ドラゴンと人間 1
魔窟と恐れられていたその森には、確かにドラゴンが住んでいた。
しかし、神話の内容とは違っていた。
人間がドラゴンを恐れるように、ドラゴンたちも人間を恐れていた。
ドラゴンは誰フリ構わず襲うような凶暴性は身につけておらず、基本的に穏やかで優しい生き物なのだ。
もし、森に来る人が1人でも、ドラゴンを使って己の手柄にしようとする心の持ち主でなかったら、彼らは人間を愛しただろう。
しかし、ただでさえ不気味と思われている森。
あえて侵入してくる者といえば、勇者として賞賛され、己の地位を確立したい人間くらいであった。
「人間など、信じたものが馬鹿なのだ。今までに何十頭もの我らの同志が、奴らの悪だくみに引っ掛かり、命を落としたことか」
今から遡ること千年前。
森を統べるリフィルというドラゴンがいた。
彼は森の動物たちに、いつもこう諭していた。
そんな彼が、人間と初めて関わりを持つことになる。
人間に心があるように、ドラゴンにも心がある。
『こんにちは!おっきな竜さん』
いつものように、森の中心にある湖の前で憩をとっていた。
すると、いつの間に来たのか、大きな瞳を輝かせた人間の少女が、こちらに近づいてくる。
(迂闊だった。こいつは“視える”のか。)
子供でも早いうちにドラゴンを視ることができる人間もいるとは聞いていたが。
(子供といえど人間・・・油断は禁物だ。とっとと始末してしまおう)
ゆっくりと爪を剥いた手を振りかざす。
その瞳は氷のように冷酷で。
しかし・・・
「いたた・・」
突然少女がうずくまる。
何やら足をかばっているようだ。
よく見れば膝から血が流れていた。
「さっき木の根っこにつまづいて転んだの」
えへへ、と痛みをこらえるように笑う。
不覚にも、振りかざした手は止まってしまう。
根は優しいドラゴン。
リフィルはそっと目を閉じた。
・・・まあ、まだ無垢な子供だ。急がなくてもいい。
『そこの草は痛み止めの作用がある。使うといい』
少女の下に生えている草の効能を教えてやる。
「ありがとう、優しい竜さん。名前を聞いていい?」
教えるつもりなどなかったのだ。
『・・・リフィル』
気づけば口から出ていた。
少女は眩しい微笑みを浮かべる。
「私はエルよ、よろしくね!」
こうやって森の住人以外の生き物と話をするのも悪くない、と思った。




