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4話 覚醒する真の魔力。私の力は「雑用」ではなかった


 ガルディア王国の朝は、かつてない活気に包まれていた。

 エリンが「禁じられた庭園」を一夜にして楽園へと変えたというニュースは、またたく間に城内に広まり、さらには王都の隅々にまで伝わっていた。人々はそれを「神の御業」と呼び、あるいは「真の聖女の降臨」と噂した。


 だが、当の本人はといえば、カイル王が用意した豪華な私室で、山のように積まれたドレスや宝飾品を前に途方に暮れていた。


「あ、あの……カイル様。これは一体……?」

「どうした、気に入らないか? 足りないというなら、今すぐ東方の商人を呼びつけよう」


 カイルは当然のように答えるが、エリンが驚いているのはその質と量だった。

 バトラー王国では、聖女の正装といえば「清潔感」という名目で支給される、使い古された質素な白い修道服のようなドレスだけだった。宝石など、レオナルドがミナに贈るのを遠くから眺めるだけのものだったのだ。


 しかし今、目の前にあるのは、最高級のシルクに、エリンの瞳と同じ色をした大粒のサファイア、そして繊細な金細工が施された品々ばかり。


「私には……こんなに立派なものは不釣り合いです。私はただの、国外追放された身なのですから」

「エリン、まだそんなことを言うのか。君が昨夜見せた力、そして君という存在。それに対して、この程度の献上品はむしろ安すぎるくらいだ。……それに、私は君に、世界で一番美しい姿でいてほしいのだよ」


 カイルはエリンの元へ歩み寄ると、彼女の細い指を取り、大きな手で包み込んだ。その熱い視線に、エリンは頬が火照るのを感じる。


「今日は、我が国の魔導師団の長が君に会いたがっている。君の魔力の性質を確認し、君が無理なくその力を使えるようサポートするためだ。安心しろ、私がずっと横にいる」


 カイルに連れられ、城の魔導研究所を訪れたエリンを待っていたのは、白髪の老魔導師、ゼノスだった。彼はエリンを一目見るなり、持っていた杖を落として跪いた。


「おお……なんという神々しい魔力の揺らぎ。エリン様、失礼ながら、測定の水晶に手を触れていただけますかな?」


 エリンは困惑しながらも、中央に置かれた巨大な透明な水晶に手を添えた。

 バトラー王国での測定では、水晶はいつも「薄い緑色」に光るだけだった。それを見たレオナルドは「ふん、庭師レベルの微弱な魔力だな」と鼻で笑ったものだ。


 ところが。


「なっ……!?」


 エリンが触れた瞬間、水晶は爆発せんばかりの純白の光を放った。光は部屋を満たし、さらに空へと向かって太い柱のように突き抜けていく。測定器がギリギリと音を立て、ついには耐えきれずに砕け散った。


「そ、そんな……。測定不能、だと……?」

「ゼノス、これはどういうことだ」


 カイルが鋭い声で問うと、ゼノスは震える声で答えた。


「陛下……エリン様の魔力は、私たちが知る『聖属性』とは根本から異なります。これは『生命そのもの』の奔流……。かつて世界を創造したと言われる『原初の聖女』と同じ特質です。彼女が歩く場所には花が咲き、彼女が触れる水は不老不死の霊薬にすらなり得る……。無能などと呼んだ者は、太陽を『ただの眩しい光』と呼ぶようなものですぞ!」


 エリンは呆然と自分の手を見つめた。

 雑用、無能、陰気。

 そう呼ばれ続け、自分でもそう信じ込んでいた。でも、事実は違った。

 あまりに強大すぎる力を、バトラー王国の未熟な測定器では測りきれず、さらにエリンが無意識のうちに周囲に影響を与えすぎないよう、その力を極限まで抑え込んでいただけだったのだ。


「私……本当に、役に立てるのでしょうか」

「役に立つどころか、君はこの国の……いや、世界の希望だ。だが、それ以上に……」


 カイルは周囲の魔導師たちを鋭い視線で下がらせると、エリンを力強く抱き寄せた。


「私は、君を政治の道具にするつもりはない。君が望むなら、一生この城の奥で、私の愛だけに浸って暮らしてくれてもいい。君の力を狙うハイエナどもからは、私が全力で守る」


 カイルの独占欲を含んだ言葉に、エリンの心は不思議と安らいだ。利用されるのではなく、「守られる」。その響きが、どれほど彼女を救ったことか。


 しかし、そんな二人の穏やかな時間は、一人の伝令によって破られた。


「陛下! 国境付近に、バトラー王国の特使を名乗る者が現れました! 『我が国の聖女を不当に拘束している。直ちに返還せよ』との書状を持っております!」


 その言葉を聞いた瞬間、カイルの瞳から温度が消えた。

 エリンは、かつての婚約者レオナルドの傲慢な声を思い出し、身をすくませる。


「返還……? 笑わせるな。捨てたゴミを拾いに行けと言ったのはあちらだ。それを今さら……」


 カイルはエリンの肩を優しく、けれど離さないという意思を込めて抱きしめ直した。


「エリン、怖いか? 奴らの顔を見るのは」

「……いいえ。カイル様がそばにいてくださるなら、私はもう逃げません。私がこの国でどれほど幸せか、はっきりと伝えたいです」


 エリンの瞳には、かつての卑屈さはなかった。

 カイルに愛され、自分の価値を知った彼女は、今や真の聖女としての気品を纏い始めていた。


「よく言った。では、会いに行こうか。君を捨てた愚か者たちが、今どれほど惨めな状況にあるのか……その目で確かめてみるといい」


 一方、国境の向こう側では、レオナルド王子が焦燥しきった顔で馬に鞭を当てていた。

 王都の水はすでにドブネズミも飲まないほど腐敗し、ミナが「奇跡」で咲かせた花は翌日には呪いの毒草へと変わっていた。国民の暴動は目前。彼はまだ信じていた。エリンさえ連れ戻せば、彼女を脅し、あるいは少し甘い言葉をかければ、また元のように自分に尽くすはずだと。


 だが、彼が国境の関所で目にしたのは、豪華な騎馬隊に守られ、見たこともないほど美しく着飾ったエリンと、彼女の腰を親密に抱く、世界最強の王カイルの姿だった。


「……エリン? お前、その姿は一体……!」


 レオナルドの驚愕の叫びが、静まり返った国境に響き渡る。



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