1話 華やかな夜会の残酷な宣告
王立アカデミーの卒業パーティー。シャンデリアが放つ光は、まるで降るような黄金の雨となって大広間を照らしていた。楽団が奏でる優雅なワルツ、高価な香水の香り、そして若き貴族たちの談笑。すべては祝福に満ちているはずだった。
「エリン・クロムウェル! 前へ出ろ!」
その怒声が響くまでは。
円舞曲が不自然に止まり、視線が一箇所に集中する。広場の中央に立っていたのは、この国の第一王子、レオナルド・バトラー。その隣には、守ってあげたくなるような儚げな雰囲気を纏った男爵令嬢、ミナ・シルバがしがみついている。
私、エリンは、手に持っていたグラスを震わせながら、ゆっくりと彼の前へ歩み出た。
「殿下、いかがなさいましたか? 本日は私たちの婚約を正式に発表する場だと伺っておりますが……」
「黙れ、厚顔無恥な女め!」
レオナルドは蔑むような視線で私を射抜いた。
「お前との婚約は、今この瞬間をもって破棄する。理由を聞きたいか? それはお前が、聖女の皮を被った『無能な詐欺師』だからだ!」
周囲からさざ波のような囁きが広がる。
「詐欺師ですって?」「エリン様といえば、地味で魔力も低いと評判だったけれど……」「ああ、レオナルド殿下もようやく目が覚めたのね」
私は動悸を抑え、冷静に問いかけた。
「……詐欺師とは、聞き捨てなりません。私は一度も嘘をついたことはございません」
「嘘をついていない? 笑わせるな! 聖女たるもの、奇跡を示してこそ価値がある。だがお前はどうだ? 毎日毎日、泥にまみれて庭の草をいじり、濁った池の水を眺めるだけ。そんなものが聖女の務めか?」
レオナルドは鼻で笑い、隣のミナの肩を抱き寄せた。
「ミナを見ろ。彼女は私の前で、一瞬にして枯れたバラを大輪の花として咲かせた。これこそが真の『聖なる力』だ。お前のような、ただの『掃除婦』とは格が違うのだよ!」
ミナは上目遣いに私を見つめ、勝ち誇ったような笑みを浮かべた後、すぐに悲しげな顔を作った。
「……エリン様、ごめんなさい。でも、私……殿下を愛してしまったの。それに、この国の民も、もっと強力な癒やしを求めているはずですわ」
私は彼女の手元を見た。彼女が咲かせたというバラ。……それは、生命力を無理やり引き出し、一瞬だけ輝かせてすぐに朽ちさせる「まやかしの魔法」に近かった。だが、派手な演出を好むレオナルドには、それが「奇跡」に見えるのだろう。
「エリン、貴様は公爵家の恥だ。お前の不甲斐なさに、公爵も愛想を尽かしている。よって、この国からの国外追放を命じる!」
「国外……追放、ですか?」
「そうだ。今すぐだ。お前の荷物はすべて叩き出しておいた。二度とこの国の地を踏むな!」
レオナルドは腰の剣を抜き、私の足元へ投げ捨てた。
「それはお前が聖女として持っていた、王室の護身用ナイフだ。もう必要ないだろう。拾って、さっさと消えろ」
私はゆっくりと屈み、冷たい床に落ちたナイフを拾い上げた。
視界が少しだけ滲む。悲しいのではない。この十数年、私がこの国のために捧げてきた時間が、一瞬で踏みにじられたことへの虚しさ。
私は毎日、王宮の地下にある巨大な魔力溜まりに通い、結界が綻びないように魔力を注ぎ続けてきた。
私は毎日、国民が飲む井戸水が汚染されないよう、浄化の魔法をかけ続けてきた。
派手な「奇跡」よりも、途切れない「平穏」を。それが私の信条だった。
「……分かりました。レオナルド殿下、そしてミナ様。どうぞお幸せに」
「ふん、言われずとも幸せになるさ。無能がいなくなって、この国はますます栄えるだろうからな!」
私は背を向け、大広間を後にした。
出口へ向かう際、今まで「友人」だと思っていた令嬢たちが、私のドレスにわざと飲み物をかけたり、足を出して転ばせようとしたりした。
けれど、今の私にはそんな嫌がらせさえも、遠い世界の出来事のように感じられた。
王宮の外に出ると、空は私の心情を写したかのように土砂降りの雨だった。
豪華なドレスは一瞬で水を吸い、重く肌にまとわりつく。
馬車もない。金貨の入った袋が一つ、門の前に投げ捨てられているだけだった。
私は雨の中、歩き始めた。
もし私がこの国から去れば、王宮を護る結界は三日と持たないだろう。
浄化されなくなった水は濁り、大地は急速に生命力を失っていくはずだ。
「……もう、どうなっても知りません」
私は一度だけ、暗雲に包まれる王宮を振り返った。
レオナルド殿下。あなたは私が「何もしなかった」のではなく、「何も起こらないようにしていた」ことに、いつ気づくのでしょうか。
私は濡れた髪を払い、国境の森を目指した。
行き先は決まっていない。けれど、この身ひとつあれば、どこかで土を耕して生きていくことくらいはできるだろう。




