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姫はドラゴンに恋をする  作者: 楡葵
第5章
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帰還

その日もアザエラの所で本を借りて読んでいた。

今日はいつにも増して、甘い香りが漂ってくる。

聞けばお花のお香らしい。


しばらく読み進めていると、突然酷い眠気とだるさが体を襲い、ソファに倒れ込んでしまった。


「アザ……エラ?」

霞む視界の中で、アザエラがそれはそれは優しく微笑んでいるのを、最後に見た、気がした。




ここは城の地下室。


「ああ、やっと我が手中に」

魔女は恍惚とした表情で、目の前の眩しいくらいの光に包まれた娘を見やる。


「精霊の巫女よ」


石壇の上に横たえられて眠っている娘の頰に触れようとするも、バチィッと弾かれる。


「その娘に触れるな」


「おやおや、お帰りなさい旦那様」


「この城内で魔力を使う事は一切禁止している。それが婚姻の条件の一つだ」


わかっているさ、とアザエラはめんどくさそうに溜息をつく。



「この子の為なら10年見捨てていた母国へも帰れるんだねえ」


妻の名が廃るよ、と仰々しく嘆く。


「アルス、精霊の巫女の命は私が頂くよ」



魔女が去ると、アルスはサラの元に駆け寄り、具合を確かめる。


眠っているだけなのがわかると、少しだけ息をつき、その頰をそっと撫でる。


「ん……」


常備している毒消しの薬草を飲ませる。

苦しそうに顔を見てしかめるサラ。


朦朧とした意識の中、懐かしい香りがした、気がする。


「すぐ良くなる」


頭を撫でる手が暖かい。落ち着く。

そして、サラは意識を手放した。


「もう俺の為に無茶をしないでくれ」

苦しそうに呟く。


こちらに近づいてくる気配には気づいていたが、アルスは振り返らなかった。


「兄さんの想い人がサラだったとはな」

懐かしい声が聞こえてきた。


「……」

アルスはサラを見つめたまま。

少し悲しそうな顔にも見えた。


「いつまで隠しているつもりだ」


「危険に巻き込むくらいならこのまま会わない方がましだ」


後ろ姿の兄からは表情は窺えない。


「……兄さんはもっと幸せになっていいはずだ!」


クールで氷王と呼ばれている普段の彼からは想像できないくらいの、熱のこもった荒げた声。


頭を撫でる手が止まる。


「ガル、俺はもう人間の世界には居られない」


左腕はもう、完全にドラゴンの鋭い爪と硬い皮膚になって硬化している。


「サラは小さい頃から国の政治や財政に興味を持っている。いい王女になるだろう」



「ナワルドは莫大な財力がある。だが、それをどう使うかは官僚の知恵と判断で決まる。良くも悪くも。俺は各地を歩いて、男女問わず数々の優秀な民に出会った」



お前と共にナワルドを建て直してくれ、そう言い残してアルスは消えた。


本当に王に相応しいのはアルス兄さんしかいないというのに。


そして、サラの隣に立つのも。


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