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行方不明なキミをシる  作者: 氷雨 ユータ
2nd BRD  触れないカノジョのハナシ
19/26

デートなんて、くそったれ

 人間には不思議な機能が存在する。熱中している事ほど時間は早く過ぎ、苦痛に感じる時間ほど長く感じるという世界一無駄な機能だ。精神はそう都合よくストレスを回避してくれないというだけだが、問題は長く感じる範囲だ。実際の経過時間が一時間のところを一時間半に感じてしまうどころではない。五分や十分程度の時間が三時間くらいに感じてしまう。

 逆に最近のラジオは平和的で、一時間の活動が半分くらいしか経っていないように思ってしまっている。この狂った時間の方程式の中では些細な苦痛が何倍にもなって俺の精神を削ってくる。

「デートって何を着て行けばいいんだよ………」

 当日の朝。待ち合わせまでには余裕をもたせたが大正解だった。しょうもないトラウマの影響で碌に交際経験のなかった俺にはむしろ持たせた余裕も存在しないとさえ言ってもいい。

 誤解のないように言っておくと、着ていく服の話をしている。


 ―――知らねえよ服なんか!


 極めてまともな話をしよう。準備する必要のなかった人生を送ってきて、丁度良く服を買っている可能性なんて一ミリも存在しない。誰でもいいから今すぐにでも時間を巻き戻してトラウマを消してほしい。そうしたらきっと用意があるから。

「……」

 交際関係を求める外圧にも関連しているが、下手な服装で行くとそれだけで文句を言われかねない。無難な服装……例えば敢えて制服で行けば、ダサイとは言われないだろうがデートに対する熱意を疑われる。本当に恋人同士なら何を着てもいいとは思うが、これはフリだ。見せかけの熱意を盛るに越した事はない。つまり妥協はするべきじゃない。

 外行きの服は存在するが、これがデートに相応しいか全く別の話だ。一魅と遊んでいる時はいい、アイツは他の誰にも見えないし、本人は服装なんて気にしていないから。

「………………」

 ファッションという概念は何を着ればいいという訳でもないらしく、自分に合う色みたいなものがあると何処かで聞いた試しがある。ああ、どうして俺はこれまでのラジオで『神坂守命に似合う服装』をお題として募らなかったのだろう。過去の俺のなんと愚かな人間か、後始末をつけていない事なんて分かっていたのにまるで問題などないかのように過ごしてしまって……馬鹿野郎。

 悩んでいても答えは突然降ってこないし、時間は無常にも過ぎ去っていく。どうしようもなく追い詰められた末に俺は外行きに使う服を選んだ。とりあえず制服に近い色でまとめれば無難にはなると思って、白を基調に出来るだけ袖は長く。肌が触れないように。

 玄関の前まで行ったら途端に足が重くなった。やはりまだ俺の心は気乗りしていないらしいが、今回はそんな自分の都合を優先していられない。

「い、行くぞお!」


「アイツ、何で一人でごちゃごちゃ騒いでるんだ……」

「デートらしいけど……?」


 一抹の羞恥心を背に受け逃げ出すように外へ飛び出した。待ち合わせ場所はっぽさを意識して駅前だ。別に電車を使って遠くへ行くわけじゃない、恋愛スポットは町内にある。ただ待ち合せやすいようシンボルとして選ばれただけだ。

 向かうまでの間、仇華先生に言われた事を思い出した。


『接触せずに恋人を装うのは難しい。誰から見ても仲良しな恋人・夫婦は多かれ少なかれ身体接触を伴うコミュニケーションがある。それはベッティングやキスに限らず、手を繋ぐ、背中を触る、肩を叩くなど。それらを代替出来る行為は基本的に存在しないが……工夫は出来る。互いの身体に近い方の手に持ち物を持てば自然と手は塞がり、そのような展開になりづらい。後は出来るだけ会話を長引かせる事だ。繰り返し会話をしている姿は傍から見れば仲良しの恋人に見えるだろうな』


 俺に求められる仕事は途切れない会話。仲良くもない人間と会話をし続けるのはその手の仕事をしているか生粋の根明でないと難しいかもしれないが、俺の部活は深夜放送部。一時間、何とかして話題を繋ぐ部活だ。ラジオの構成もまだ手探りだが、手探りでも部活を全う出来ているからこそ自信がある。約一か月の猶予期間はこの為にあったのだ。


『会話は飽くまで興味を引きそうな話題だけ続けるんだ。自分勝手に喋り続けてそれを黙って聞く彼女という構図はとても良好な関係とは思われないからな。それについては僕がついていく訳じゃないから指導出来ないが、視線の動きや立ち振る舞いを見て継続を判断するといい。偽物を本物と取り繕い続けるには本物以上の努力が必要だ。何せ本物には努力など必要ない。どのような形であれ本物は本物……市営君が身体を触れなくてもそれでも本物だったらどのような形であれ恋人だ。そこに他人の介在する余地はなく、この町の気風を思えば別れさせようとする人間こそむしろ悪になる。ところが偽物は些細な綻びから―――』


 それ以上はよく覚えていない。あの人の話はあまりに長かった。

 意識するべき事は教えてくれたので十分だ。駅前に到着して花影の姿を探すと、彼女は駅の入り口前に立って携帯を眺めているところだった。

「おーい、花影!」

 もう偽装工作は始まっている。仲良しこよしな恋人が互いの姿を見て声をかけないなんてきっとあり得ない。不本意な気持ちを抑え込んで彼女の下へ向かうと、花影もぱあっと顔を明るくして近づいてきた。

「神坂守命君、おはよ!」

「お、おはよう……なあ、フルネーム止めないか?」

「え、でも慣れたし……ていうか、ちゃんと着替えてきたんだ」

 花影の方は青いスウェットパーカーにデニムのスカートを合わせて爽やかな印象を与えてくれる。ファッションに対して何やら物申せる立場ではないが、俺よりはましだ。帽子を被っているのは視線を捉えにくくしているのかもしれない。こっそり兄を探すつもりとか。

「あ、当たり前だろ! なんてったってデートだからな! そんな、倦怠期みたいなデートをする訳ないじゃないか!」

「そ、そうだよね! でも私の知る神坂守命君ってほら、女子が苦手って話だったから……い、意外は意外かも」

「好きな女の子は別なんだよ! わははははは!」

 このテンション、大丈夫だろうか。自分でも良いとは思えない。彼女の兄が何処に居るかは顔も知らないので探さない方がいいだろう。観客を意識するとどうしても演技は安っぽくなる。花影にさえ自分たちの関係が本物だと錯覚させる勢いで頑張らなくては。

「それで、今日は何処に行くの? 私、聞いてないんだけど?」

右手に携帯を持って繋ぐのを拒否しつつ地図を見遣る。自分には無縁とばかり思われていた恋愛系のパワースポットに……このような形で縁が生まれるとは。

「えっと、まずはご飯を食べないか? 何が食べたい?」

「あー……な、何でもいいよ!」

「そ、そうか。じゃあ……と、とりあえず歩こうか! 二人の意見が一致した場所に行こう!」

「え、それって大丈夫? 意見が合わなかったらどうすんの?」

「大丈夫だよ。恋人なら合うに決まってるさ!」


 本当にそうだろうか? 


 どうして俺は心にもない発言ばかり……殆どノリと勢いだけで……。



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