◇ Story3:Hide-and-seek ◇
今日はレクリエーションだ。今は広場……校庭にいる。
なんとジルト君も一緒だ。昨日もちゃんと外に出ることができたから、多少は慣れたと言えるだろう。トラウマ克服とはいかないまでも、ジルト君は頑張った。誇っていい。
一人でうんうんと頷いていると、腕にパンと何かが当たる。ノートだ。
『レクリエーションはじまるって はやくいかなきゃ』
「おお、やっとだね。じゃあ、行こうか」
ちなみにレクリエーションでやるのは、かくれんぼ。
高校生にもなってなんでかくれんぼ……とラゼッタはぶちぶち文句を言っていたけれど、個人的にはかくれんぼもいいと思う。
少し前までは一人部屋の中だったし、かくれんぼとか鬼ごっことかしたことなかったから……実はちょっと楽しみ。
ジルト君にはルタスがついてくれているし、安心してかくれんぼに臨めるだろう。
それにしても三人で隠れるか、一人で隠れるか迷う。一応ルールは聞いてるし一人でもよさそうだ。
レクリエーションは初等部、中等部、高等部で行われる。
範囲は校庭と学院内。学院内はいいんじゃないかと思ったけど、授業二時間分を使うのだからそれなりに隠れる場所も用意しないとという無駄にはしゃいでいる各クラス委員長が決めたらしい。
□ ■ □ ■ □ ■
あの後校庭の真ん中に集まった生徒達と共にレクリエーション実行委員から軽く説明を聞き、私は今学院内に隠れている。
鬼は一番年上の高校三年生から十五人。捕まった人は一つの場所に集められ、また隠れるなどというズルをしないように委員達に監視される。
今のところ院内に沢山の人数といえる数の生徒はいない。やはり遊具があり、それなりの大きさの木が一杯ある校庭の方が隠れやすいのだろう。鬼も外を優先的に捜しているようだ。
人の少ない院内は、声も物音もしない。いや、他の生徒の足音はする。掃除用具を入れるロッカーに隠れているが、近くに人の気配はない。
どうやら鬼が学院に入ってくるのはまだまだ先のようだ。こんな狭い場所にあと十数分も隠れているなんて、窮屈で仕方ない。
ラゼッタ達はまだ捕まっていないだろうか。外は快晴で太陽が頑張っているが、ジルト君は大丈夫か心配だ。
私はロッカーから出た。捕まったら捕まったでそれでいい。
外からは女子のきゃーきゃー盛り上がっている声や、男子の笑い声が聞こえてくる。まだ声変わりのしていない高い声から、大人びた声まで。
屋上への階段を上り、観音開きの扉を押し開ける。ここには一昨々日来たけど、四人で騒ぎながらお昼を食べたときと今では全く違う場所に見えた。
日陰を捜して広い屋上をうろちょろと歩き回り、入り口の裏に回ったときだった。
漸く日陰を見つけたと思ったが、先客がいたのだ。灰色のウルフカットが印象的な、釣り目の女の子。
整った綺麗な顔がこちらに向いて、瞳が私を捉える。彼女は眉をぴくりと動かすと
「アタシになんの用」
と冷たい澄んだ声で言い放った。
その雰囲気は、出会った当初のラゼッタのようで、酷く懐かしく感じた。
無言で睨みつけてくる少女は、よく見てみると制服を着ていなかった。小学生でもこの学院では指定の制服があるのに。
健康的な肌色の脚を惜しげもなく晒したホットパンツに、袖の長いTシャツ。足には黒のショートブーツ。
この服装は、スタイルのいい彼女によく似合っていた。まるでモデルみたいだと思うくらい。
しかしこのまま見惚れていても何にもならない。私はラゼッタから聞いた狼……そう、狼のようだと感じながらも彼女に近づいた。
「私、セレ」
「アタシに近寄んなッ!」
「はい!?」
自己紹介を、と思ったのだが一歩踏み出した途端彼女はクールな表情を一変させ、私に向かって怒鳴った。
瞳孔が収縮して、本当に獣……狼のようだ。威嚇し、その鋭い牙で獲物を捕らえるのだ。
脚を伸ばして壁に寄りかかるようにして座っていた少女は、髪の毛を振り乱しながら勢いよく立ち上がると私のほうに体を向けながら後退る。
な、なんで逃げるの……!
せっかく出会えたのだからせめて名前だけでも聞きたいと思った私は、後退していく少女に一気に詰め寄りその細い体に抱きついた。
「ちょ、ちょっと待って!名前教えてー!」
「はぁ!?……くそっ、放せ!!」
「名前教えてくれるまで放さないー!」
「んだよっ……ユリア!ユリア・ヴィルヘルム!」
「ユリアはいくつなの!?」
「おいっ名前教えたんだから放せよ!」
「年齢教えてくれるまで放さないー!」
「ぐ、……十三だよ!」
「わぁ、まさかの年下だ!」
案外素直に答えてくれたユリアは、十三歳らしい。中学二年生だね。こんな大人びた顔をしている子が年下だなんて、驚きだ。それに私より背が高い。
抱きしめていたユリアを解放すると、彼女はすぐに私から距離を置いた。そんなあからさまに顔を顰めなくても……。
ユリアはぽつりと何かを呟く。唇は「アンタ……」と動いていたが、その後は読み取れなかった。
チッと舌打ちし、ユリアは屋上の扉に体を叩きつけるようにして去っていった。「バァン!」って音してたし凄く痛そう。
鉄の柵から校庭を覗き込むと、真ん中周辺にはもう大体の人が集まっていた。どうやら屋上でうろちょろしていた時間が結構長かったようだ。
また、ユリアに会えるだろうか。容姿だけでなく、声も素敵だった。キツイ口調なのに鈴のような柔らかい声で少しも怖くなかった。
ああ、そういえば私の名前を言い忘れてしまった。不覚。
柵に肘をつき真っ青な青空を眺めていると、足音が近づいて来るのが聞こえた。もうそろそろかくれんぼも終了だし、見つかってもいいや。
あまり楽しめなかったけど、その代わりユリアと出会えた。ともかく下に戻ったらまずジルト君の安否を確かめないと。
背後で錆び付いた扉がギギギと音を上げる。振り向き、一番に目に入ったのは―――
「セレナーデさん、あなたで最後ですわよ」
アリエッタとは違う……どちらかといえばお父様に近い、金髪。制服のリボンの上で、ミディアムの髪の毛がふわりと揺れる。
どくりと心臓が跳ねた。耳元で鼓動が早鐘のように鳴っている。口の中に溜まった唾液を、ごくりと飲み込む。
彼女の肩には、鬼を表す襷が掛かっていた。鬼ということは、彼女も高校三年生なのだろう。
「あ、あなた……は」
「わたくし?わたくしは、ドロッセル・シャステリーゼ。ただの鬼ですわ。」
「………」
「【みぃつけた】。校庭で皆さんが待っていますわ。早く行きましょう?」
「……は、はい」
にっこりと微笑むドロッセル先輩は私の左手首を優しく掴むと、そのまま歩き出した。
屋上から出て扉をきっちり閉め、私達は階段を一階まで降りて下駄箱に向かう。
「……セレナーデさんは、わたくしをご存知です?」
「えっ?いえ、あの……」
「そう……そう、ですわよね。あなたがわたくしを知らないのは当然のことですのに、わたくしったら……」
先輩は眉尻を下げてどこか悲しそうに……自嘲するように笑うと、手首を掴む力を少しだけ強めて私を校庭まで引っ張った。
□ ■ □ ■ □ ■
集合場所で各学年代表がレクリエーションについて感想を述べ、今日は終わった。
ジルト君はずっとフード被りながらルタスと一緒に隠れていたためあまり怖くはなかったと言っていた。それどころか久しぶりに学院に来れて楽しかったと。
アリエッタやラゼッタは、終盤まで残っていたが十分前くらいに惜しくも見つかってしまったらしい。
四人と集合したときは隣にドロッセル先輩がいたので、大層驚かれた。特にルタスが「何処で会ったんだ!?」と大声で騒ぎラゼッタに沈められていた。
初対面の人ってなんで意味深な言葉を残していくんだろう。こういうの本当に困るんだって、私分からないことあると知りたいタイプだから。
乾いた地面を見詰めながらぐるぐる考え込んでると、他のクラス委員と会話していたドロッセル先輩が声を掛けてきた。
「セレナーデさん、あなたにお願いがあるの。」
「お願い?な、なんですか?」
「実はね、わたくしの親友が重い病気で……。最近特に悪化してしまったみたいで……だから、セレナーデさんにお見舞いに来てほしいの」
「え、でも……悪化しちゃったのなら、尚更行かないほうがいいんじゃ……迷惑ですし」
「だからこそなのです!お願いですわ、セレナーデさん!お友達も連れてきて構いません、だから……っ」
胸の前で手を組み合わせ必死な表情で詰め寄ってくる先輩に、私は頷くしかなかった。
すぐにでも、という話だったから放課後行くと約束し、ラゼッタ達にそのことを話すと別段やらなきゃいけないものはないということで一緒に行くと言ってくれた。
重い病気を患っているという先輩の親友 ローレル・カザノヴァさんは、幼い頃から先輩と共にこの学院に通っていたが、持病を拗らせ私室で休養となったらしい。
中学生くらいからずっと見舞いに行っているが副院長に調合してもらった薬を飲み続けても一向に良くならないらしく、それどころか最近更に悪化している。と聞いた。
どんなに病状が悪くなっても本人は、どうしても病院には行きたくないと言っているとも。
副院長の調合する薬はよく効くと学院内では有名だし、薬を上回るほどの重病。もしかしたら最悪な場合の可能性も……。
話をしている最中の先輩は、口も回らないようで痞えながら一生懸命ローレルさんのことを教えてくれた。
レクリエーションのときの先輩はどこにいってしまったんだ、と思ってしまうぐらいだった。それほどローレルさんのことが大切なんだ。……親友、だもんね。
私達は学院の玄関前で暗い顔の先輩と合流し、寮に急いだ。
第三章 了
三章は元々なかったので短めです。
さて、面白くなさそうな展開になってまいりました。




