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駅で見る

開いてくださりありがとうございます。


タグ:ゴミ、駅、空虚感、ハッピーエンドではない

私はゴミだ。

これは比喩でもなんでもない。


私だって最初からこうだったわけではない。

大切に作られ、多くの仲間と共に、社会へと飛び出した。

多くの期待を胸に人々の世の中に出たのだ。

それがどうだろうか。

今はこんなところで放置され、ひとり佇んでいる。


周りに溢れる音は私の中をこだましうるさいくらいに私の空虚さを示している。


定期的になりひびく構内放送。

その音をかき消すように地下鉄がガタゴトと大きな音を立てて到着し、そして去っていく。


ああ、また多くの人が行き交う音がする。


じゃれあいながらはしゃぐカップルの声。

くたびれたスーツの男が持つ電話。

ヒールを履いた女が歩く甲高い靴音。

駆け込み乗車を注意する駅員のアナウンス。


すべてがうるさいくらいに響いている。


しばらくすると生温く、だけどどこか冷たい風が私のそばを通り抜けた。

地下鉄が走り去り、人々がまばらとなったどこか緩んだ空気は、より一層冷えた体を私に意識させた。



私は同じような仲間と出会い、別れ、たくさんの人と触れ合い、最終的には1人の人と、彼と出会った。


私の冷えていた温度は彼の手によって温められた。

「……ああ、いたいた。やっぱりお前がいないとダメだよ俺は」

そんなセリフとともに彼は私を必要とした。

今振り返れば、彼は少し、心が弱い人だったんだと思う。

きっと私以外にも多くの存在に頼ってきたのだろう。

彼が私に伸ばした指先はすごく手慣れたものだった。

それでも私には彼しかいなかったから、彼を受け入れるしかなかった。


彼とともに見る世界はどこにでもあるありふれた情景だった。

少し古びた駅の構内、窓口には一人の駅員が座って何か手元を見ていた。その横の改札をカード1枚で通り抜け、長いエスカレーターに乗りゆっくりと地下に降りる。こちらへぽつぽつと向かってくる人を避けながら、黄色い点字ブロックの上を踏んだり、外れたりふらふらと歩いていく。

人々が行き交うことで汚れが付着したタイル、薄暗い壁に掲げられたほのかに光る宣伝ボード、剥き出しになった天井のスピーカー。その中で目立たない色に染まった無機質な待合用の椅子に腰掛ける。


焦げたようなタバコの匂い。それをかき消すような少し強いデオドラントの香り。

ワックスで整えられていたであろう髪は少し乱れ、幾筋か前髪が垂れてきている。シャツの襟は少しくたびれており、今日も1日彼が仕事で頑張ってきたことがわかる。

前かがみになり少しうつむきながら、彼はため息をつく。

「ほんと、俺って何のために生きてんのかなぁ……。朝早くから遅くまで仕事して、コンビニ寄って飯と酒買って、こんなとこでくたびれて。ほんと何やってんのかなぁ……」

ぼやく小さな声に返せる言葉はない。

ただ少しでも彼の心が楽になればと、少しでも癒しになれればと寄り添うことしかできない。

彼の言葉を少しでも引き出して、彼の心が少しでも浮かばれるように身を削る。


「はぁ、なんか楽に稼げる仕事ねぇかなぁ……それか宝くじ当たんねぇかな。そしたら今の会社なんかすぐ辞めて、かわいい彼女だってできて、適当に遊んだりなんかして……って。そんなうまくはいかねぇか」


ちゃぷんっ、と私の中で水音が鳴った。彼の手で暖められたことで流れた水滴が、私と彼の手を伝い、地面へと落ちた。彼はそれにかまわず少しずつ私という存在を減らしていく。

それからしばらく、彼は何もしゃべらなかった。

ぽつぽつとまばらに見えた人影も、地下鉄が通り過ぎてゆく度に段々と少なくなっていった。

彼との無言の時が長く感じられた。


「……つまんねぇ、帰るか」


そういって私は彼の手から放された。冷たい地面の感触が体へと伝わってくる。彼の手によって温められた体はすでに冷え切ってしまっていた。



駅の構内放送がまた流れ出した。

ガタンゴトンと地響きのように地下鉄の振動が伝わりはじめ、体の中をこだました。

彼がいたその場所に、代わる代わる人が座る。

彼ら、彼女らは私のことを気にしているくせに、気づいていないようなふりをする。

中身が空っぽな私は、誰からも必要とされないのだろうか。


その時、ひときわ大きな風が吹いた。

どうやらまた地下鉄が駅に到着したようだ。

私の体は軽く、ふわりと宙に浮かび上がった。

私はカラカラと乾いた音をあげた。

身体が転がるたびに、体の中の空虚さが音を立てた。

チラチラと私のことを見ている人もいるが、結局は何もしない。ただ見て迷惑そうに目をそらし素通りしていくだけ。

急いでいる人なんか、知らずに私にぶつかり舌打ちをする始末だ。



「おっと、危ない危ない」


その時、1人の駅員が私に気づき近寄ってきた。

駅のホームに落ちそうになっていた私を、駅員はつかみ上げた。


「おお、こりゃ俺もよく世話になるやつだ」


駅員は私を見て嬉しそうに呟いた。


「まぁ、どんなに美味そうなもんでも、中身がなけりゃ意味ないけどな」


続けてそうつまらなそうに言うと、備え付けてあったゴミ箱へと入れられる。


そして駅員は仕事へと戻っていった。


私はゴミだ。

これは比喩でもなんでもない。

お読みいただきありがとうございます。

モチーフは「駅に置いていかれたお酒の空き缶」です!

いつかリメイクしたい作品になりました。

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