キミの瞳に魅入られて、乾杯
「な、なんだなんだ?」
芸能人が外国から帰ってきて空港で待ち伏せを受けているような、或いはここで何か事件が起きて既にマスコミがおしかけているような、それとしか説明の出来ないシャッター音の数に眠気はすっかり消されてしまった。というか、今時こんな爆音でシャッターを鳴らす辺りが嫌がらせとしか思えない。わざとやっている。
「誰だよフラッシュまで焚いてる奴! 何のつもりだって!」
「神坂! 一魅ちゃんは何処に居るんだ? お前の傍だよな、カメラに映るんだよな!」
「あたしらほんと、昨日のラジオ聞いた時からファンになっちゃって。ツーショット撮りたいんだよね。どこ? どの辺? もったいぶらないでよ~」
「まだ何も言ってねえよ! 何だこの集まり? お前達、そんなに声フェチだったっけ?」
声だけでここまで魅了される人間を初めて見た。それもクラスメイトだけでなく女子まで。単なる経験だが、恋人の居る男女に好きになった理由やきっかけを聞いても声が決め手だったという話は聞いた事がない。声だけで交際を申し込むなんて、顔だけで決めるのと似たようなものだからあり得ないとも思わないが。
「確かにいい声だと思うけどそんな騒ぐ程じゃないだろ……後、写真なら写るってデマ流したの誰だ? アイツの姿は映らないよ、町中に張り出されてる捜索願にも顔なんか出てないだろ。ビデオを回せば声だけは録れるけど、今は俺の近くに居ないよ。だからやめてくれ」
別に嘘は吐いていない、俺も今日はまだ一度も話していないのだ。姿の見えない人間にとって俺の言葉は信じるに値しないようでみんなビデオを回していたクラスメイトの映像を確認している。別にそれも一魅が黙っていたら存在を確認出来ないけど。
「ていうかどういう風の吹きまわしだ? 昔、俺がアイツの存在をみんなに認めてもらおうと声を聞かせたらクソミソに言われた気がするんだけど」
「それはあれだ。俺も含めてマジでお前が女声出してるとしか思ってなかったっていうか、先入観だな? でもあんなに一人じゃ話せねえだろ?」
「私は実は半信半疑だけどね? シャッターはまあその場のノリみたいな? 女子の誰かを巻き込んだんでしょ」
「誰が好きこのんで深夜の部活にクラスメイト巻き込むんだよ! 大体全員出席してるんだから声を照合していけよ。違うって分かるんだから」
「はーいみんな、HRだぞー。席に座れー」
束の間の喧騒は担任の登場によって遮られる。時間に余裕がないのは仕方ない。あんな時間から家に帰って眠ったらどうしたって眠気は残る。後十秒寝かせて症候群はこれにて不治の病となった。その病の後遺症はさっき治ったけど。
担任は俺の顔を見るなり、顔を顰めた。
「神坂。お前、誰を部活に連れて行ったんだ? 部員じゃない奴を無理やり出演させるのはやめろ」
「せ、先生も放送聞いた感想がそれなんですか!? 勘弁してくださいよ……じゃあ、そうですね。今まで誰も引き受けてくれなかったけど、先生が責任もって一魅の存在を認めてくれるんですね?」
「何?」
「俺はアイツの存在を散々デマだのイマジナリーフレンドだのタルパだの幽霊だの言われてきました。この学校は弓水一魅を人間として認めてくれるって事でいいんですよね。俺の代わりにアイツの世話するって事でいいんですよね。町中に貼られてるあの捜索願、学校が責任もって解決してくれるんですよね」
「話を大きくするな。学校がなんて言ってないだろ。学校が透明人間や幽霊の類を認める事はあり得ない」
「それならラジオは俺の独り言です。放送は私語ではなく部活動を全うしてるだけ。何の問題があるんですか?」
「だからお前は無関係の女子を連れて行ったんだろ。いいから白状しろ、新学期早々に停学になりたいのか?」
「…………」
また、これだ。
一魅の存在を認めさせようとするといつも喧嘩腰になる。俺も躍起になるのが悪いのだが、アイツを妄想の中の存在として片づけられるのはどうも我慢ならない。俺の人生を本で語るなら彼女は栞のような存在だ。いつでもどこでも挟まっている、どのシーンも傍に居る。誰よりも居てほしいと願う俺に妄想と断定するなんて喧嘩を売っているとしか思えない。
「せんせー。あのお、女子から少しいい?」
クラスの一番端、窓側の席。手を上げたのはショートカットの女子。髪の短さの印象として何となく陽気な見た目に反して声は寝起きのように沈んでいる。
「そうやってさあ、証拠も出さないで決めつけんのダルいと思いまーす」
「……姫篠。アイツの味方をするのか?」
「味方ってか、学校の敵? 学校の見解が正しいみたいなのやめてほしいなあって。ね、カミサカ。アンタ、警察搦めて声紋鑑定的なのってされてもダイジョブ?」
「ああ、この学校の全女子と比較すればいい。でもそれで同一人物が見つからなかったら、学校は一魅の存在を認めるって約束してほしいですね」
「即答。いいね、やるじゃん。で、先生は?」
「下らない! なんだお前達付き合ってるのか!? それならそうと―――」
ピンポンパンポーン。
そんな口論を遮るように、放送を知らせるチャイムが鳴り響いた。
『無灯先生、初めまして。弓水一魅です」
声の主に、クラスメイトがどよめく。
『通常の放送室を借りてしまい申し訳ないとは思っていますが、守命クンを追い詰めるのはやめてください。そこまで追い詰められなくてはならないなら、ワタシは別に存在を保証されなくてもいいと思っています。しかし、他の女子を放送室に連れ込んだなどという妄想を事実のように決めつけるのは教職者にあるまじき不誠実な態度です。今すぐ正してください』
「な、何だこの放送は! 昼休みでもないのに勝手に借りていいとでも思ってるのか!?」
『ワタシにはこの学校に保障される進路もなければ存在もありません。なので、ワタシの事が見える唯一の人を困らせないで下さい。それが無理なら、この部活を廃部にするのをお勧めします』
「…………」
先生の勢いが、”廃部”という単語を聞いた途端に衰えた。理由は分からない。ぶっちゃけ俺も入部はしたが廃部にされても納得の変わった部活なのに。再度のチャイムが鳴って放送は終わった。クラスメイト全員の視線が次の担任の挙動に注目している。
「やーマジウケる。 今の放送で事態は全校どころか校長先生にも伝わったんじゃね? 白黒ハッキリつきそうじゃん。良かったね、カミサカ」
「……ありがとう」
「ううん、面白かったから別にいいよ。大人が赤っ恥かかされるとこ見るの好きなんだよね」
担任は、怒りに満ちた拳をわなわなと震わせながら一言も喋らず教室を立ち去った。事なかれ主義のクラスメイトは謝った方がいいんじゃと俺を諭すものの、この一件だけは何があっても譲らない。たとえ相手が警察でも。
「俺は謝らない。反省文書かされようと部活は続けるからな」
こんな部活があるなんて知らなかった。たったそれだけ、ただそれだけで部活を続ける意味がある。一魅を”見つける”為に。
学校に架空の存在を部活に連れ添わせてはいけないという校則はない。無関係の人物を立ち入らせてはいけないという校則はあるが、人物とは客観的に存在を確認出来なければ”人”として扱えず、俺以外の誰にも見えない以上は存在を確認する術がない。機材を通した音声のみが周りにも聞こえるなんてのは、現代技術で幾らでも細工が出来る関係上話がややこしくなる。
存在を認めてくれるなら学校の全面協力の下で捜索出来るし、認めてくれないならその建前を良い事に深夜放送を通して探せると思っていた。ここまで大きなトラブルを生むとは思っていなかった。
「守命クンがワタシの為にしてくれたのは分かってるけど、自分の未来まで犠牲にする必要はない。逆らうなんて常識的じゃないわ」
部室に向かうなり一魅は俺を叱責した。その目には少しの非難と……申し訳なさが滲んでおり、情緒の混ざった声音には言いあらわせぬトゲがチクチクと生えていた。
「初回の放送はどうやら口コミで想定以上に聞かれていたみたいだから、一年から三年まで殆どはこちらの味方よ。お陰でキミが無関係の女子を連れ込んだ疑いはすぐに晴れた。でもキミの行動は……ちょっと、行きすぎ。傷ついてまで捜してほしいなんて思ってないから」
「…………ごめん」
”見つける”と一口に言っても、実はどういう状態なのか俺も彼女も良く分かっていない。本人的には他人にも見える肉体を探し出してほしいというニュアンスのつもりらしいし、まともに考えたらそうだろうと思って俺も行動している。今の一魅がどういう状況に置かれているのかは一旦考えないとして。
彼女の為を思っての行動がむしろ困らせていると分かったら返す言葉もない。項垂れていると、不意に手を取られ、操られた右手が一魅の胸に触れた。制服の生地を余すところなく隆起させる丘陵を押し返している。
「え、ちょ―――」
「私の存在は、守命クンが保障してる。今はそれで十分だから無茶は駄目。もう喧嘩なんてしないで。もしそれでキミも私の存在があやふやになったと感じたなら、どこでも好きに触っていいから」
「………………わ、分かった。ごめん。なさい」
「分かればいいの」
パッと操られた手を離され慌てて引っ込める。この手の話で少しでも信用されないと喧嘩腰になるのは悪い癖だ。自分でも注意しなければならない。ただ俺は、一魅を普通の人間として認めてもらいたいだけなのに。
「―――今回は、怪我の功名だけどね。”見えないクラスメイトのハナシ”を沢山聞けたから」
「え、二年と三年にも同じエピソードが!?」
「とりあえず、出現場所をまとめようと思うの。ホワイトボード……ううん、ノートでいいから貸して。書記をやってあげる」




