Story2 - 3
「ねぇ、そろそろ休憩したほうが……」
少し離れたところでその様子を見守っていた私は、こちらに走ってくる人影を避けることができなかった。
「あっ―――」
食い縛った歯の隙間から漏れた声に、四人が振り返った。左半身に衝撃が走る。
ぐらりと傾いた体。倒れる―――そう思った瞬間。
「おっと」
低めの男性の声。衝突した人のものだろうか。
地面に尻餅をつく寸前の体を、強い力で引っ張られる。
視界の端に揺れる茶色の髪の毛……頭を上げると、目の前に顔があった。
驚いて目を剥く。身長が何十cmも開いている男性の体を、力任せに押し退けた。
「おっ?……吃驚したぁ」
「あ、すみません……」
「いや、いいんだよ。君は大丈夫だった?」
「はい、大丈夫です」
先生かと思ったが、彼が纏っているのは制服。学院の生徒だ。
ニコニコと微笑む男子生徒は押し退けたことによって開いた距離を詰め、私の頭を撫でた。
いきなり何をするんだと言いたかったがそれができなかったのは、手つきが優しくて……一瞬だけお兄様を思い出してしまったから。
気持ちよさに目を閉じていると、腕部分の服を引かれる。すっかり存在を忘れていたが……多分これは、アリエッタだろう。脚にノートが当たっている。
「そうだ、自己紹介を忘れてたね。俺はシャロン・ストレイジ。君達は?」
「え、えーと……セレナーデ・フライハイトです」
「ルタス・リートリン」
「………ジルト」
「ラゼッタ・ソルフェリノよ」
『アリエッタ』
皆で自己紹介を終えると、シャロンさんは私を見る。
優しい眼差し。大きな掌。本当に、お兄様のようだ。顔が似てるとかそうゆうのじゃなくて、雰囲気が似てる。
懐かしさに涙が込み上げかけたが、口を開閉することで泣くことは堪えた。
それにしても、先程からラゼッタが口元に手を当てて俯いている。……これは彼女が思案に沈むときの一種の癖だ。
どうしたんだろう、ラゼッタが考え込んででも思い出そうとするなんて珍しい。とても気になる。
隣にいるラゼッタを横目でちらちらと見ていると、不意にラゼッタが「あ……」と声を上げた。
「どこかで聞いたことあると思っていたらあなた、院長の甥だったわね」
「えっ!?」
突然の爆弾発言に、シャロンさんやアリエッタ以外が大声を出す。
甥?院長の姉弟とかの息子?え、じゃあヴィオラとは従兄妹?
それにジュリナの孫でもあるし……ありえなくはないけど、この学院に集まりすぎじゃない?ジョープ院長の関係者。
シャロンさんは苦笑している。後ろで結んだ長めの茶髪が日光できらきらと光っているのが見えた。
「セレナーデちゃん、いつもヴィオラが世話になってるね」
「え!?いや、私の方がお世話になってて……すみません!」
「……本当に、聞いたとおりだ。君はあの頃から変わってないんだね」
「はぁ……?」
意味が分からず私は頭の中で疑問符を飛ばすばかり。
「あの……」
「どうした、ジルト?」
ジルト君が小さくルタスに声を掛ける。その顔には疲労の表情がありありと浮かんでいた。
外に出て少し歩けば部屋に戻るつもりだったのに、気付けばこんなに長引いてしまった。
初日だし、ジルト君が疲れるのも当たり前だ。早く部屋に帰ろう。
「ごめん、結構長く話しちゃったね。俺も部屋に帰るよ……じゃあ」
「はい、さようなら……」
さっきの発言は気になるけど、今はジルト君を部屋に送るのが先。
私達はシャロンさんと別れ、ルタスとジルト君の部屋に急いだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ジルト君を部屋に送り届けた後皆と明日の約束をして別れ、私は部屋に戻りヴィオラに「ただいま」と言って自室に入った。
備え付けられた机の椅子に座ると、目の前の本のタイトルを眺めながら思考を巡らせる。
『……本当に、聞いたとおりだ。君はあの頃から変わってないんだね―――』
あれは、どういうこと?私のことを、誰から聞いた?
ジョープ院長?ヴィオラ……は、どうだろう。あの子はあまり人の話しなさそうだし、あの頃っていつのこと?
何考えてるんだろう、私。本当は深い意味なんてないのかもしれないし、そこまで考える必要はないんじゃないか。
あーやだやだ、恥ずかしい。あれには深い意味はない、それでよし!
勝手に決めつけ無理矢理納得すると、明日着ていくための服をクローゼットから出しベッドの近くに置いた。
それにしても、今日は本当にラッキーだった。だってまさかジルト君が一発で外に出られるとは思ってなかったから。
もしジルト君に外に出たいという意志がなくて頑なに拒み続ければそもそも部屋からだって出られないもんね。
フードを被ってれば昼間でも大丈夫っぽかったし、明日もうまく行けば明後日のレクリエーションはきっと大丈夫だろう。
照明を消し真っ暗になった部屋の中、目を閉じた。
第二章 了
今回は癒し回です。
次の次がちょっと重いので……




