教育係
翌朝。
今日は目覚めが悪い。
久しぶりにアルスの夢を見てしまったせいか、起きたら目は腫れているし、頰も濡れていた。
昨日の突然の結婚発表から、ナワルドへ出立するまで、1週間の猶予を貰った。
断るなど初めから選択肢に入っていなかった。
なので、それまでに気持ちを整理して、腹を括るつもりだ。
とりあえず、顔を洗ってスッキリしよう。
勢いよくベッドから起き上がる。
廊下を少し足早に急いでいると、角を曲がった所で、誰かにぶつかる。
驚いて閉じていた目を開ければ、サラより少し背の高い青年が、体を支えてくれていた。
まだ若いのに、身嗜みは貴族のように整っており、胸には立派な金の勲章がついている。
金色で少し癖のある髪、宝石のようなサファイアブルーの瞳はまるで王子様。そして、そのまま微笑んでくれたら、世界中の女性が溜め息を漏らすほど、整った顔立ちであるというのに。
どうしてこうも眉間に皺が寄るのか。
「姫様!廊下を走るなど、行儀がお悪いですよ。」
「あっ、ユーリ、えと…」
驚いて、うまく言葉が出てこない。
それに、こんな腫れた目を見られたらまた心配をかけてしまう。
俯いたままのサラを見て、教育係ははあ、と息をつく。
「また泣いていたんですか、全く。顔を上げなさい。」
フワ。
涙で濡れた頬をハンカチで拭ってくれる。
やはり角を曲がった瞬間からバレていた。
彼はサラのアルスへの想いをよくわかってくれている。
「ユーリ……いつもごめんなさい」
「謝るくらいなら泣かないでください」
「うう…….はい」
サラより3つ上のこの青年は、9歳という異例の若さで教育係に任命された、超優秀人物である。
サラはいつも怒られてばかりで、彼には頭が上がらない。
何度レッスンをふけようとしたことか。
「あなたは今、自分の事だけを考えなさい」
ユーリは厳しくて、優しい。
「ありがとう。少し顔を洗ってくるわ」
そう言ってサラは部屋に戻った。
足取りはさっきよりだいぶ軽くなっていた。
彼はもう、自分のことなど、忘れているかもしれない。
それでも、どこかで幸せに生きてくれているなら、それで十分だ。
2人だけの大切な時間は、この心の中で永遠に生き続ける。
自分も、次に進まなければならないのだ。
後ろばっかり向いてはいられない。