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天魔双境 の キティ・コンフュージョン  作者: 愛猫委員会(イガイガ栗(大樹)/秋空/深夜/上川勲宜/狐々原朱逆/上阪まひる/猫野銀介/ばうあー)
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二話 暖かな光

執筆者:狐々原朱逆

 少年少女が夢見ることしか出来ないでいた暖かな陽光の下へと、一人の男はいとも簡単に連れ出した。

 目を細め、悪態の中で覚えた言葉を素直に口に出す。なるほど溢れることはこういう事かと、少女は思った。片割れを盗み見、また上を見た。少年は目玉を押しつぶさんばかりの力で慣れない光を堪えていた。


「あはは、空だ。青いよ眩しいよ」

「痛い……目が」

「そのうち慣れる。さあ、あれに乗りなさい」


 湿気った半地下牢では知ることのなかった柔らかな風と、見たこともない大きな箱に二人は怯え、進もうとしない。老人は優しく諭しながらも強引に堅牢な箱馬車に押し込んでしまった。

 荒く削り取られた石が敷き詰められていただけの簡素な床とはまた違い、彼らが直接座っているのは自然が本来持っている柔らかや温もりを感じる木の板の上。思わず撫でくり回し始めた少女の姿に微笑ましげな視線を向け、男――賢者は御者に指示を出した。


「風、光……木。全部全部」

「知らなかったでも」

「信じていいのかな」

「母様でさえ父様でさえ」

「私たちを嫌ったのに? 嫌ったのに!」

「嫌いだ人なんて。怖いと……」

「愛をくれないじゃないか」


 小声で会話をする姉弟に何も言わず、賢者は過ぎ去る景色を眺めた。無口な御者はゆったりと馬を進める。横を通り抜ける子供たちの戯れ合う声や、他の馬車が通り過ぎるたびに体を震わせる双子に見向きもせず、時折振るう鞭が速度を増し増していく。

 甘くて誇り高い花の香りが馬車の中にまで届いていた。




 どれほどの時間が過ぎたことだろうか。隅っこで二人は蹲って居たが、次第に瞼が落ち始め寝てしまっていた。固い床の上で熟睡できる彼らの痛ましい姿にかける言葉も見つからず、賢者は人知れず重い息を吐く。御者の青年がちらりと中を見た。


「賢者様……」

「ああ、このまま寝かしておいてやろう。まだ遠いか?」

「いえ、日が昇り切るまでには」

「急がんでもいい」

「…………はい」


 カラカラと軽快に車輪が回る。

 馬の進む蹄の音が耳に心地よい。


 賢者も何時の間にか穏やかな眠りに誘われていた。


 花の香りが辺りを包む。



 ~~~~~



「賢者様、起きてください」


 賢者は肩を揺さぶられながら囁く声に目を覚ました。御者の青年が片腕に抱えている青い花束が目に映り、背中を強く反らせながらも伸びをして目を覚ます。指定されていた場所に運んでおきましたよ、と目が語る彼に労いの言葉を口にして賢者は馬車を降りる。


 そこは、誰の目から見ても美しい薄紫を基調とした花々が咲き誇る、管理され尽くした庭園であった。


 白亜の小城が花の間に建つ。

 少し強い風が吹けば、紫色や桃色の花びらが舞い散る。

 吸い込まれる魅力を持った、美しい()である。そしてこの綺麗な庭園の維持管理をしているのが、御者台にのっかてのんびりとしていた青年であるという。

 花束に顔を埋める姿は女々しいと言えなくもないが妙に様になっている。賢者はこの家には変な奴しかいないと今更ながに悟り、何度目か知れないため息をついた。


「ブルーメ・ギフト、あいつは今どこにいる? 頼みたいことがあるから直ぐに広間に」

「……はい」


 怒りを宿しているとも思える真っ赤な瞳だけを動かして見られた賢者は一瞬身じろぐも、ガンとした態度で見つめ返す。5本の花束を地面に投げ捨て、ブルーメという青年は小城へと続く階段を登っていく。黒い扉を開け、その姿は消えた。

 一人外で残った賢者がいつも見ていた眩しい太陽を、あの二人は目を大きく開けて涙を流して――そして力強く意志を持って睨んでいた。そこにはどんな思いがあったのだろうか、と賢者は推測することもできなかった。出来る筈も無かった。





 起きたら見ず知らずの場所に、そして柔らかい真っ白なベットの上で寝かされていた二人は同時に飛び起きた。着ていた筈のボロボロの服はどこにもなく、変わりに着せられていたのはこれまた白いサラサラとした布地のものである。勿論急激すぎる環境の変化に戸惑わないワケもなく、少女は伸びた爪でマットレスを引き裂き、少年は頭を抱えて壁打ちしていた。

 大騒ぎに気がついて部屋に飛び込んできた賢者は監督を指示したはずの人物の姿がどこにも見当たらないことに嘆息する。また何時ものようにどこかの街でも放浪しているのだと思えば、監督が必要なのは彼女自身なのではなどと思えていた。ただし影を薄くして何時の間にか消えている彼女を探すことは並大抵の才能では無理だと今度は笑う。

 しかし賢者の百面相が急に終わりを告げる。額を寄せ合い、目だけ彼に向けて何事かを囁きあっている似ない双子の姿に気がついて。



 しばらくしてブルーメ・ギフトに引き擦られるように連れられてきた少女、背格好は双子姉とそう変わらない。名をフィグーラ・オンブラと言った。

 四人は対峙した。キツイ視線を向けるフィグーラと彼女の首根っこを捕まえたままぼんやりと立ち尽くすブルーメ。怯えたように身を寄せ合う希望の双子に、賢者は苦笑する。




 奇妙で、美しく、災厄の力に満ちた双子。

 中途半端な失敗作の子供。

 国を救いたかっただけの賢者。



 花の舞い散るその場所には、何故だか悲しい風が吹いた。

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