僕の怪人
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
お、どうやらあの学校では粘土工作をしたところらしいね。
見なよ、窓際に生徒たちの作品が並んでいる。いま乾かしている時間帯か。
粘土も、いちどいじってみると、その加工のしやすさに舌を巻く。とはいえ、図画工作の時間でそのようなことを考える人は一部だろう。
多くは、授業という名のタスクを強制されて、しぶしぶ取り組む。成果のためより、言い訳のためというか。学校の生徒であるために、こなす作業だ。
学ぶ機会があるのに、真剣に学ばない。学びたくても学べない環境にある人には、言語道断な所業に思えるかもしれないね。同じ内容であっても、人によってその価値は異なってくる。
それが人でないなら、なおのこと。何がどのように作用するかわからない。
私が以前に体験した話なのだけど、聞いてみないか?
私は子供のころから、粘土いじりは好きなほうだった。
既存の版権キャラを真似て作る人は多かったが、私はオリジナルのキャラクターづくりにこだわっていたな。
とはいえ、完全に枠外のものを作るのは難しい。自分なりに凝ったつもりでも、他のみんなはこちらが知らない元作品らしき名前を挙げていく。自分の知識でカバーしていない外からの攻撃てのは、意図していないぶん、こたえるものだ。
そのときは、怪人をテーマにして両手をはさみにしたものをこさえてみたのだけど、やはりオリジナルに酷似しすぎと一部の人から文句をつけられてしまった。
それでも自分で作った作品に違いないし、と突っぱねて、窓際の作品たちの列に並べる私。
ひとまずは、これで完成。作り終えたものは、残りの授業コマは次の授業単元への準備などへ当てても構わないとされ、私もそこへ力を振り分けていったのだけど。
次の図画工作の時間。
前の時間で作られた粘土たちは、しばらく教室後ろの棚へ並べられることになる。
私の怪人もそこにあるにはあったが、妙なところがあった。
両手のはさみ部分。製作したときには空っぽだったそこに、今はみっちり詰まっているものが。
手持ちのへらでつついてみると、固まったゼリーのような弾力。さらに力を入れてみると、こそぎ落ちてくる。
茶色いそれは、樹脂が固まったようにも思えたが無臭。けれども、はさみの中のみで、よそにはどこもついたり、落ちたりしていないところをみると、どうにも作為くさい香りがしてしまう。
処理をしたはいいけれども、いったん先生からのみんなへの話があり、各々が作業へ戻っていくタイミング。処理してから10分ほど経ってからか。
またも、はさみの中に同じものが詰まっていたんだ。前回と同じように、みっちりとね。
ここに集っている皆は、席について先生の話を聞いていた。細工ができるようなスキはなかったはずだ。なのに、なぜ?
気味悪く思った私は、再びこのゼリーらしきものをかきだしてしまうと、先生に作品への追加の作業を申し出た。
例のはさみの部分の、埋め立てだ。
新しい粘土を追加し、はさみを失ってしまった怪人。いや、もはやどこに「怪しい」という文字を課せばよいのか。
のっぺりとした手になるころには、他のみんなの作品もおおよそできあがり、乾かされる段階に入っていたのだけども……いざ、授業終了5分前ほどになって。
作品たちが、いっせいにはじけ飛んだんだ。
みんなの作品は上下ともに合わせて8割近く。私のものは上半身がほぼなくなった。
そうして、みんなの作品から出てきたのは、私の怪人のはさみに蓄えられていたゼリー状の何か。
それぞれの作品から出てきたものは、指の先に乗るほど小さいものだった。それでも、合わせれば先ほど、僕の怪人がはさみに詰めていた分くらいになりそうな気がしたよ。
あのゼリー状のもの、作品たちにとっては大問題のことで。
僕の怪人は、あのはさみでひそかに取り除いていたのかもしれない。




