37.海にて③
海に引き込まれた荒井くんを助けるべく、頭を捻る。水中にいるであろう妖怪がどんなものなのか、想像はつかないが今はどうでもいい。
とりあえず彼を助けなければ。だが、どうやって。私には荒井くんのような攻撃をする術はない。強いて言えば相手の動きをとめる技は持っているがそれだけだ。
「…………どうすれば…っ…。」
ボートの端を強く握る。やはり、よい案は浮かばない。ただ、焦るだけだ。
小さな波がエイの形のボートを揺らす。それに伴い、上に乗った私までも揺られる。そうして少し体が動くと、ある言葉が脳裏によぎった。
確か、先生の言葉だったか。落ち着くには心を律するだけでなく、緩めることも必要だと。
「そうだ。まずは、落ち着こう。………すぅ。」
深呼吸をする。まずは冷静になろう。
荒井を襲った妖怪は水中にいる。だが、姿を見せずに水へ引きずり込んだということは地上には上がれないのかもしれない。つまり、ここで待ってさえいれば再び妖怪の手が伸びるということだ。勝機はそこにある。
私はボートの縁に行き、海の中へ足だけ放り出す。そして指を組み構える。
「……………いつでも、来い…!」
足元の一点。ただ、そこだけを見る。
風が少し吹く。ボートが揺れる。煌々とした太陽光の前では風もぬくもりを持っていた。そうして自然に身を委ねていると足に何かが触れた。かと思えば、強い力で引っ張られる。
「!来た!『皆』!」
そう唱えると私にしがみついたであろう妖怪の動きが止まる。
「よし…!このまま…!ふんっ!」
足に力を込め、動きを止めた妖怪を水から引っ張り出す。水飛沫のあと、出てきたのは人間だった。いや。視線をその下半身に移せば人でないことは分かった。下半身にはキラキラと光る鱗。そして尾ひれ。まさしく人魚だ。
引き上げた人魚はボートの上に乗った。私が使った『皆』でまだ動けないはずだ。そのまま人魚の肌はふつふつと焼けていく。どうやら日光が駄目なようだ。
「………よし。これで…」
言いかけた瞬間、水に引きずり込まれた荒井くんのことを思い出す。彼は一体どうしたのだろうか。泳げるはずの彼が一向に上がってこないというのは、嫌な予感を加速させる。
「荒井くん!!荒井くん!無事!」
水中に呼びかけるが当然、応答はない。やはりここは私も海の中へ行くしかない。そう思い水に足をつけると、小さな波が周囲に渦巻く。
「えっ!?なに、これ…」
かと思えば、渦巻いた水は意志を持つかのようにボートの端へと集中した。そして、嵐と同じく去っていく。
「!荒井くん!」
水が去った後、そこに残されたのは荒井くんだった。
「ごほっ、ごほっ。」
「だ、大丈夫…!?」
「ごほっ。別に、だい、じょうぶ。それより、人魚は…?」
「倒したよ。光が駄目だったみたい!」
「………………そっか。」
荒井くんはちょっぴり寂しそうに呟く。
「何かあったの?」
「………まさか。それより、早く妖の狭間から出よう。」
「う、うん。」
黒髪を海水で濡らした荒井くんは何処か悲しそうだった。




