不可視なキミは魅惑の声音
『じゃ、一魅。これから三年間よろしくな」
『うん、守命クンと一緒に頑張ります。リスナーの皆さんもよろしくね。こうして気軽に話せるのはここだけだと思うから、何でも送ってきて】
掴みは上々。グループチャットを見る限りクラスメイトの食いつきは相当良い。だが放送中なので個人的な質問には答えな。
『恥ずかしい話ですけど、俺は自分が入部するまでこのラジオを聞いた事がありません。以前からのリスナーがこの放送を聞いているなら、構成が違う可能性について予めご了承ください」
『でも入部できるのは二人までだし、三年毎に担当が変わるなら聞いてる人は違いを楽しみにしてるんじゃないかな」
『ま、俺は一人だけどな。お前は……入学してないし』
『それ、嫌味? 君と入学式でツーショットも撮ったのに』
確かにツーショットは取ったし、彼女も入学式には出席している。他の誰にも見えない癖に何処で制服を手に入れたのかという疑問はあったが、写真を撮った時には言い出せなかった。その…………あんまりにも可愛かったから。
これからも一生見えないままで一魅は俺だけに見えていて欲しいなんて思ったりはしないが、もし周りにも見えていたら話す機会は今よりもなかっただろうとは思っている。特に俺は、女子拒絶体質だ。彼女だけ例外でも周囲の女子と仲良しだったら立ち入れない。
『でも、誰もお前の存在を信じてくれなかったからな。架空の人物扱いで部活欄に書くのもおかしいだろ。えーこの放送を聞いている一で町中に一魅の捜索願を出してる人が居たら学校に連絡してください。俺達は貴方を探しています。前置きはこんなところで、いよいよ事前に募集しておいたお題について見ていきましょう』
『お題は―――”話しても誰も信じてくれなさそうな出来事”? 私を目の前に話しながら、中々面白いお題を出すのね』
『携帯に結構来てる。読み上げてくれるか?』
他人に携帯を任せるのは通常抵抗があるだろうが、彼女に限っては例外だ。そもそも俺以外の誰も話せないし、そんな存在に見せてやましい情報は一切眠っていない。例えば携帯の写真フォルダに入っているのは家族との写真を除けば二人がどれだけ付き合いが長いかという交流の記録だけだ。
それなら多少リスナーのリクエストには応えてもいいだろう。『声が可愛いから、もっと話させろ』という要望に。一魅は指で軽く髪をどかすと、声の調子を整えてから読み上げた。
『……結構あるね。お腹を下してトイレに長時間籠って出たと思ったら、時間が十分巻き戻ってた。確かに信じないかも』
『信じないっていうか、時計が壊れてただけってオチなんじゃないか? まあ証明の方法もないから信じられそうもないか。トイレに長く入ってたと思ったらそこまで時間が経ってなかったってのは本当にあるな。腹痛で体感時間が無限に引き延ばされてるせいなんだけど』
『私も、守命クンと川辺でバーベキューしてたら朝に始めた筈がもう夕方になってたっていうエピソードがあるの。これも信じられそうにないわね』
『体感時間の話だろそれ……投稿とは趣旨が違う。どんなせっかちでも五分巻き戻った気がするーなんて言わないよ』
『これは? バレンタインデーにクラスの女子から本命チョコ一〇〇個貰った』
『嘘。デマゴーグ。中学も高校も一クラスに一〇〇人も居ない。あー……今回お題を募ったのは同級生だけですが、今後はもっと手広く募集する方法を考えていきます。ただ、嘘は辞めて下さい。クラスの女子がもし見えないだけで一〇〇人居るなら一魅の存在は公然の事実です。もし嘘を送ってくるならあからさまに嘘と分かるようにはしないでください』
個人チャットに送ってもらっているので俺には投稿者の正体が分かっている。こいつはとんでもない承認欲求の塊だ。クラスメイトにこんな怪物が居たとは。疑いたくないが彼から一魅に関する情報が出てきたら身構えないといけないだろう。
次々読み上げてもらうつもりだったが、彼女の指は画面をスクロールするばかりで読み上げなくなった。眉を顰めて険しい顔をしているのが対面からも窺える。
『どうかしたか? 投稿が好みじゃないとか?』
『そうじゃなくて……違う人から同じ投稿をもらってるんだよね。細かい状況とかは違うんだけど、内容が概ね同じでさ。読んだ方がいいかな』
『まあ読んでいいんじゃないか? 誰も信じてくれないっていう名目で投稿されたのが被ったなんて面白いじゃないか。読んでくれ』
『えーと……誰も信じてくれませんが、僕は顔を覚えるのが得意な方で自分と同じクラスの人間は全員覚えました。名前と顔もきちんと一致しています。しかし何度か顔も名前も知らないクラスメイトを見かけました。頭の中だけでは到底思い出せず、名簿を持ち出して照合してもやはり一人多いような気がするのです。いっそ本人に聞こうかと思った時もありますがよく考えたらそんな大した話でもないのと、仲良く話している邪魔をしたくないと思い、遂に聞かずじまいでした』
…………まあ、気持ちは分かるな。
貴方の名前は何ですか? 友達になりましょう! なんて距離の詰め方は子供の頃にしか出来ない特権だ。じゃあ高校生はどんな風に友達を作るのかと言われても……ちょっと具体例を出せない。少なくともそんな風に声掛けはしないとしか。
『数え間違いだろって言いたいところだけど、他の人からも同じ話があるんだよな?』
『今年に入って彼女を作る人が多かったので、友達と話しながら彼女にしたい子をリストアップしていました……ねえ、これちょっと不気味じゃない? 私はこっちの方が信じたくないんだけど』
『趣旨から離れるから一旦忘れてくれ』
『彼女にするなら笑顔が可愛い子がいいなと思って昼休みにクラスを見ていたのですが、他の誰よりも朗らかに笑う子が居て、そうそうこれが僕のタイプなんだよなと思いました。でも放課後になってその子を探しても何処にも居ませんでした。クラスメイトなのは間違いありません。教室と廊下で見かけました』
『……他には?』
『信号無視で警察に怒られてた時、目の前で堂々と信号無視して帰ってる子がいて、ムカついたから巻き添えにしようとしたけど警察の人が振り向いてくれなかった。いつも同じ時間に背中見るからクラスメイトだと思ってたのに何処にもいない、とか』
『ふむふむ』
『昼休みに購買競走に負けて帰ってたらほしかった弁当をクラスに持って帰ってる女子が居た。捨て台詞の一つでも言いに言ってやろうかと戻ったら、何処にもその弁当を持ってる女子が居なかった。紹介はいい加減やめとくけど、他にも後五件は似た話があるね』
『はあ!? そんなに見かけてるクラスメイトが……何処にもいない?』
そんな不思議な体験をしておいて一魅の存在を認めないのは一体どういう理屈なのだろう。驚いたというよりもそっちの方向で頭に血が上っていた。彼女は理知的で、いつも淡白な風を装っているが俺以外の誰にも認識されないのを時折寂しがっている。『キミが見てくれるなら、どうでもいい』なんて強がってるけど、そんなのは心の隙間を隠す言い訳だ。
俺がどれだけ証明したかったか…………なんて、それを嘆いても始まらない。持ってきていたペットボトルを開けて、一口呷る。
『……実は投稿しなかっただけで同じ経験がある奴は居るのか? 俺もちょっと気になってきたし、次回の放送までにちょっと調べてみようかな』
『私も、勿論協力するわ。同じクラスメイトとして情報提供にはすすんで協力してくれると助かるけど……』
『ラジオ放送ったって毎回毎回どうすんだろとは思ってたけど、一旦方向性が決まって良かったな。リスナーの皆さん、同様の投稿が多いようですので急遽、当部活は解決まで”存在しないクラスメイトのハナシ”を追求していこうと思います。進捗報告は次回にまた。このハナシに有力な情報を提供出来る方は……募集箱を設置するのでそこに。学校外の方でもアクセスしやすい場所に設置する予定です』
『有力な情報を提供してくれた人には…………ねえこの部活、キーホルダーとかある?』
『ない! 商品は用意出来ませんが、些細なお願い程度なら叶えさせてもらいます。よろしくお願いします』




