第5話 悪役令嬢観察日記
王立アルヴェリア学院、昼休み。
人気の少ない中庭の東屋に、三人の令嬢が集まっていた。
「――本日の議題を開始しますわ」
真剣な声で宣言したのは、子爵令嬢クラリス・フェンネル。
手元には一冊のノート。
表紙には大きくこう書かれている。
『悪役令嬢観察日記』
「……本当に続けるの?」
隣の令嬢が引き気味に尋ねる。
「当然ですわ。学院の平和のためですもの」
クラリスは胸を張った。
「ローゼンフェルト侯爵令嬢が真に危険人物かどうか、確認する必要があります」
「ただの好奇心では?」
「違いますわ!」
即否定だった。
だが三人とも同時に頷いた。
完全に好奇心である。
「では、本日の観察報告を」
ノートが開かれる。
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■観察一:朝の出来事
「侯爵令嬢、本日も完璧な姿勢で登校」
「うん、それはいつも通りね」
「しかし注目すべきはその後です」
クラリスは声を潜めた。
「門前で転びかけた下級生を支えました」
「え?」
「しかも誰にも気づかれないよう自然に」
二人が目を丸くする。
「悪役令嬢って、もっとこう……笑いながら見下すタイプでは?」
「わたくしもそう思っておりました」
ノートに書き込む。
『予想外に優しい可能性』
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■観察二:授業中
「魔法理論の授業にて」
「居眠りでも?」
「逆です」
クラリスは真顔で言った。
「教師の説明不足を、教師の顔を立てながら補足しました」
「難易度高すぎない?」
「しかも自然体でした」
『有能すぎて怖い』と追記される。
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■観察三:最大事件
三人が同時に身を乗り出す。
「本日の決定的瞬間ですわ」
クラリスは声を落とした。
「購買前で、パンが最後の一つになりまして」
「ええ」
「平民生徒と同時に手を伸ばしました」
「修羅場じゃない!」
だがクラリスは静かに首を振る。
「侯爵令嬢は微笑んで譲りました」
沈黙。
「……え?」
「譲ったの?」
「『成長期でしょう? どうぞ』と」
二人が固まる。
ページに大きく書き込まれる。
『悪役ではない疑惑』
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「……ねえ」
一人がぽつりと言った。
「噂、間違ってるんじゃない?」
「ですが皆そう言っていますわ」
「皆って誰?」
全員が黙った。
確かな目撃者はいない。
ただ“そう聞いた”だけ。
そのときだった。
「あら、皆様」
背後から穏やかな声。
三人が同時に飛び上がる。
振り返ると――。
エリシア本人が立っていた。
「ひっ!?」
観察日記が宙を舞う。
クラリスが慌てて拾おうとして、ノートを落とした。
ぱらり、とページが開く。
そこには大きく。
『悪役令嬢観察日記』
沈黙。
終わった。
三人は同時に顔色を失った。
(断罪される……!)
だが。
「あの……」
エリシアは困ったように微笑んだ。
「わたくし、何か至らぬ点がありましたでしょうか?」
「え?」
「改善できることがあれば教えていただきたくて」
予想外すぎる反応だった。
三人は顔を見合わせる。
「お、怒らないんですの……?」
「なぜ怒るのです?」
本気で分からない顔。
「観察は大切ですもの。わたくしも自己研鑽に役立てたいですわ」
優雅すぎる返答。
三人の中で何かが崩れた。
(この方……)
(めちゃくちゃいい人では?)
そのとき。
「エリシア」
低い声が割り込む。
振り返ればレオンハルトが立っていた。
空気が一瞬で緊張する。
「探した。次の授業が始まる」
「申し訳ありません、少しお話を」
彼の視線が三人へ向く。
圧。
三人、直立。
「……友人か?」
短い問い。
エリシアは少し迷い、そして微笑んだ。
「ええ。そうなれたら嬉しい方々ですわ」
三人の心臓が止まりかけた。
レオンハルトは小さく頷く。
「そうか」
それだけで圧が消える。
「行こう」
二人は並んで去っていく。
しばらく沈黙した後。
クラリスが震える手でノートを開いた。
そして大きく書き込む。
『結論:悪役令嬢ではない』
さらに追記。
『むしろ聖女では?』
三人は同時に頷いた。
この日、学院の裏情報網が更新された。
――ローゼンフェルト侯爵令嬢。
危険人物。
から。
要観察・超優良人物へ。




