◆ Story4:Bedridden girl ◆
※人が死にます。注意!
ローレルさんの部屋は、【128号室】らしい。
学校の行事などで見られるまさに【先輩】という姿と今のドロッセル先輩のあまりの差に、ルタス達は戸惑っている。
先輩は今、クラス代表の委員長ではなく親友の心配をする普通の女の子なんだ。
きっと、こんな姿を生徒達には見せられないという矜持があるのだろう。私は、先輩こそ人を纏めるリーダーの鑑だと思う。そしてそれは強ち間違いではない。
ちなみにこの学院には生徒会長なんて人はいない。皆が皆、自分でものを決めて行動するからね。でもそれじゃあ収拾つかないときのためにクラス委員がいるんだ。
「128号室……ここですね」
「……ええ」
先輩とローレルさんは違う部屋だ。
先輩はインターホンを鳴らし、目の前の扉をじっと凝視する。
中からどたどたと慌しい足音がした後、がちゃがちゃと焦ったように扉が開かれた。
「あっドロッセル!いらっしゃい、ローレルが待ってるよ!その、後ろの子達は……」
「わたくしのお友達ですわ。それよりも、ローレルはまだ大丈夫ですの!?」
「うん、まだ大丈夫っぽい。あたしこれから出かけるから、ローレルのことよろしく」
白髪の女性は、肩に鞄を掛けて廊下を走っていってしまった。
先輩は女性と入れ替わりに玄関へ素早く入ると、リビングから一つの部屋に駆け込んだ。
後を追うと、ベッドの上の真っ青な顔の女性が視界に入った。
この人が、ローレルさん……なのだろうか。
「ドロッセル先輩……この方が?」
「ええ。ローレル……ローレル、見えてます?わたくしです、ドロッセルですわ」
涙声でローレルさんに呼び掛ける先輩。
目を閉じていたローレルさんは瞼を震わせゆっくりと目を開いた。
かさかさの唇を開き、掠れた小さな声で先輩の名を呼んだ。
「ド……ロッセ、ル……」
「ローレル、大丈夫ですか……?」
「…………」
しかし先輩の問いかけには答えず、再び目を閉じてしまう。
ローレルさんの呼吸は荒く、喋るのには労力がいるのだろう。
彼女の体は痩せこけ肌は病的に白くガサガサになり、顔色は真っ青になっている。痛々しくて見ていられないほどだった。
ドロッセル先輩の肩や腕が小刻みに震えている。……泣いているのだろうか。
背後からがさりと音がした。
振り返れば、ラゼッタが机から小さな紙袋を手に取っていた。彼女は難しい表情で紙袋を眺めている。
ルタスがラゼッタの顔の横から覗き込み、「あっ」と声を上げた。
「これ、副院長先生の薬か?」
「そのようね。でも、効果が弱い……薬草の種類が足りないんだわ」
「……ラゼッタは、薬に詳しいの……?」
「いいえ、でも昔読んだ文献にこれと似たような薬が載っていた。副院長の薬には一番効果のある薬草が入っていないの」
ジルト君は納得したように数回頷くと、ルタスと話し始めた。
私は……役にたたない。助けたくても、何もできない。分からないことを何でも書いていたノートのどれにも、病気や薬のことなんて書かれていない。
静かに佇んでいたアリエッタはいきなり私の腕を引っ張ると、ローレルさんの部屋からリビングに出てソファに座らせる。
彼女は私の隣に座ると、ノートを開いて何かを書き始めた。訝しげに見ていると、書き終わったのかノートを見せてきた。
紙に書かれていたのは妙に立体的な猫と、『このまえ りょうにはいってきたネコ かわいい?』という文字だった。
私は呆然と目を瞬かせる。
私達は今、ローレルさんの見舞いに来てるんじゃなかったのか。
医療とか、病気とか、全然分からないけど。そんな私から見てもローレルさんは危険な状態だと分かるのに。
「今……そんな場合じゃないでしょ……?ローレルさんが、苦しんでるんだよ……?」
自分から出たのは思ったより冷たく、静かな声だった。
米神がぴくぴくと痙攣する。胸の中に溜まる何かを抑えて、精一杯押し殺した。
下を向くと、自分の手が白いソファのカバーを血管が浮き出るほど握り締めているのが見えた。
アリエッタは目を細める。私に対して怒っているのではない。呆れているのでもない。
目の前にノートを突きつけられる。先ほどの猫ではなく、文字だった。いつも字の丁寧なアリエッタにしては珍しく、文字が歪んでいる。
『なにもわからないわたしたちが あそこにいてなにになるの。いみもなく さわぎたてるの?そっちのほうが めいわくでしょう』
ノートの上に、ぽとりと水滴が落ちる。
何時の間にか泣いていたことに気付いて、慌てて顔を上げた。
アリエッタは、真っ直ぐな瞳で私を静かに見詰めている。視線を外すことなく、ただ真っ直ぐと。
彼女も何も出来ない自分に憤りを感じていたんだ。私だけが悩んでいるわけじゃ、ない。
それどころか、アリエッタは私を元気付けようとしてくれた。可愛らしい猫を描いて。私が猫を好きなの、覚えていてくれたんだ。
「ごめん……私、どうかしてたね。一番辛いのは、ローレルさんとドロッセル先輩なのに」
アリエッタは一度瞬きをすると、私を抱きしめた。
数回背中を優しくポンポンと叩き、スッと離れる。もう、涙は止まっていた。
「……二人とも」
ローレルさんの部屋にいた三人がリビングに戻ってきた。
目縁の赤い私に男子二人はどうかしたのかと詰め寄ってきたが、軽くあしらいソファから立つ。
「それで、何かあったの?もしかして、ローレルさんに……」
「いえ、違うわ。……あんたは人の心配ばかり。少しくらいその気遣いを自分にまわしなさい」
「そう?人の心配をするのは、同じ人として当然のことでしょ?それで、本当に何かあったの?」
「ジルトがさぁ、学院の近くの森で薬草が採れるって聞いたらしいんだよ」
「え!それ本当!?」
ジルト君はこくりと頷く。
学院の近くで薬草が採れるなんて初耳だ。薬に詳しいらしいライラさんも何も言ってなかったし。
ジルト君は誰から聞いたんだろう。でもこの情報が本当のことだったら、結構な収穫だよね。
「じゃあ今から採りに行こうよ!まだ外暗くなってないし!」
部屋の壁に引っ掛けられている時計を見れば、まだ四時半。春だという事も手伝って、まだ暗くはなっていない。
今のうちに森に行き薬草を採った後ライラさんに調合を頼めばローレルさんの病気も少しは良くなるかもしれない!
「……そうね。ガセの可能性もあるけれど、本当の可能性もないわけではないもの。」
「……先輩は、置いていこう……少しでも傍にいたいだろうし……」
「そうだね。私先輩に知らせてくる!」
「先輩!私達、薬草が採れるっていう噂の森に行って来ます」
「え……薬草?な、なぜですの?」
「見つけることが出来たらですけど……もしかしたら、ローレルさんの病気が良くなるかもしれないし!」
パァッとドロッセル先輩の表情が一気に明るくなる。
先輩は私の背中を押すと玄関まで行き「お願いしますわ」と言って、私達を送り出してくれた。
これで薬草が採れなかったら……嫌な考えが頭をよぎる。が、それを頭を振ることで掻き消した。
今は兎に角薬草を摘んでくることだけ考えていればいい。……噂が本当だったら、の話だけど。
私達は寮から出て夕焼けの紅い空の下、近くの森へ歩き出した。




