゼッタだけではなかったのか!

混乱し、蛇に睨まれた蛙のように立ち尽くして動けなくなる。

彼の後ろの男子生徒はあまり関係なさそうだが……少年は。目の前の少年は、一体誰なのだ!

口の中に溜まった唾液を嚥下する。

身動ぎもせず黙ったままでいると、後ろで腕を組み傍観していたラゼッタがセレナーデの隣に並んだ。


「このまま黙っててどうするのよ。―――それで、あなたはなんなの?」


少年はラゼッタに視線を向け、目を細めると―――、


「ボク?ボクは、グリシャ・べレスフォード。キミ達と同じ十五歳で……ミュル、キミの許嫁さ」


……グリシャは、セレナーデをやんわりと抱き締めた。



第五章 了

婚約者を許嫁にしました。

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