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◇ Story5:A short break ◇

セレナーデは、授業も真面目に聞かずに席から空をただ眺めていた。

隣の席に座っているラゼッタが肩を叩いているが、彼女は上の空で気付く様子もない。

数回繰り返してもまったく気付かないセレナーデに、ラゼッタもついに諦めたのか黒板の文字をノートに書き写す作業に戻った。

雲一つない青空を若苗の瞳に映しながら、思い出しているのは前回の授業の内容でも今日の時間割でもない。

少し前の日のことだった。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


あの日セレナーデは、気力も覇気もないドロッセルの傍にいた。

四人は『何も言わずただ傍にいてやれ』とセレナーデを置いていったけれど、自分は何をすればいいかなんて分からない。

何も言わず傍にいる方が迷惑なのでは。そんなくらいなら、一人にさせたほうがいいんじゃないか。

思案するセレナーデの横で、ドロッセルは息を吸い込んだ。


『……ごめんなさい、セレナーデさん』

『ぁ…………』


つい答えようとしてしまい、喉からか細い声が漏れ出る。

一瞬彷徨わせた視線を再び正面に戻し、セレナーデは顔をゆっくり下に向けた。

この状態ではドロッセルの様子を伺うことはできない。けれど、今はそれでいいのだと思った。


『……正直、今でも手が……震えてしまうの。自分でも情けないと思いますわ』

『…………』

『でも……わたくしは約束したのです、ローレルと。……【忘れない】って』


衣擦れの音がする。立ち上がったドロッセルの体が夕日の光を遮り、セレナーデの姿を隠す。

彼女は紅い空を見上げると短く溜息を吐き、セレナーデの方に顔を向けた。

夕日を背にしたドロッセルの表情は、依然として見ることは叶わない。

けれど、彼女の纏う気が。―――ほんの少しだけ。


『いつまでも泣いてはいられない。わたくしは、一クラスを纏める委員長ですから』

『……先輩』

『もう、大丈夫。……ありがとう』


そう言ったドロッセルはセレナーデに向かって小さく頭を下げると、寮のある方向へと去っていった。

いつの日か見た父の面影が、煌く金の髪が、ふわりと旅立っていく。

ぽつんと一人残されてしまったセレナーデは、固まって軋む骨を無理矢理伸ばし静寂の中に溶け込むように瞼を下ろした。


ドロッセルはローレルの死を受け入れた。決意を表したときの彼女の纏う気は、張り詰めた、はっきりとしたものに変わった。

忘れないと言っていた。けれど、それを自分達の死ぬ最期のときまで貫けるのか?

セレナーデは考えた。本当に、【忘れることなどない】と言えるのか。

いつか自分にも、分かる日が来るのだろうか。大切な、かけがえのない人間を失う日が。

きっとあと数年もすれば、思い知る日も来る。それだけの存在が、たった一人の老いた存在がいる。

セレナーデは長く伸びた影を眺めいつの日か感じた視線を気にしながら、一生そんな日など来なければいいのに、と思った。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


授業の終わりを知らせる鐘が学院内に鳴り響く。

クラスメイト達はやっととでも叫びそうな速さで教科書やノートを閉じ、自分の鞄の中に粗雑に入れていく。

その中でセレナーデは一人、手提げから今まで開いていたノートとは別のノートを取り出し、一番新しいページを開いた。

一定の間隔を開けて薄い線が引かれている紙に、ボールペンを滑らせる。

文字を教わってまだ一年と九ヶ月ほど。ところどころ歪み縒れた文字が、ノートに描かれていく。

ラゼッタやアリエッタに比べると線も汚く、筆圧も強い。男子の中で特別汚いと嘲られているルタスも、真剣に落ち着いて書けばセレナーデよりも上手だ。

眉尻を下げ蚯蚓がのたくった様な自分の文字を何度も読み返し、ぱたんとノートを閉じた。

教室を見渡せばいつの間に別れの挨拶を済ませたのか、一握り程度の生徒しか残っていない。

小学生や中学生も寮に帰っていく。外は騒がしく、烏の鳴き声がけたたましく学院に木霊した。


「……セレナ……帰らないの?」


椅子に座っていつまでも立ち上がる様子のないセレナーデに、ジルトは話しかけた。

しかし彼女は顎に手を当てて暫くジルトを見詰めた後、首を横に振る。


「ごめん……ちょっと、一人になりたい。先に帰ってていいよ」

「……うん、わかった」


ジルトは頷き、黒板に落書きしていたルタスと女子二人に声を掛けて教室をさっさと出て行った。

今ではもう、ジルトも普通に学院に通えるようになってきている。……少しでも自分達が彼の助けになっていることを願う。


あれから三十分ほどした後、セレナーデは階段を上っていた。屋上に行けば、またユリアに会えると思ったからだ。

自分の中で滞るこのもやもやを、彼女ならどうにかすることができるだろうか。

セレナーデの側にはラゼッタという存在がいる。しかし口では何を言っても何かと面倒見のいい彼女に、これ以上迷惑を掛けるわけにはいかない。

それにユリアであれば会って日が浅い分、彼女の性格上遠慮なく意見してくれるのではないかと考えた。


この間彼女と初めて会った、屋上の入り口の裏を覗けば予想通りユリアはそこにいた。

ユリアはこの前のように壁に寄りかかり、片脚を立てて座っている。

そして、彼女は一つの旋律を奏でていた。



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