第3話 お弁当イベントは成立しない
王立アルヴェリア学院、二日目の昼休み。
食堂には、昨日以上の人だかりができていた。
理由は単純である。
「今日も一緒に来た……」
「やっぱり隣に座るのね」
「もう隠す気ないのでは?」
窓際の席。
レオンハルトとエリシアが、昨日と寸分違わぬ位置に座っていたからだ。
(なぜ毎回こんなに注目されてしまうのかしら……)
エリシアは優雅にスープを口へ運びながら、内心で遠い目をしていた。
今朝も当然のように迎えに来られ、当然のように隣を歩き、当然のように昼食へ誘導された。
もはや流れが完成している。
「量は足りているか?」
「はい、大丈夫ですわ」
「遠慮するな」
そう言いながら、彼はパンを一つ皿へ追加した。
(遠慮ではなく、十分なのですけれど……)
だが断ると本気で心配されるため、エリシアは微笑んで受け入れる。
――そのとき。
「あのっ!」
元気な声が響いた。
食堂中が「ああ来た」と言わんばかりに静まる。
聖女候補リリアーナが、両手で包みを抱えて立っていた。
「グランディール様! よかったらこれ!」
布に包まれた箱。
手作り弁当だった。
周囲が息を呑む。
これは――典型的な恋愛イベント。
「昨日、お世話になったお礼なんです! 一生懸命作りました!」
期待に満ちた笑顔。
エリシアはどう反応すべきか迷った。
(こういう場合、受け取るのが礼儀では……?)
そう思った瞬間。
「受け取れない」
即答だった。
空気が止まる。
「え?」
「理由を聞いても?」
リリアーナが困惑した顔で尋ねる。
レオンハルトは淡々と答えた。
「婚約者以外の手料理は受け取らないと決めている」
沈黙。
完全なる沈黙。
食堂の全員が固まった。
エリシアの思考も停止した。
(い、今なんと……?)
「で、でもこれは感謝の気持ちで――」
「気持ちは理解した。だが受け取れない」
揺るがない。
まるで規則のような口調だった。
「誤解を招く行為は避けたい」
そう言って、隣へ視線を向ける。
「……婚約者がいるので」
とどめだった。
周囲から小さな悲鳴のような声が漏れる。
リリアーナはしばらく固まり――やがて、ぱっと顔を上げた。
「じゃあ!」
まだ諦めていない。
「ローゼンフェルト様が作ったものなら食べるんですね!?」
「当然だ」
即答。
エリシア、凍結。
「えっ」
「君の料理は好きだからな」
さらりと言われた。
(そ、それは以前、屋敷で一度だけ料理を……!)
顔が熱くなる。
周囲の視線が一斉に集まった。
「え、料理するの?」
「悪役令嬢が?」
「しかも公爵令息が好きって言った?」
ざわめきが爆発する。
リリアーナはしばらく考え込み、やがて真剣な顔で頷いた。
「分かりました!」
そして元気よく宣言する。
「私、ローゼンフェルト様と仲良くなります!」
「……はい?」
「そうしたら問題ありませんよね!」
誰も予想しなかった方向だった。
レオンハルトは一瞬だけ考え、冷静に答える。
「それとこれとは別問題だ」
「ええ!?」
食堂に笑いが漏れた。
エリシアは思わず口元を押さえる。
(この方、本当に一切ぶれませんのね……)
その横で、レオンハルトは平然と食事を続けている。
まるで今のやり取りが特別でも何でもないかのように。
やがて彼は静かに言った。
「午後の授業まで時間がある。図書室へ行こう」
「図書室、ですか?」
「君が探していた資料が入ったと聞いた」
覚えていた。
何気なく話した内容を。
胸が少しだけ温かくなる。
「……ありがとうございます」
二人は席を立つ。
その背中を見送りながら、ある生徒が呟いた。
「もうさ……」
全員の心の代弁だった。
「婚約破棄、絶対ないよね?」
こうして学院の共通認識は、さらに更新された。




