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閑話:アリエッタ・セルケイトの場合

わたしが変わろうと思ったのは、あの子と知り合ってからだった。


今から何年位前だったか……深く考えないように必死に頭の端に追いやっていたため、明確には覚えていないが。

確か……そう、八年前。八年前のことだった。

『お前達の声が鬱陶しい』という意味不明かつ理不尽な理由で当時七歳だったわたしは、四つ年上の兄、アルターレとともに両親から虐待を受けていた。

思い返してみれば、わたし達は周りの子供達と少し違った声音をしていた……気がする。しかし特別おかしいところなど何もなかった。至極普通の声。

それなのに両親はわたし達を育てることを放棄し、そのうち仕事場からも数日に一回程度しか帰ってこなくなった。

幼いながらも酷いと思った。これはないと。声がちょっと変わってただけでネグレクト。何故産んだのか、わたし達はなんのために生まれたのか、時々解らなくなる。

両親が関心はなくとも金だけは持っていたおかげでわたし達は今まで生きることができた、と言えるだろう。全然面白くないしうまくもない。

まあ理由がなんであれ、トラウマによりわたし達兄妹が声を出せなくなってしまったということは事実なわけで。


それからしばらくして、一年後の……丁度わたしが八歳、兄が十二歳のとき。

両親がわたし達に怒鳴る声が最近更に大きくなっていい加減迷惑だ、怒鳴られている子が可哀想などの不満を持った近所の人々がお偉いさんに

相談しに行ったらしい。それを聞いたお偉いさん方々は、「いろいろな問題を持つ子供達が集まる【グリュック学院】に転校することを勧める」と

わざわざ勧告してきたのだ。

怒鳴る叩く以外の関心を失っている両親がそれを止める筈もなく、大金を持たせわたし達を追い出した。

『金は払うからもう自分達に顔を見せるな』ということだったのかもしれない。

そしてわたし達はもといた学校から【グリュック学院】に転校することになったのである。

有名な【グリュック学院】については、聞きかじりだがある程度は知っていた。

まず、小学校から大学校までの年齢別の子達にそれぞれの教育指導をしていくのが学院の目的。

次に、『いろいろな問題を抱えている子供達を集め、皆一緒に学びながら独立していく』というのがスローガンだということ。

それから寮住まいなこと。訳ありじゃない子でも、勉学に励む為に入学することができるということだった。

常に一緒にいたわたし達は意思疎通を容易にできたが、学院という集団で過ごすには難しい。

前にいた学校ではそもそも生徒達に近づきもしないので必要なかったが、わたし達は学院内で常に【書くものと書けるもの】を持ち歩くことを心がけるようにした。

忘れ物常習犯の兄はよく【書くものと書けるもの】を忘れることがあったが、よく話す男子生徒は笑って紙とペンを差し出してくれたという。

早くも兄は学院に慣れ始めている。明るく妹思いの彼は、すぐクラスに馴染んだ。

わたしもそうだ。兄ほどとはいかないし明るくもなんともない、逆に暗いといえるわたしだったが、クラスメイト達は明るく受け入れてくれた。

学院で過ごす日々はとても楽しかった。両親に怒鳴られ虐げられることもなく、兄もわたしも幸せに暮らしている。そして辛い過去は皆持っているという【仲間意識】。



いつものように寮の兄とそのパートナーが生活している部屋に足を運ぶ。その日あったことを話し、楽しい時間を共有するためだ。

筆談で兄と給食のときに残した紙パックのリンゴジュースを飲んでいたときだった。

兄がシャープペンシルで紙に何かを書き、わたしに差し出してきたのだ。

紙にはこう書かれていた。


『学院の外で男の子にあったんだ』


八歳だったわたしにもわかるように簡潔に書かれた一文。

兄の言う『男の子』がどんな人だったのか気になったため、わたしも『どんなひとだった?』と返した。

すると兄は再びシャープペンシルで紙に綴る。


『同い年で、とてもやさしい子だった。なまえはフェイドっていうんだ』


名前はフェイド……。兄と同い年。優しい。わたしの中のフェイドという少年の印象は、『簡単に騙されそうな人』だった。

わたしが続きを催促していることを悟った兄は、フェイドという少年の特徴を書いていく。

紙を見たわたしの目に留まったのは、『いもうと』という単語。


『フェイドにはアリエッタと同い年のいもうとがいるらしい。なまえはミュルだって』


この一文から、目が離せなかった。

フェイドにわたしと同い年の妹がいる。名前はミュル。その存在が、特に気になった。

ミュルという人物について詳しく記すように書けば、兄は困ったような顔になる。

『ミュルっていうなまえととくちょうしか聞いてない』らしい。

少しがっかりしたが、自分で会ってみればいい話だ。

フェイドにミュルと会えるように交渉してほしいと書いたが、『会えないと思う』と返された。

何故だと問えば、どうやら兄も会ってみたいと進言したが断られたらしい。

いつかミュルという少女に会ってみたい……。そう思い続けてもう七年も経つ。依然気持ちは変わらない。

この七年の間、兄は声が出せるようになり、院長夫妻が手放しで喜んでいた。

たまに外で会って遊んだり沢山の話をするなど、兄はフェイドと親友と言える関係になった。しかしそのフェイドとも、二年前ぱったりと連絡が途絶えてしまったらしい。何かあったのか聞いてみたけれど、暗い顔で俯き黙り込んでしまう。

わたしはそんな兄を見守ることしかできない。

少し遡るが……一年前の十四歳のとき、わたしは一人の少女に出会った。

名前はセレナーデ・フライハイト。同じクラスになって初めて知り合った。ちなみに三年Ⅰ組だ。

聞けば今年転校して来たらしく、お尻までの長い黒髪に薄い黄緑色のような瞳が印象的。……なんとなくだけど、昔聞いた【ミュル】の特徴に似ている気がする。

違うクラスにラゼッタという友達がいるらしく、世間知らずな自分にいろいろなことを教えてくれたと言っていた。

セレナと一緒に過ごすと、自分の心が軽くなっていく。ストレスがパッと散るような……よくわからないが、鼻詰まりがスッと治った―――そんな感覚。

ふと気付けば、声が出るようになっていた。

約八年ぶりに聞く、自分の声。……成長してもあまり変わらない。普通の声だ。実は両親の耳がおかしかったとか、そういうのを願う。

しかし、声が出るようになっても変わらずペンや紙で会話しようと思う。声が出せるようになったことも隠す、そう決めた。

―――嫌われるのが怖い。いや、セレナが声ごときでわたしを嫌うはずはない、分かっている。信じてないわけじゃない。

けれど、もし―――そう考えてしまうのだ。最悪の場合がないとは断言できない。だからわたしは声を隠す。


セレナ、わたしはあなたを信じてないわけじゃないの。トラウマを少しだけでも和らげてくれた事、感謝しているんだよ。

でも、セレナの前で声を出すことはできない。弱くて、ごめんね。

いつか……いつか、わたしが覚悟を決めることができたら、そのときは。



わたしの言葉を【聞いて】ね。



言っちゃなんですけど普通ここはルタスとかジルトの筈ですよね。

【追記】

アッー!もう途中でメモなんて書かん!三日も恥かいた!

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